第5話 殴り合いと喧嘩
「なんで此処に来るって判った?
砂漠エリアや火山エリアに行くとは思わなかったのかい?」
光は疑問に思ったことをそのまま口にした。まさか巻幡が此処で網を張っていたとは思わなかったのだ。
「火山エリアはまず無い。彼処には峡谷があるからね。影谷くんが峡谷を横断しようとするほど馬鹿じゃないでしょ?
砂漠エリアに行かなかったのは、影谷くんが砂漠エリアから廃墟エリアに来た所を見たから。影谷くんが廃墟エリアに来てからずっと影谷くんを探してたのよ。」
「これは……1本取られたなぁ。まさか砂漠エリアから廃墟エリアに入っていく所を見られていたとは。
でも、そこで待ってても急いで引き返せば逃げられると思うけど?」
光が問いた瞬間、巻幡は思いっきり何かを投げた。そして、後ろで爆音が響いた。どうやら、巻幡が投げたのは手榴弾のようだ。
光が後ろを確認すると、光が通ってきた道に面してる建物が崩れて、道が塞がってしまっている。他に道は無く、光は逃げ道を失うことになった。
「凄い馬鹿力だね……」
巻幡から爆発した場所まで100m程の距離がある。それを巻幡は片手で野球ボールのように手榴弾を投げたのだ。プロの野球選手でも中々出来ることで無い。
「これで何の問題も無いわ。
他の生徒は影谷くんを探している内に殆ど倒したから横槍は入らない筈よ。
さぁ、早速始めましょう。」
光の呟きを気にもせずに巻幡が拳を構える。
「はぁ……ま、仕様が無いか。」
光は逃げ道を溜息をついた後、渋々と言った感じで戦闘準備に入るが、刀も銃も抜いていない。
「……私相手に素手で挑もうっていうの?」
「巻幡さん程度の相手に刀も銃も必要ないってことだよ。」
光が笑顔で巻幡を煽る。
巻幡はと言うと光をキッと睨んでいる。
そのまま、巻幡が光に接近して正拳突きをしてくる。
光はそれを上半身をひねって躱す。
巻幡は更に追撃してくる。振り打ち、肘打ち、掌底打ち、手刀打ち、熊手打ち、鉄槌打ち。
それでも光は全てを躱すなり往なすなりしている。これまで光は一切攻撃していない。
巻幡が正拳突きをするが、光は体を左に捻って躱し、左手で巻幡の腕を掴む。そのまま、背負い投げの体制を取って巻幡を投げると同時に巻幡の鳩尾に掌底突きをする。
巻幡は光の掌底突きを真面に喰らい、10m程度吹っ飛んだ。HPも2割程度削れている。
しかし、巻幡は直ぐに立ち上がった。
「……こんなに綺麗に決められたのは初めてだわ。これでも中学の空手の全国大会優勝したんだけどなぁ。
世界は広いってことか……」
巻幡は深呼吸をしてまた光に近付く。今度は拳だけでは無く、足技も使ってきた。鉄槌打ち、回し蹴り、掌底突き、膝蹴り、背刀打ち、目突き、平手打ち。
対して光も応戦する。肘打ち、正拳突き、裏拳、平拳、手刀打ち、回し蹴り、踵落とし。
光の攻撃は当たっているが、巻幡の攻撃は全く当たっていない。光のHPは変動していないが、巻幡のHPも6割程度まで減っている。
巻幡は1度光と距離を取った。息も上がっていて、肩で息をしている。
巻幡が再度光との距離を詰めようとしたとき、巻幡と光の丁度中間地点に何処からか銃弾が飛んできた。
どうやら、巻幡が取りこぼしたか他のエリアから来た生徒の仕業のようだ。弾丸の飛来してきた方向から考えて敵のいる場所は大体予測できた。それに光は敵の狙撃はそれ程脅威にはならないと判断する。
狙撃において、初撃で仕留めるのが1番有効だ。だが、敵の初撃は2人から10m以上離れている。まぐれで当たることはあるかもしれないが、ヘッドショットされるようなミスは光はしない。
出来れば巻幡に当たって欲しいと光は思う。
兎に角、巻幡との試合に支障は出ないと判断した光は巻幡との距離を縮めて攻撃する。
巻幡は狙撃に動揺しているのか、先程よりも反応が遅い。
「ちょ、ちょっと……横槍が入ってきたから普通は一時休戦とかして共闘する場面でしょ!?」
