第7話 雪原の激闘
辺り一面を白銀が覆い尽くしている雪原エリア。火山の噴火による火山灰が漂っていて、雪原のわりには気温が高い。そのせいで今現在雪は降っておらず、積もっている雪も少し溶けていた。
とは言え、他のエリアよりは気温は低く、皮膚が針で刺されるかのような痛みを感じるが。
他のエリアでは気温が高くてダメージを受けたが、火山が噴火していなければ此処は気温が低すぎてダメージを受けそうな気がする。
本来なら綺麗な雪景色が見られるはずなのだが、火山灰が舞っているせいで不穏な空気となっていた。
ふと、光が歩くのを辞めてある一点を凝視をした。
「出て来なよ。そこにいるのは判ってるよ。」
光が警告して暫くすると、2人のいる場所の死角となる場所から人影が出て来た。江戸紫色の髪をスポーツ刈りにしている男子生徒は海松藍色の瞳を此方に向けている。
「流石は光だな。気配はしっかりと隠した筈なんだけど……」
男子生徒――勉は態とらしく戯けるような仕草で肩をすぼめた。
「足跡がくっきりと残っているからね。雪原で身を隠すなら足跡を消すなりした方が良いよ。」
光が指を指した先には、勉の足跡がくっきりと残っているのが見える。これでは陰に隠れていても居場所が判ってしまう。
「それで、出来れば敵対せずに穏便に事を済ませたいんだけど?」
光が勉に交渉を試みる。普段、友人として仲良くしているから敵対はしたくないと光は思っている。
「それは難しいな。1度、光と戦ってみたかったんだ。」
勉は光の言葉に耳を傾ける気は無いようで、三日月宗近を鞘から抜いて光に向けて構えた。
「『剣神の申し子』にそう言われるのは嬉しいけど、また今度にしてくれないかなぁ……生徒会役員として実力を示さないといけなくてさ。」
「だったら、俺と戦って実力を示せば良い。それだけの事だろ?」
勉は光と戦いたくて仕様が無いらしい。
「はぁぁ……仕方が無いか……千風は下がってて。」
光は溜息をついて渋々といった感じで舞草刀を抜いて勉に向けて構えた。
それを千風は少し離れた場所から心配そうな面持ちで光を見守っている。
暫くは2人とも様子を見ているだけで動いていなかったが、勉が先に動き出した。
光に一直線に肉薄する。
「切野流……肆之太刀“氷点突破・直”」
勉が最短最速で光の心臓目がけて鋭い刺突を繰り出す。
光は体を左後方に捻ることで刺突を躱すが、勉は三日月宗近を左に薙ぎ払った。
「……っ!?」
光は驚きを露わにしつつも、舞草刀を縦にして勉の薙ぎ払いを防いで勉と距離を取る。
これが“氷点突破”の特徴だ。刺突を躱されても横に薙ぎ払いを繰り出せるから紙一重で刺突を躱した相手に対して追撃が出来る。
「切野流剣術は恐ろしいね。危うく斬られる所だったよ。」
光は警戒心を解かずに舞草刀を構え直す。
「今のは入ったと思ったんだけど……なっ!?」
光は勉との距離を一瞬で縮めて袈裟切りをした。勉は光の速さにぎりぎり反応して三日月宗近で舞草刀を防いだ。
「流石の反応速度だね。」
鍔迫り合いの状態で光は笑みを勉に向けた。
「光って本当に人間なのか?反応するだけで精一杯だったんだが?」
「勿論、俺は正真正銘の『真核生物ドメイン動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト属ヒト』だよ。」
光は三日月宗近を弾いて左手で堀川国広を抜いた。
「……っ!!」
勉は体を仰け反って堀川国広を躱し、雪を蹴って光の目を眩まして距離を取る。
「切野流……肆之太刀“氷点突破・弧”」
勉は再度光に近付いて刺突をする。
だが、先程とは違って真っ直ぐでは無くて弧を描くような軌道の刺突だ。
光は真上に飛んで刺突を回避する。そのまま、落下する勢いと共に勉に舞草刀を振り下ろす。
