第8話 超人対決
暗転した視界に『You are dead.』という無機質なの文字が浮かぶ。数秒後にその文字は消えて、暗転した視界が少しずつ開けていく。
服装は迷彩模様の軍服から学校の制服に変わっていて、装備していた武器も無い。場所も何時の間にか真っ白い空間に移動していて、同じ制服を着た大勢の生徒がいる。恐らく、試験で既に退場した生徒だろう。
光の目の前には大きなディスプレイが4つ表示されていて、他の生徒皆もそのディスプレイを注視していた。
ディスプレイには、試験会場の島が映し出されていて、それぞれのディスプレイには1人、1人、2人、2人の生徒がフレームインしている。場所は1人グループの生徒が雪原エリア、2人グループの生徒が森林エリアと雪原エリアだ。人数から考えて生存者の今の状況を映しているのだろう。
光は退場者の中に知り合いがいないか探したが、生徒が多すぎて合流出来ない。仕方なく、光は1人でディスプレイで試験の状況を見ることにした。
遠くで火山の噴火の轟音が響いてくるのを聞きながら、花宮は手元のスナイパーライフルのスコープを覗く。スコープには、2人の生徒が周囲を警戒して物陰に潜んでいる姿が見える。
花宮は肌を劈くような冷たい風を感じながら、トリガーに右手の人差し指を添えた。
スコープに入っている2人は未だに狙われていると気付いていない。装備は1人がアサルトライフル1丁と手榴弾2つ、もう1人が日本刀2本と閃光弾1つ。
花宮は深呼吸を1つしてトリガーを引いた。銃口から弾丸が発射されて、スコープに映されていた2人の頭を撃ち抜く。
「流石は私だ。また1つ限界を越えるとは……これ以上だと誰も私に対抗出来なくなってしまうねぇ。」
1発で2人の頭を撃ち抜くという神業を成し遂げた花宮はゆっくりと顔を上げる。その顔には笑みが浮かべられているが、それは神業を成し遂げたからでは無く、また1つ自分限界を突破したから。
これで試験の残り人数は花宮を含めて4人。試験も愈々大詰めを迎える。
花宮はその場から動かずに辺りを見渡して新たな敵を捜す。花宮が今いる場所は絶好の狙撃ポイントだ。此処以上に狙撃しやすい場所は雪原エリアには無い。動かないのは賢明な判断だと言えるだろう。
そして、花宮は新たな敵を見つけた。
ファウンテンブルーと桑の実色という左右で異なった髪とゴールデンオーカーの瞳を持った男子生徒――入学式で新入生総代を務めた緋山聖司だ。
花宮はスナイパーライフルの照準を目を瞑って空を仰いでいる緋山に定める。何をしているか判らないが、絶好の狙撃タイミングだ。
先程よりも遠距離の狙撃になるが、花宮は特に変わった様子も無く、先程と同じようにスナイパーライフルのトリガーを引いた。発射された弾丸は一直線に緋山の頭に向かっていき、緋山の頭を撃ち抜く……寸前で緋山は体を仰け反らせる事で、頭の位置をずらして弾丸を躱す。
花宮も躱されるとは思ってもいなかったようで、驚愕まではしていないものの動揺はしているようだ。
「……面白い。」
花宮は暫く呆けた後に不敵に笑いながら、スナイパーライフルのボルトを操作して2発目を装填する。スコープで覗くと緋山は堂々と歩いて花宮の方に向かって来ていた。まるで花宮の狙撃など恐るるに足らないとでも言う様に。
花宮は緋山の頭を狙ってトリガーを引いた。
だが、緋山は発射された弾丸を装備している盾で防いだ。
花宮は次々と狙撃していくが、何れも盾で防がれる。
精密狙撃をする超人とその精密狙撃を的確に防ぐ超人同士の戦い。観戦している退場者のボルテージは最高潮に到達した。
10発程撃った後に弾切れになったのか、花宮はスナイパーライフルをその場に置いて、緋山の方へと歩いて行く。装備している武器は何も無く、花宮は丸腰の状態だ。
そして、互いの距離が10m程に縮んだ所で2人は立ち止まった。
「いやぁ、先程は見事な盾捌きだったねぇ。ブラボーと言わせて貰うよ。」