「フン……あの程度の狙撃の腕だったら問題ないよ。
それとも巻幡さんはこの程度の狙撃にも臆するような軟弱者だったってことかな?」
巻幡の異議を軽く遇って、笑顔で煽る光。光は以前、波上のことを凄い変わり様だと言っていたが、光も大概である。
この言葉に巻幡の目に羞恥と憤怒の色が現れた。それと同時に反応速度も一段と速くなる。
「影谷くん、性格悪いって言われるでしょう?」
「戦闘中に煽るとか戦術の基本中の基本でしょ。そんなことも判らないの?戦闘の『せ』の字も判ってないなぁ……」
嫌味を言われたらそれ以上の嫌味を笑顔で言う、それが光だ。
巻幡はまた嫌味を言われて怒りが溜まる。それによって巻幡の動きが単調になっていく。そして、単調な攻撃は予測されやすく敵に隙を見せてしまう。
案の定、巻幡の攻撃は光に弾かれてしまい、光に隙を見せてしまった。
光はそれを逃すはずも無く、左腰にある舞草刀を右手で抜いて巻幡の首に一閃を入れようと舞草刀を振るう。
これで試合が終わる。そう光も巻幡も思った。
しかし、巻幡の首に舞草刀が入る前に、先程この試合に介入してきた狙撃手の2発目が偶然にも舞草刀に直撃して舞草刀の軌道を変えた。舞草刀は巻幡の腕に掠っただけ。
2人の間に沈黙が訪れる。
「……ちょっと!!何外してんのよ!!潔く私の負けだと思ったのに!!!」
「……俺の責任じゃないよね?誰か知らんけど狙撃した奴の責任だ!俺のせいじゃない!!」
「影谷くん、さっき問題ないって言ったじゃない!だから影谷くんの責任よ!!」
「そもそもそう言ったのは、巻幡さんが道を塞いだからあの狙撃手倒しにいけないからだ。そういう意味では巻幡さんにも責任がある!」
暫くして、2人は試合に水が差された原因の押し付け合いを始めた。勿論、試合を行いながら。
そして、狙撃手の3発目が発射された。弾丸は2人から10m程離れた場所に着弾する。
「あぁ、もう狙撃が鬱陶しいわね!先にあっちを片付けるわよ。一時休戦で良いわね?」
「いや、一時休戦は良いけど、どうやって倒すんだよ。巻幡さんが道を塞いだせいで狙撃手の所に行けないじゃん。」
光は巻幡にジト目を向ける。
「影谷くんを探している時に倒した生徒から奪ったスナイパーライフルならあるわよ。」
「それ、もっと早く言って欲しかった……それじゃあ、休戦協定はあの狙撃手を倒すまでで良いね。」
そう言って、巻幡は橋の柱の陰から『M40』というスナイパーライフルを取ってきた。そして、巻幡は不慣れな手つきでM40を構えて狙撃手に向けて発砲する。
しかし、巻幡の狙撃は当たらずに弾丸は明後日の方向に飛んでいった。
「……下手くそ……」
「う、五月蠅いなぁ……だったら影谷くんもやってみなよ!」
光の呟きに反応して巻幡が頬を紅潮させながら光にM40を押し付ける。
その間にも敵の狙撃手は2発、3発と次々に撃ってくるが、当たりはしない。
光はM40を慣れた手つきで操作する。その間に光は敵の詳しい場所の整理をしていた。
(此処から敵までの直線距離は約2km。敵のいるビルの高さは約500mだから……)
光はM40を仰角15°にして構える。そして、片目を閉じて深呼吸をし、トリガーを引いた。
光が放った弾丸は寸分違わずに敵の額を撃ち抜く。そのまま敵は着弾した衝撃で後ろに倒れた。
「凄い……」
巻幡が光の狙撃を見て思わずそう呟く。
光はというと、M40を地面に置いて、右手で右腰のホルスターからM19を抜いて巻幡の額に銃口を当てた。
「……えっ?」
巻幡は光の行動に目を見開いている。
「俺は『休戦協定はあの狙撃手を倒すまでで良いね。』と言ったはずだよ。もう既に狙撃手は倒した。休戦協定は既に終わっているよ。」
光はにっこりと悪い笑みを浮かべている。対して巻幡は不服そうな顔して、光をキッと睨んでいた。
「それは卑怯なんじゃない?」