「切野流……参之太刀“風塵嵐昇・桂”」
勉は跳躍と同時に三日月宗近を三日月のような軌道を描きながら振り上げる。
舞草刀を三日月宗近で止められた光は驚きで思考を支配されていた。
「何で対応出来たのかな?」
普通なら刺突から切り上げに刀を振る事なんて到底出来ない。光はそれを理解していたから空中に回避した。
だが、勉はそれをやってのけて、光の舞草刀を防いでみせたのだ。
「切野流剣術は技と技の繋ぎが滑らかになるようにできているんだ。日本三大剣術の1つである切野流剣術の名は伊達じゃ無いってことさ。
それに“氷点突破”に死角は無い。」
勉は不敵に笑いながら三日月宗近を構え直す。
光も右手に舞草刀、左手に堀川国広を構えた。
2人は同時に動き出して、勉が袈裟切り、光が逆袈裟切りをする。が、2人の刀が交わる直前に2人はその場を飛び去った。
直後、轟音と共に2人のいた場所に弾丸が通り過ぎる。千風も巻き込まれる所だったが、光が千風を避難させていたために被害は無い。
「良いところだったのに……」
勉は苛つきながらそうぼやく。
轟音がした方に目を向けると、そこには1人の生徒がアサルトライフルを光達3人に向けているのが見えた。
サンライトイエローの髪をハーフアップで纏めて、薄群青色の瞳を持った女子生徒は親の仇でも見るような形相で3人を睨み付けている。いや、正確には光を。
「不意打ちするんだったらもうちょっと殺気を隠さないと不意打ちにならないよ……鋭ちゃん?」
光も意外と勉との戦いを楽しんでいたらしく、不貞腐れた顔をしながらアサルトライフルを向けている女子生徒――鋭ちゃんに駄目出しをする。
「るっさいわね……というか、その名前で呼ばないで。図々しいのよ。」
光に駄目出しされたことに苛ついたのか鋭ちゃんは目つきを鋭くする。その薄群青色の瞳には相変わらず侮蔑の色が窺えた。
「まぁまぁ……そんなにガミガミしないで生徒会役員同士仲良くしようよ。」
光は鋭ちゃんの相変わらずな態度に苦笑しながら鋭ちゃんの説得を試みる。
「私は仲良しごっこがしたくて生徒会に入ってる訳じゃないのよ。そんなの余所でやって。目障りなの。」
鋭ちゃんは光の言葉をを鬱陶しそうに否定する。
「そんなぁ……1人より皆といた方が絶対楽しいよ。仕事も楽しく出来た方が良いじゃん。」
光が笑顔でそう言った瞬間、鋭ちゃんの持っていたアサルトライフルが轟音を辺りに響かせながら火を噴いた。
光は千風に流れ弾が当たらないように細心の注意を払いながら、アサルトライフルの弾丸を躱すなり刀で弾くなりして対応する。勉は自力で躱せるから気にする必要は無い。
「貴方の意見なんて訊いてないのよ!」
暫くして銃声が止むと、鋭ちゃんは光に向かってそう叫んだ。鋭ちゃんの顔は怒りで赤くなっている。
「大体、何で貴方のような好い加減な人が会長に認められるのよ。最低限、会長に認められるに相応しい態度を示しなさい!」
「好い加減な人って酷いなぁ。仕事はきっちり熟してるから好い加減では無いと思うけど?」
憤慨している鋭ちゃんとは対照的に苦笑いを浮かべている光。それを警戒心丸出しの勉と心配そうな面持ちの千風が見守っている。
「そういうへらへらしている所が好い加減だって言ってるの。丁度良い機会だから、今此処で貴方が生徒会に相応しくないってことを証明してあげるわ。」
鋭ちゃんがそう言ったと同時にアサルトライフルの銃口が火を噴いた。無数の弾丸が光に向かって飛んでくる。
「そんなこと言わずに……互いに上位に入らないといけないし、戦うんだったら残り人数が10人を切ってからにしない?今此処で脱落するのは良くないよ。」
光は飛んできた弾丸を全て舞草刀で弾きながら鋭ちゃんの説得を続ける。