花宮が態とらしくパチパチパチとゆっくり3回拍手をする。
「まぁ、この僕だからね。当然の結果さ。」
対して緋山は冷静沈着に花宮を見ているだけで、その顔には嬉しさや優越感といった感情は窺えない。
「私はまさに君のような生徒を捜していたんだよ。これから楽しくなるねぇ。」
花宮はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、緋山をじっくりと観察した。立ち姿や体の重心から、緋山は会話していても花宮を警戒している事が判る。肩の力を抜いてはいるものの隙は一切無い。
「奇遇だね。僕も君のような戦いがいのある人を捜してたんだ。君とは気が合いそうだね。
あ、僕は知ってると思うけど、緋山聖司だ。聖司で良い。君は?」
「私は花宮麗也と言う。私も聖司ならば麗也と呼んで構わないよ。」
会話の内容とその場の雰囲気が全く合っていない。会話は友好的であるにも拘わらず、互いの間合い内に入った瞬間に攻撃される程一触即発の状態だ。
そう言っている傍から花宮が仕掛けた。緋山に急接近する。
緋山は花宮が自分の間合いに入ってきた瞬間に、装備している西洋剣を振るう。
花宮は紙一重でそれを躱して緋山に正拳突きを繰り出す。
緋山は盾で拳を逸らしながら、剣で反撃する。
花宮は回し蹴りや掌底打ち、踵落としで花宮を攻撃するが、緋山は剣と盾で応戦。花宮は剣を受ける訳にはいかないから避ける他ない。その分、花宮が劣勢であり、花宮の顔や腕に緋山の剣が掠る。HPは殆ど削れていないが、超人同士の対決では大きな差だ。
花宮は更に仕掛ける。自分の左手を態と緋山の剣で刺した。剣の中腹程まで刺さった左手を鍔まで自分で押し込む。左手で鍔を掴んで自分の左手と剣を固定する。花宮が空いている右手で緋山を攻撃しようとすれば、緋山は盾で防ごうとするだろう。それでは意味が無い。
花宮は右腕を振りかぶって緋山の注意を右手に向けさせようとする。緋山が視線を右手に向けた所で、花宮は緋山の鳩尾に膝蹴りを入れた。
不意を突かれた緋山は剣を手放す。これで緋山が装備している武器は盾のみとなった。
花宮は右手で左手に刺さった剣を抜いて緋山に振るう。
それを盾で防ぐ緋山。今の緋山の反撃の手段は己の拳だけ。だが、これで形勢逆転になった訳では無い。正しくは完全な五分五分になっただけ。
「麗也は随分と踏み切ったことをするね。自分から刺されに行くなんて、僕には出来ないよ。」
花宮から一度距離を取った緋山は花宮の行動に感心する。
「勝つためなら自分の体を犠牲にするなんて普通の事さ。」
花宮は相変わらずの気味の悪い笑みを浮かべながら、緋山から奪った剣を構える。
緋山は重心を低くしながら盾を顔前に翳して、花宮の様子を窺う。
暫くの沈黙の後、先に動いたのは花宮だ。緋山に肉薄して剣で刺突をする。勉のように長年受け継がれてきた美しい技でも無い唯の一撃は緋山に直撃せずに、盾で軌道を逸らされた。
隙の出来た花宮に緋山は右手で掌底打ちを繰り出す。
鳩尾に直撃して、花宮は10m程吹っ飛ばされた。花宮は空中で回転して地面に倒れること無く着地する。
花宮が体制を整える前に緋山は花宮に肉薄した。花宮の左肩目がけて貫手突きを繰り出す。
それを花宮は左手で緋山の腕を払い除けると同時に肘打ちをする。
緋山は肘打ちを盾で防ぐ。
HPは花宮が残り7割程度、緋山が残り9割程度だ。戦い自体が五分五分だから、まだ緋山が優勢を保っている。
だが、次の瞬間、硬直していた2人はほぼ同時にその場を後方に飛んで距離を取った。それと同時に2人のいた場所に何処からか弾丸の雨が降り注ぐ。
銃を発砲したのは森林エリアから今し方来た2人組の男子生徒だ。これで今生き残っている全ての生徒が1カ所に集まった。
「う~ん……これから面白くなる場面だから、水を差さないで貰えると嬉しいんだけどねぇ。」