「フン……言ったでしょう。私は貴方が生徒会にいること自体が許せないの。貴方を此処で負かせてあげるわ。」
鋭ちゃんは光の言葉を一蹴する。自分が負けることなど微塵も無いと思っているらしい。
「切野流……壱之太刀“水牙一閃・往”」
何時の間にか鋭ちゃんの背後に回っていた勉は鋭ちゃんの背に三日月宗近を振るう。
「……っ!?」
鋭ちゃんは後ろに気配を感じたのか振り返って、反射的にその場から後方に飛んで躱す。
「……っ!?貴方……湿原エリアにいた……」
鋭ちゃんがこの先を言おうとするが、中断して後方に振り返り、背中の短剣を抜く。
直後、カキンという金属音が響いた。
鋭ちゃんの目の前には、光が左手に持っている堀川国広を鋭ちゃんの首筋に一閃しようとしている。鋭ちゃんの首筋の数cm手前で鋭ちゃんの短剣が堀川国広の斬撃を止めていた。
「後ろから襲うなんて随分と卑怯なことしてくれるのね。」
ぎりぎりと鍔迫り合いをしながら鋭ちゃんが光を睨み付ける。
「おやおや、勉との戦闘中に不意打ちでアサルトライフルを打っ放した人が何を言ってるの?」
光は鋭ちゃんの睨みを笑顔で受け流す。
鋭ちゃんは言い返せる言葉が見つからず、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「切野流……肆之太刀“氷点突破・直”」
2人が鍔迫り合いをしている所に勉は鋭ちゃんの背後から刺突をする。鋭ちゃんの体で光からにも勉の姿は見えない。普通ならば2人とも串刺しにされてしまうところだが、鋭ちゃんは兎も角、光は普通という枠には入らない生徒だ。
光はその場から距離を取る。
鋭ちゃんはその行動に疑問を持つが、女の勘と言うべきか体を捻った。
勉の三日月宗近は鋭ちゃんも光も串刺しにする事無く、鋭ちゃんの脇腹を掠るのみ。
「……っ!?」
だが、“氷点突破”はそれだけで終わらない。勉は刺突から横薙ぎ払いに切り換えた。
すると、三日月宗近は鋭ちゃんの脇腹に深々と入って鋭ちゃんのHPを2割程度削る。
鋭ちゃんは手に持っている短剣で勉に一閃すると、勉はそれ以上追撃はせずに鋭ちゃんから距離を取った。3人は三角形のような位置で互いに出方を窺っている。
「勉は非道いなぁ……俺まで串刺しにされる所だったよ。まずは邪魔者の鋭ちゃんを倒すために共闘しようって考えはないのかい?」
先に口を開いたのは光だ。
「そんなことはどうでも良い。俺は光と戦ってるんだ。その戦いを邪魔する者が現れようとも光共々倒せば良いだけだ。
誰だか知らないが、邪魔した奴の実力も高が知れている。何の問題も無い。」
勉は取り付く島もない雰囲気で光の提案を間を空けずに蹴った。
「高が知れているですって?巫山戯ないで頂戴っ!!」
勉の発言に今度は鋭ちゃんが反応する。
「巫山戯てなんてない。君の実力は既に湿原エリアで戦ったときに知ってる。君は俺や光に勝つ所か、一撃浴びせる事すら出来ないよ。」
勉は淡々と鋭ちゃんを煽るような言葉をかける。
そんなことすれば鋭ちゃんが噛み付いて来るのになぁと何処か他人事のように感じている光は口を挟まずに静観することにした。
「上等じゃない。そこまで言うんだったら1対1で勝負しなさいよ。」
光の予想通り鋭ちゃんはしっかりと勉の発言に噛み付いてきた。
実に単純な人だなぁと暢気な事を考えながら、光はそっとその場を離れて千風の元に移動する。2人の戦闘に巻き込まれるのは嫌だし、2人に気付かれない内にこの場から退散出来ないかと思っている。
「良いよ。相手してやる。」
今までは眼中に無かったと言わんばかりの態度だった勉。此処で勉は初めて鋭ちゃんの方に体を向けて三日月宗近を構える。
鋭ちゃんも少し遅れてアサルトライフルと短剣を構えた。