花宮が興醒めな表情を浮かべながら発泡した2人に苦言を呈する。どうやら、花宮は玩具を取り上げられた子供のような心境になっているようだ。
2人組の男子生徒は花宮の発言に反応せずに、花宮と緋山に向けて発砲した。
花宮と緋山は一斉に動く。花宮は剣で銃弾を弾きながら、緋山は盾で銃弾を防ぎながら2人の男子生徒に肉薄する。
銃弾を正確に弾いたり防いだりする2人に驚愕するも、敵の1人が2人に向けて手榴弾を投げ付けた。
次の瞬間、花宮と緋山の丁度中間地点辺りで爆発が起きる。雪を吹き飛ばしながら辺り一帯に轟音が響き渡った。花宮と緋山の状況は黒煙で見えないが、2人の男子生徒は倒したことを確信しているようだ。2人の顔には優勝の喜びで笑みが浮かんでいる。
「よっしゃあ!!!俺達が優勝だぁ!!!!……ぁ?」
だが、次の瞬間には1人の生徒の視界は反転していた。何が起こったか判らずに2人は硬直して、1人がポリゴンとなって散り散りに消え去る。
もう1人が後方に振り返ると、そこには手榴弾の爆発で倒したと思っていた花宮が剣を振るった姿があった。
「なっっ!?……お前、生きていたのかっ!?」
男子生徒が慌てて装備しているアサルトライフルの照準を花宮に定めるが、男子生徒は横に吹っ飛ばされた。花宮のように空中で回転して綺麗に着地出来る筈も無く、男子生徒は雪を舞い散らせながら顔面から着地する。
男子生徒を吹っ飛ばしたのは緋山だ。男子生徒が花宮にアサルトライフルの照準を定めるために後方に体を向けた瞬間に、背後を取って回し蹴りを食らわせた。
男子生徒は尻餅を付いて顔を上げて緋山の生存を確認すると、絶望したような顔をする。優勝したと思ったのに、敵は傷1つ付いていないし、仲間は一瞬で倒されてしまったのだ。この状況ならば誰だって絶望するだろう。
緋山が男子生徒の落としたアサルトライフルを拾い上げて、男子生徒へとゆっくり歩いて近づいて行く。そして、恐怖と絶望で顔を蹙めている男子生徒の額に銃口を突き付けた。
「降参!俺は降参する。
……そ、そうだ!オ、オース!オースを組もう。俺と君達でオースを組んでくれたら、お礼に何でも……」
男子生徒が装備している手榴弾や短剣を目の前に置いて降参の意を示すが、緋山は容赦なくアサルトライフルのトリガーを引いた。辺り一帯にパアンという銃声が木霊して、男子生徒が散り散りに消え去る。これで生き残っている生徒は花宮と緋山の2人だけとなった。
「やっと邪魔者がいなくなったね。」
それを確認した緋山はアサルトライフルを捨てて花宮に体を向ける。
「そうだねぇ。早速第2ラウンドを始めようじゃないか。」
花宮は取り上げられた玩具を返された子供のような笑みを浮かべる。花宮に取ってこの試験は遊びでしかないらしい。
それは緋山も同じようだ。緋山も同じような笑みを浮かべている。
緋山は男子生徒が降参の意を示すために地面に置いた短剣を手に取って構えた。これで緋山も攻撃手段を手に入れたことになる。
先に仕掛けたのは緋山だ。花宮が剣を構える前に肉薄する。間合いに入った瞬間に短剣を振るうが、花宮はそれを剣で防ぐ。緋山が素早い動作で短剣を振るい、それを花宮が剣で防いだり避けたりする攻防が続く。
緋山は埒が明かないと思ったのか、雪を蹴って花宮の視界を潰す。
花宮は左手で雪から目を守るが、緋山の気配はしっかりと捉えている。そして、緋山が攻撃してくる気配を捉えた花宮は剣で防ぐ。が、攻撃は盾によるもので緋山は隙だらけの花宮に短剣を振るった。
花宮は仕方なく、再び左手を態と刺される事で短剣を止める。花宮のHPが1割程削られた。
短剣と手、盾と剣の力比べが始まる。
純粋な力では完全な五分五分のようだ。両者1歩も後退しない膠着状態が続く。
「聖司はこの試験、どういう意味があると考えているかな?」
花宮が膠着状態を保ち続けながら緋山に問い掛けた。
「どうもこうも戦闘力を測るための試験でしょ。
それとも、麗也は他に何かあるって言いたいのかい?」
緋山は花宮の問い掛けに正直に答えつつも、花宮の真意を探る。
「さぁ?……だが、この学校は他の学校とは違う。何か特殊な制度があるだろうねぇ。」
花宮は質問の核となる部分には答えず、はぐらかした。結局、花宮の真意は判らず仕舞だ。
緋山は真意が判らなかった腹癒せとして、花宮の鳩尾に膝蹴りを繰り出そうとする。
しかし、それを花宮に察知されて、力を抜いて体を回転させる事で膝蹴りを回避し、その勢いのまま緋山に回し蹴りを食らわした。
先程の男子生徒のように吹っ飛ばされた緋山は、だが先程の男子生徒のように顔面から着地することは無く、受け身を取って着地する。
花宮は緋山が体制を整える前に接近して、剣を振るう。
緋山が持っていた短剣はさっき吹っ飛ばされた時に手放してしまい、今の緋山に反撃の手段は無い。緋山は花宮の攻撃を盾で何とか凌ぐ。
暫くその攻防が続いた後、緋山が仕掛ける。花宮の攻撃を盾で弾くと同時に花宮の懐に飛び込む。そのまま花宮の胸に掌底打ちを繰り出した。花宮のHPが更に削れる。
これで花宮のHPが5割程度まで減少して、緋山のHPが8割程度で、緋山が優勢なのは変わらない。
だが、花宮もまだ諦めてはいなかった。緋山に掌底打ちを食らいながらも剣で緋山を一閃する。
首は刎ねなかったものの緋山の右肘をスッパリと切断した。HPは1割程しか削られていないが、緋山は片手が10分使えない。花宮からしたら勝機を掴むチャンスだ。
花宮は脚を踏ん張って吹き飛ばされるのを阻止して、更に反撃する。
花宮が高速で剣を振るうのに対して、緋山はそれを盾のみで防いでいく。だが、遂に耐えきれずに花宮は盾を弾く事に成功して、緋山に致命的な隙が生じた。
花宮がその隙を逃す筈も無く、緋山を剣で刺突しようとする。
緋山は体を捻る事で刺突を躱そうとするが、間に合わずに脇腹に剣が刺さった。
「……っく!!」
だが、その程度で緋山は怯まない。緋山は即座に花宮に目突きを繰り出した。
「……うがぁ!?」
目突きのによって視界を奪われた花宮は剣を手放してしまう。
しかし、花宮の超人ぶりは緋山に引けを取らなかった。視界を奪われながらも緋山を蹴り上げる。
その蹴りは鈍い音を立てながら緋山の顎に直撃して、緋山は花宮に追撃する事は出来なかった。
花宮はまだ視界が開けていないから後退して、緋山と距離を取る。
緋山は体に刺さった剣を抜いて後方に投げ飛ばし、今のうちに短剣を拾おうと短剣を探す。短剣は花宮越しの場所にあった。
それを拾おうと緋山は短剣に近づくが、近くにいた花宮は気配だけで緋山の場所を特定、更に掌底打ちを繰り出す。
花宮の繰り出した掌底打ちは緋山の右脇腹に直撃して、緋山は10m程吹っ飛ばされた。
「刃物なんて使わずに拳で語り合おうじゃないか。」
花宮が拳を緋山の方に構える。まだ、視界は開けていない筈なのだが、気配や足音でそれを補っているようだ。
「へぇ……視覚が無い状態で僕と対等に渡り合うつもりかい?」
緋山も花宮と同じように拳を構えた。
勿論、花宮を嘗めている訳では無い。花宮が視覚無しでも常人と渡り合えるのはもう判りきっている。緋山も花宮が視覚が無いからと言って手加減する気は毛頭無い。
「仕方ない。どうやら、『欠損』と認識しているようだ。後、10分はこのままさ。それに目が見えない程度だ。ハンデでも何でもないねぇ。」
花宮は何でもないように言うが、常人ならば万事休すと言った状態だ。10分間も盲目の状態でサバイバルを生き残れる訳が無い。戦闘をするなんて以ての外だ。それを仕方ないの一言で済ませられる花宮の異常さは凄まじい。
だが、先に動いたのは緋山だ。一瞬で花宮に肉薄する。そのまま手刀打ちを繰り出す。
それを体を回転させて避けた花宮は回転した勢いを使って回し蹴りをする。
真上に飛んで回し蹴りを回避した緋山。そのまま、落下と共に踵落としをする。