先に動いたのは勉だ。重心を低くして鋭ちゃんに肉薄する。
すると、鋭ちゃんは後退しながらアサルトライフルの引き金を引いた。無数のアサルトライフルの弾丸の嵐が勉に降りかかる。
勉は横に飛んだりして躱すことなどせずに、手に握っている三日月宗近で弾丸を弾いていく。勉に弾丸は1発も当たらない。
「……なっ!?」
鋭ちゃんが驚愕で目を見開いて隙を見せる。
その隙を逃す筈も無く、勉は鋭ちゃんを間合いに捕らえた。
「切野流……壱之太刀“水牙一閃・往”」
三日月宗近は寸分違わずに鋭ちゃんの首を一閃……せずに首の数cm手前で三日月宗近は止まっている。
思わずぎゅっと目を瞑った鋭ちゃんが刀で斬られない事に疑問を抱いてそっと目を開けた。
「……何の真似?」
鋭ちゃんが勉を鋭い目つきで射貫く。
「それはこっちの台詞だ。
君は銃で戦うよりも剣や刀で戦う方が得意なんだろう?君の掌には竹刀ダコがあるのを湿原エリアで遭遇した時に確認してる。それに銃器の扱いに慣れていない。
そんな手抜きで戦ったって面白くも何ともない。所詮、君は唯の邪魔者でしかなかったってことだ。」
勉の最後の言葉に思うところがあったのか、鋭ちゃんは顔を怒りで歪める。
「私はどんな条件だろうと勝たないといけないなよ!!!」
鋭ちゃんが左手の短剣を勉に向けて振るうが……
……スパンッ
鋭ちゃんの視界が反転したかと思ったら、ザクッという音がして視線が低くなった。最初は何をされたか判らなかった鋭ちゃんだったが、暫くして首を斬られた事を理解する。
「私はっ……負ける訳には……」
鋭ちゃんは全てを言い切る前にポリゴンとなって散っていった。
「さて……光、待たせて済まない。」
勉が光の方に体を向ける。
「い……いや、全然待ってないから大丈夫だよ。」
(クソッ!戦いが短すぎて逃げるタイミングが無かった!!鋭ちゃん、もう一寸頑張ってよ……)
光は心の中で鋭ちゃんに悪態を付いた。
「そうか……それじゃあ、続きを再開しようか。」
勉は嬉しそうに笑みを浮かべながら三日月宗近を構える。鋭ちゃんとの戦いが味気無いものだったから、尚更楽しみなのだろう。この学校には戦う事を楽しいと感じる生徒が多いようだ。
光は千風を巻き込まないように前に出て右手に舞草刀、左手に堀川国広を構える。
お互い動かずにじっと相手の様子を窺う。無闇矢鱈に相手の間合いに入れば、その瞬間に殺られると判っているからだ。
暫くの沈黙の後、先に動いたのは勉だった。光は戦いたくない故に率先して動いたりしないから、当然と言えば当然だ。
勉が光に向かって一直線に接近する。
そして、間合いに入った瞬間に三日月宗近を振るう。何の変哲も無い唯の一撃だが、刀身のブレが少なく専念されていることが窺える。
光は左手の堀川国広でその一撃を防ぐと同時に右手の舞草刀で勉に一閃を入れた。
勉は体を捻って舞草刀を躱し、再度三日月宗近を振るう。
高速で繰り返されるこの攻防。カキンッ、カキンッという刀が交わる金属音がやけに大きく辺りに響き渡る。
少し遠くの場所から心配そうな面持ちで2人を見守っている千風は手に汗を握っていた。
一見互角の攻防に見えるが、実際は互角では無い。所々、勉の体にうすい線が残っている。光の攻撃が当たっている証拠だ。
「切野流……壱之太刀――」
光が勉に一太刀振るうと、勉はそれを跳躍して躱し、そのまま前方宙返りをする。
勉は空中で上下反対の体勢で光の背後を取っている状態だ。そんな不安定な体勢から背に横薙ぎ払いを振るう。
「――“水牙一閃・対”」
突進しながら横薙ぎ払いを振るう“往”に対して、宙返りをしながら背に横薙ぎ払いを振るう“対”。不安定な体勢ではあるが、相手の不意を突ける実戦向きな技だ。
光は体を前に倒して三日月宗近を何とか避ける。それでも髪に三日月宗近が掠ってしまった。