花宮は頭上で腕を交差させて踵落としを受け止めた。
緋山に隙が一瞬だけ生じる。
花宮はその隙を逃さずに、足を掴んで後方に勢い良く緋山を地面に投げ落とした。
「……かはっ!……」
緋山は地面に叩き付けられて、肺の空気が強制的に外へと出される。
花宮が咽せている緋山に鉄槌打ちをしようとするが、緋山は横に転がってそれを何とか避けた。そのまま低い姿勢で足払いをする事で花宮の態勢を崩す。
その隙に緋山は短剣を拾い上げて、花宮に一閃する。
花宮は盲目とは思えない程の反応速度で短剣を躱そうとするが、完全には躱しきれずに胸部に薄く線が走った。
「非道いねぇ。拳で語り合おうって言ったじゃないか。」
緋山と距離を取った花宮は態とらしく戯けたような仕草をする。
「僕はそんな事一言も言ってないから、そう言われる筋合いは無いと思うけど?」
花宮の仕草に気にした様子も無く、淡々とした様子の緋山。
「はぁ……聖司は何をそんなに必死になってるんだろうねぇ。
これは所詮余興の1つでしか無い。私は楽しめればそれで良いのだよ。」
花宮は緋山の淡々とした様子が気に食わなかったのか、深く溜息をついた。
「別に必死になってる訳じゃ無いけど……でも、どうも勝負事になると何をしてでも勝ちたくなる性分でね。
良かったら麗也も僕に勝ちを譲ってくれないかな?勿論、タダでとは言わないよ。」
緋山は人の良い笑みを浮かべながら花宮に提案した。
「う~ん……残念ながらそれは出来ないねぇ。『花宮』の名に懸けて負ける訳にはいかないだよ。」
緋山の提案を一蹴する花宮。
と言っても今頃、そんな事言っても誰であろうと賛成するとは思えないのだが。
「ふ~ん……財閥の社長の一人息子っていうのは大変だね。」
緋山は自分の提案が通らないと判った瞬間、人の良い笑みが顔から消えた。
すると、次の瞬間には緋山は戦闘態勢をとっており、花宮に肉薄する。
花宮は足音で緋山の接近を感知して先制攻撃に出た。緋山が短剣を振るう前に花宮は突進しながら手刀打ちを繰り出す。
緋山は先制攻撃されるとは思っていなかったのか、反応が少し遅れてしまい、手刀打ちを真面に食らう。吹っ飛ばされながらも受け身を取りながら着地して、体制を整えようと顔を上げると、緋山の目の前に花宮が迫る。
花宮の膝蹴りが緋山の顔面に直撃するかと思ったが、紙一重で緋山が体を仰け反って回避した。
緋山はこのままでは埒が明かないと思ったのか、一度花宮と距離を取って、攻撃よりも気配や足音を小さくする事に意識を集中する。極力動かずに心を静めて自分の存在を無くす。
花宮は追撃しようとしたが、緋山の気配や足音が小さくなっていくのを感じて追撃を辞める。
「ほぅ……見事な気配隠密だねぇ。雪原であるにも拘わらず、足音が全く聞こえなくなった。」
戦闘中であるのに敵である緋山を褒める花宮。
それを余裕と解釈した緋山は顔を蹙める。皮肉を花宮に言おうとしたが、喋ると場所が気配が判ってしまうから既の所で緋山は口を閉ざした。
すると、近くに自分が投げ飛ばした剣が落ちていることに気付くと、花宮に気付かれないように短剣を捨てて左手で剣を取ろうとする。
「……っ!そこにいるかな?」
だが、花宮が緋山の気配を察知して、緋山に肉薄した。緋山に向かって正拳突きを繰り出すが、緋山は盾でそれを防ぐ。
花宮は防がれて間髪入れずに前蹴りを繰り出した。
緋山は右手が未だ欠損状態で、前蹴りを防ぐ手段が無く諸に食らう。
緋山は吹っ飛ばされて、花宮は地面に突き刺さっている剣の存在に気付くと、その剣を手に取った。そのまま、緋山の気配がする方に近付いて剣を勢い良く突き刺す。
「……ぐっ!!」
剣は緋山の腹を突き刺してHPをどんどんと削っていく。そして、遂にHPがゼロになる。
「……麗也、優勝の、土産だ。気に入って、貰えると……嬉しいよ。」
緋山はニヤリと笑う。