一回転して着地した勉は体勢を崩した光に追撃しようとするが、光が雪を蹴って目眩ましをしたことで、追撃は出来ず仕舞い。
光は一度勉と距離を取って態勢を整えようとする。
「切野流……肆之太刀“氷点突破・直”」
しかし、勉は光に態勢を整える時間を与えないように肉薄して、最短最速の刺突をする。
光は右手の舞草刀で三日月宗近を弾いて、左手の堀川国広で反撃するが、勉は体を捻って躱す。
「切野流……弐之太刀“岩砕地震・落”」
勉が跳躍して着地と同時に三日月宗近を勢い良く振り下ろした。名前通り岩を砕きそうな程の威力がある。
光は舞草刀と堀川国広を交差させて、勢い良く振り下ろされた三日月宗近を正面から受け止めた。
ギリギリと2人の力比べが始まる。だが、力比べは勉の方が優勢のようだ。光がジリジリと少しずつ後退していく。
「……勉、力……強いね……」
光は笑みを浮かべ続けているが、その顔には焦燥の色が見て取れる。
「光がか弱いだけさ。」
対して勉は余裕の笑みを浮かべている。
すると、光が思いっきり後退する。
勉は急に対抗している力が無くなり、驚いて前のめりになった。
光はその隙を逃さずに舞草刀で首を狙う。
しかし、勉は咄嗟に左腕を顔前に出して盾にする。勉の左腕は肘先からスッパリと斬られたものの、首には掠りもしなかった。
「切野流……壱之太刀“水牙一閃・往”!」
片腕を斬られても技の威力が然程変わっていない。
光は感心しながら堀川国広で三日月宗近を防ぐと同時に、舞草刀で反撃する。
それを何とか躱した勉は一度光と距離を取った。勉の左腕は10分間欠損したままだ。戦い方が慎重的になるのは当然だと言える。
反対に光にとってはチャンスだ。欠損が治る10分までに決着を着けたいと思っている。恐らく何か仕掛けるだろう。
そして、先に動いたのは光だ。一直線に勉に重心を低くしながら接近して、舞草刀を下から振り上げた。
勉は体を仰け反って舞草刀を躱すが、1テンポ遅れて堀川国広が勉に迫り来る。それを三日月宗近で受け止めるが、体を仰け反らせた状態では堀川国広が脇差とは言え、力負けしてしまう。
光は右手の舞草刀を大きく振り上げて、勉の首に狙いを定める。光の顔には既に安堵の色が見え隠れしていて、勝敗は決したと思っているようだ。
「……まだだぁ!!」
勉は自分に活を入れるように大声で叫んで、思いっきり自分の額を光の額にぶつけた。
そう、頭突きだ。辺り一帯にゴツンと鈍い音が響き渡る。
2人を見守っていた千風も余りの鈍い音に驚愕と心配で口に手を当てていた。現実だったら、頭蓋骨骨折か脳震盪位は起こっていたかもしれない。
痛みは無いとは言え、急に頭突きされて怯まない人はいないだろう。勿論、光も例外では無い。
「切野流……弐之太刀“岩砕地震・落”!」
光が怯んだ隙に勉は三日月宗近を勢い良く振り下ろした。
だが、光も負けじと怯みながらも堀川国広を勉に投げ付ける。投げ付けた堀川国広は勉の右肩に直撃して、三日月宗近の軌道をずらした。
三日月宗近は光の左肩を掠めただけ。そして、勉に致命的な隙が生じる。
それを逃す光では無い。舞草刀で勉の首を狙う。今度は先程のような失態を犯さないように、勉の一挙一動に目を光らせながら。
そして、勉の首に舞草刀を一閃する。
少し遅れて勉の首が地面に落ちて転がった。勉の体がポリゴンとなって散り散りに散っていく。
勉を倒して安堵の溜息をつこうとして光が周囲の警戒をしなかったのは、仕方の無い事だろう。だが、光は周囲に目を光らせておくべきだった。
「光くん、南東から来る!!」
試験開始前に支給された片耳イヤホンから千風の切羽詰まった警告が聞こえたと同時に、光は南東から殺気を感じた。
光は南東に目を向ける事無く、南東から見て陰になる場所に飛び込んで隠れる。
すると、次の瞬間、弾丸の嵐が雪を舞わせながら光のいた場所に降り注いだ。
「千風、相手は確認出来る?」
片耳イヤホンから千風に通信をする。
光の場所からでは、弾幕で相手の目視の確認が出来ない。相手が誰であれ、相手のいる場所によって対応する方法が異なってくるから、光は相手との距離が知りたいのだ。
「相手は南東の丘の上、光くんから大体100m離れた場所にいるよ。装備は申し訳ないけど判らないわ。」
千風の隠れている場所には弾幕が張られていないから、陰から相手の場所を目視する事は出来るようだ。
「いや、問題無いよ。それだけ判れば充分だ。」
光は陰から飛び出て南東に走る。その間、光に弾丸の嵐が降り注いでくるが、光はそれを舞草刀や堀川国広で弾いていく。
そして、遂に光は相手の姿が目視出来る距離にまで接近した。
高校生とは思えない程筋肉が発達している生徒で、海外の血が混じっているのか彫りの深い顔をしている。
光は何処かで見たことある顔だなぁと思ったら、火山噴火直前に対峙した男子生徒だった。装備も変わっていない。
(やっぱり、死んでなかったかっ!)
光はそのまま相手の懐に飛び込んで舞草刀を一閃する。舞草刀は寸分違わずに男子生徒の首を討つ。男子生徒はポリゴンとなって散っていった。
それを確認した光は一度周囲を確認して、今度こそ安堵の溜息をついたのだった。
試験開始から4時間経過、残り人数52人……
島中心部の火山が最初に噴火しておよそ40分。その間、ずっと噴火は続いていて時々地の底から体に響くような音がする。そして、それに伴って島全体の気温が上昇。HPが少しずつ削られている。
それを防ぐために島北部の雪原エリアに逃げる生徒が増えていく。
………
……
…
「はぁ……皆考えることは一緒って事か。」
火山噴火による気温上昇でHPが少しずつ削られているから、それを回避するために雪原エリアに来た光と千風。
しかし、他の生徒も同じ事を考えているようで雪原エリアに来てから、矢鱈と生徒との遭遇率が高くなった。
今は雪原エリアで見付けた洞窟に入って、身を隠している。
「ねぇ、光くん。」
溜息を1つついて物思いにふけっていた光が千風を見ると浮かない顔をしていた。
「何で私と『オース』を組んだの?
私、傍らから見てるだけで何もしてない。切野くんや鍛冶佐さんと対峙してるときも、さっきの戦闘のときでも何も出来なかった。
私は何か特別なことが出来る訳じゃ無い。光くんみたいに刀で銃弾を弾ける訳でも無い、切野くんみたいに剣術を得意としてる訳でも無い、鍛冶佐さんみたいに執念深い訳でも無いの。
このまま行けば、私達は上位に入れると思う。それは嬉しいんだけど、それは私の力じゃなくて光くん1人の力。
もう『オース』を解除する事も、報酬のIGポイントをあげる事も出来ない。何の役にも立たないのに報酬のIGポイントだけ貰うのが申し訳なくて……」
千風が深刻そうな顔をしてどうしたかと思えば、そんなことを呟く。
光は千風の言い分に呆れて盛大な溜息をつきたくなったが、我慢して千風に向き合った。
「……千風、俺は俺の意思で千風と『オース』を組むと決めたんだ。その決断を間違ってると思わないし、後悔もしてない。」
光は子供をあやすように、柔らかく丁寧な口調で言い聞かせるように千風に言った。
それでも千風の顔に不安や申し訳なさの色が拭えない。
光はそんな千風の様子に、今度こそ盛大な溜息を我慢できずについた。
「はぁ……千風は強情だなぁ。
千風は何の役にも立ってないって言ってるけど、そんなこと無いよ。
勉を倒した直後に襲撃してきた生徒の正確な場所を伝達してくれたりしたじゃないか。あの時は本当に助かったよ。ありがとう、千風。」