花宮はその笑みが見えていないが、口調から自分にとって何か不穏な事が起こりそうな雰囲気を感じ取る。
そして、それは勘違いでは無かった。
花宮の頭にコツンと何か当たって地面に落ちる。花宮はそれが何なのか見て確認する事は出来ないが、頭に当たった感触から金属の塊であることは判った。
そして、花宮はそれが何なのか気付く。それと同時に花宮はその場から直ぐに去ろうとしたが、緋山が散り散りになった瞬間にそれは起きた。
――ドゴンッ――
辺り一帯に轟音を響かせながらそれは爆発を起こす。そう、花宮が金属の塊と認識した物は手榴弾だった。
最後まで生き残っていた男子生徒が降参の意を示すために地面に置いた手榴弾が緋山の吹っ飛ばされた場所にあり、それを刺された直後に真上に投げたようだ。
緋山のHPがゼロになった瞬間に試験自体は終了なのだが、タダで負けたくなかった緋山の細やかな足掻きとでも言うべきか。緋山の勝利への執念が花宮に最後に辛酸を舐めさせる結果となったのだ。
そして、轟音が響き渡った直後に今度は試験終了のブザーが試験会場に鳴り響くのだった。
試験開始から5時間58分経過、国際教育学園東京高等学校第101期生第1回実力試験終了……
試験終了のブザーが鳴り響き始めると、表示されていたディスプレイが消えて、それを観ていた退場者が次々と光って消えていく。
光も体が眩く輝いたと思ったら視界が白く塗り潰された。暫くして視界が少しずつ開けていく。
すると、そこは1年A組の教室だった。どうやら、VRの世界から現実に戻ってきたようだ。時計を確認するとまだ1時間と少ししか経っていない。
現実に戻ってきた生徒が増えてきて、教室内が段々と騒がしくなっていく。
「光、上位入賞おめでとさん。」
すると、光は後ろから声をかけられた。
「ありがとう。錬は試験どうだった?」
試験中、光と錬は遭遇していないから、光は友人として錬が気になったようだ。
「それがな、なんとっ……霧葉ちゃんと途中でオース組んでよ。2人きりだぞ、2人きり。」
水池を独占出来た事がそんなに嬉しいのか、『2人きり』を強調して2度言う錬。
「しかもな、『錬くん大丈夫?』って上目遣いで心配までしてくれたんだぜ!!霧葉ちゃんまじ天使っ!!」
光と話していた筈なのだが、途中から錬1人で盛り上がっている。
「……うん……そっか、良かったな……」
光も1人で盛り上がっている錬に手を着けられない。若干、引いている。
「だけどよぉ……試験終わってから霧葉ちゃんの様子が変なんだよ。元気無いっつーか、なんて言うか……すげぇ心配で……
ちょっと、霧葉ちゃんの様子見てくるぜ。」
錬は急に立ち上がって水池の元に行く。
光は錬の話を既に聞いていなかったから、急に立ち上がった錬に驚いていた。
「はぁ……相変わらず、錬は忙しない奴だ……
光、上位入賞おめでとう。それと素晴らしい戦闘技術だったよ。態々俺と戦ってくれてありがとう。」
錬の更に後ろの席に座る勉が錬の行動に呆れつつも、光に賞賛と感謝の念を送った。
「勉もありがとう。出来ればもう試験でそう言うのは無しにしてくれると有難いんだどね。」
光は勉に釘を刺した。
今回、光は仕方なく試験を真面目に受けて仕方なく勉と戦ったに過ぎない。本来なら試験も真面目に受ける気すら無かった。
光は平穏な学校生活が送れればそれで良いのだ。
「う~ん……それは判らないな。俺としてはまた勝負して貰う日が来て欲しいって思ってるから。」
勉は堂々とそう光に宣言する。悪びれもせずにニカッと無邪気な笑みを浮かべながら。
「はぁ……気が向いたらね。」
勉の様子に深い溜息を付く光。実際に勝負を挑まれる未来しか見えないため、光は少し憂鬱な気分になる。
すると、教室の扉が開いて狭間先生が教室に入ってきた。
「皆さん、席に着いて下さい。
まず天野さん、影谷くん5位入賞おめでとうございます。2人には合計5,000p、夫々2,500pが5月の最初に与えられます。」