光が笑顔でお礼を言うと、千風の顔に安堵の色が現れ始める。
「……私、光くんの役に立ってる……?」
「うん。充分役に立ってるよ。」
千風の疑問に笑顔で即答する光。
「よ、良かったぁ……」
千風の顔から不安の色が完全に消えて、安堵の笑みを溢す。
「にしても、試験中にそんなこと考えてるのは千風と情太郎の2人くらいだよ。他の生徒はどうすれば生き残れるかで必死になってるのに。」
普通ならば、生き残る事で精一杯で仲間の役に立つとか考えてる暇も無い。
それなのにそういう事を考えている千風は健気何だなぁと光は思った。
「そこは『私1人だよ。』の方が格好良いんだけど、強ち間違ってないから何とも言えないなぁ……そう言えば、情太郎くんは如何してるかな?」
「情太郎はこういう戦闘は苦手だって言ってた。今の俺達みたいに隠れてるか、もう誰かに倒されちゃってるかもしれない。」
光と千風は残り人数が少なくなるまで、今いる洞窟でやり過ごすことにした。此処の洞窟は外からは判りづらく、襲われる心配は然程無い。高温によるダメージも受けないから、残り人数が10人を切るまでは世間話に花を咲かせる2人であった。
試験開始から5時間30分経過、残り人数11人……
千風と世間話に熱中していた光。
気付いたら1時間半程時間が過ぎていて、残り人数も10人近くまで減っていた。その間、誰1人として洞窟内に来ていない。外からは見えにくいと言っても、雪原エリアには殆どの生徒が集まってきているから誰1人洞窟内に来ないとは思っていなかった。
世間話に熱中していた光は不覚にも洞窟入口周辺を警戒していなかったが、誰も来なかったのは奇跡としか言い様が無い。
光は警戒してなかった自分を戒めながら洞窟の外へと千風と共に出て行く。
島中心部の火山は未だに活動していて時々噴火の轟音が響いてくる。周辺には生徒と思われる足跡が沢山あるが、生徒の姿は見えない。被注察感も無く、恐らくこの足跡は戦闘の跡であると思われる。
光と千風は周囲を警戒しながら移動する。
途中、3人1グループの生徒と遭遇したが、難なく倒すことが出来た。と言っても、終盤ではあるけらある程度苦戦したが。これで残りは光と千風を除いて6人。既に上位入賞は確定しているから、光としては此処で終わらせても何の問題も無い。
「ねぇ、千風。もう終わりにしても良い?」
光は周囲の警戒を解いて千風に問い掛けた。
「『終わりにする』ってどういう事?」
光の真意が判らず、千風は光に疑問に疑問で返した。
「この試験を退場する、つまり自殺だよ。」
光は笑顔で千風に判りやすく言い直した。
「え……?自殺って……何で?」
千風は笑顔で恐ろしいことを口にする光に戦慄しながら更に問う。
「もう上位入賞は確定でしょ?正直、それで充分だし、もう疲れちゃったし。終わらせるには如何したら良いかなぁって思って、自殺なら直ぐに終わらすことが出来るなぁと考えたから。」
千風は光の真意が判って少し考える。最初は疲労で自暴自棄になったのではないかと心配したが、どうやらそういう訳では無いようだ。
「光くんが良いなら構わないけど、自殺するんでしょ?なんか恐いなぁ……」
「大丈夫だよ。痛くないし、誰かに倒されるよりかは全然ましだと思うよ。」
千風はそうぼやきながらも、装備しているアサルトライフルの銃口を自分の額に向けた。
光に至っては笑顔でM19の銃口をを自分の額に突き付けている。
千風は目を瞑って意を決してアサルトライフルのトリガーを引いた。光も同じタイミングでトリガーを引いたようで、バンッと轟音が重なって鳴って、額に衝撃が走る。
そして、2人の視界は暗転するのだった。
試験開始から5時間45分経過、残り人数6人……
to be continued……