此処で教室におお~という響めきと共に拍手の音が響き渡る。
光は平然としているが、千風はこういう機会が無いのか少し照れていた。
「初めての実力試験はどうだったでしょうか?これから3年間、このような試験を幾つも乗り越えなくてはいけません。
今回は報酬は低めでペナルティもありませんが、これからもそうだとは限りません。ハイリスクハイリターン、最悪、退学という可能性もあるので気を付けて下さい。」
今回、上位入賞の報酬は最大50,000p。それが低めならば相当な額のポイントが得られる機会があるという事だ。
その事実に騒然となる教室。
「今日はもう授業はありません。この後は自由にしてもらって結構です。皆さん、今日1日お疲れ様でした。それではまた明日。」
狭間先生はそれだけ言うとそそくさと教室を出て行った。
教室は先程の狭間先生の発言によって、狭間先生が教室に入ってくる前よりも騒々しくなっている。
「なぁ、光。さっきの先生の言ってた事どう思う?」
錬が随分と抽象的な質問を光にする。
「どう思うって何が?」
錬の質問を質問で返す光。
「50,000p以上のポイントが貰えるかもって話だ。やばくねぇか?」
錬はポイントの大きさに興奮しながら光に再度問う。
「ま、簡単に貰えるとは思ってないし、俺はそれなりに貰えれば良いから興味ない。」
光は錬とは対照的に素っ気ない様子で錬の質問に答えた。
「なっ!?……う、嘘だろっ!!若しかしたら100,000p、1,000,000p貰えるかもしれないんだぜ?」
錬が光にしつこく問い詰める。錬は有り得ない物を見たとでも言う様な表情をしていた。
「はぁ……錬、五月蠅いよ。
勉、此奴置いてモールにでも行かない?」
光は錬のウザさに嫌気が差して、錬を無視することにしたようだ。
「うん、行こうか。」
勉も錬を無視して光と共に教室を出て行く。
「ちょっ、ちょっと2人ともそれ非道くねぇ~!」
錬は急いで2人の後を追って教室を出るのであった。
………
……
…
ユリカモメモールに来た光、錬、勉の3人組。適当にモール内を散策していると、光が不意に立ち止まった。
「?……光、どうしたんだ?」
立ち止まった光を不思議に思って錬が光に話しかける。しかし、光は反応しない。
仕方なく錬は光に近付いて光の目線を追う。その先には『求人掲示板』という物があった。
「求人掲示板?……何だ、それ?」
錬が求人掲示板に近付きながら疑問に思ったことを呟いた。
求人掲示板にはモール内に軒を連ねる店の求人広告が張り出されていた。ラーメン屋、寿司屋、ピザ屋から靴屋、洋服店、カラオケ店まで様々。
だが、1つだけ共通点があった。
「うっわっ!?……時給2,500円!?高っ!!」
そう、どの店も時給が物凄く高いのだ。大体2,000円から3,500円程度。高校生の給料では有り得ない事は確かだ。
「光はバイトしたいのか?」
勉が深刻そうな顔をしている光に疑問に思ったことを口にする。
「……いや、別にそういう訳じゃ無いよ。唯単に時給が高いなぁって思っただけさ。」
光は少し逡巡した後に笑顔で勉の質問に答えた。
勉はそんな様子の光を不審に思いながらも、気のせいだと思って友人との一時を楽しむのだった。
23:00。
暗い室内には時計の針の音だけが妙に大きく聞こえる。
部屋の端のベットには勿忘草色の髪と、白く絹のような芸術品であるように錯覚する程美しい肌の女子が布団に蹲っていた。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
壊れたラジオのように『ごめんなさい』と何度も繰り返しながら体は小刻みに震えていて、オレンジバーミリオンの瞳には恐怖の色が窺える。
「……誰か……助け……て……」
女子の発した言葉は誰かに届くこと無く暗い室内に消えていったのだった。
to be continued……