「この学校では、巻幡さんのように正面から戦って倒すのも実力と言うし、俺みたいに相手を欺いて倒すのも実力だ。この程度のことで卑怯なんて言ってたらきりが無いよ。
俺を倒したいなら正面から戦うだけの試合じゃ無くて、裏をかいたり騙したりする戦闘も出来るようにしないとね。」
光の言葉に対して巻幡は暫く黙る。
「……そうね。今回は私の負けだわ。影谷くんの実力の高さも良く判った。
でも、良いの?私にアドバイスなんてしちゃって。」
「此処は競い合う学校だ。どうせなら競い合う相手の実力が高い方が楽しいじゃん。」
「……えぇ、上等じゃない。いつか影谷くんが楽しいと思えるような実力を付けて、今度は貴方の友人として勝負を挑むわね。」
「あぁ、また巻幡さんと戦える日を楽しみにしてるよ……」
光は嬉しそうに笑ってM19のトリガーを引いた。
巻幡の体がポリゴンとなって散り散りとなる。そのポリゴンが太陽に照らされてキラキラと輝きながら空へと消えていった。
光は暫く空を見上げた後、草原エリアへ足を進めた。
試験開始から2時間10分経過、残り人数129人……
鬱蒼と茂る森に霧がかかって視界が悪くなっている。
勉は一層周囲の警戒を強めながら足を進めると森が開けた場所に来た。そして、勉の視界に入ってきたのはあたり一面を覆う濃い霧と沼地のようにジメジメとした場所。
どうやら、森林エリアを抜けて湿原エリアに来たようだ。10m先ですら霧でよく見えない。こんな所で狙撃される心配は無いだろう。
勉は警戒を緩めて霧の中を進んでいく。近距離戦で勉に勝てる者など緋山のようなイレギュラーのみ。更に、勉は他人の気配に敏感だ。
案の定、湿原エリアでは勉の独壇場となり、勉はHPを削られること無く敵を倒していった。
勉はまた近くに人の気配を感じた。距離は東に25m。他の生徒よりも気配が薄い。向こうはまだ勉の存在に気付いていないようだ。
勉は回り込んで敵の背後に移動し、三日月宗近を抜いて敵に斬りかかった。
しかし、敵に刃が届く寸前に敵はその場を飛んで勉の攻撃を回避し、手に持っていたショットガンを不慣れな手つきで操作して勉に発砲する。
勉は弾丸を弾いたりせずにその場から大きく飛んで弾丸を回避した。
何故弾かなかったと言うと、ショットガンは別名散弾銃であり、1回の発砲で数弾の弾丸を発射する。それ故に銃身の延長線上でなくても弾丸は飛んでくる。それでは弾道が予測出来ない。流石の勉でも弾丸が発射されてから弾道を読んで弾くことは不可能だ。
勉は1度敵と距離を取り、濃霧の中に隠れる。ショットガンは近距離でその真価を発揮するため射程が短い。
だが、勉には長距離攻撃する手段が無いし、有ったとしてもこの濃霧では使い物にならない。敵を倒すには再度ショットガンの射程内に入らなければならないのだ。それならば濃霧で姿を消して敵に気付かれること無く近付く以外方法は無い。濃霧は昼くらいには消えてしまう。今現在、試験開始から2時間弱経過している。霧もそんなに長く出ないだろう。
勉は気配を消して敵の背後に近付く。だが、勉は気配を消すことに気を取られてしまい、水溜まりに足を突っ込んで大きな音を立ててしまった。
敵が勉に気付いて向かってくる。
勉は意を決して敵に近づいた。
そして、敵はショットガンを撃ってくる。
勉は回避したり弾いたりせずにそのまま突っ込む。右肩や左脚に弾が当たるが勉は気にせずに近付いて、ショットガンに三日月宗近を振り下ろした。
ショットガンは構造上、アサルトライフルのように連射出来ない。故に勉は1発目は当たる覚悟で臨み、1発目を耐えれば勝機があると判断したのだ。
敵のショットガンは2つに斬られて使い物にならなくなった。
勉はそのまま敵に一閃する。首には当たらなかったが、胴に入ったのは間違いない。敵は尻餅を付いていて、HPも4割程度まで減っていた。
勉は敵の首に三日月宗近を添える。
敵はよく見たら女子らしく、サンライトイエローの髪をハーフアップで纏めて、薄群青色の瞳で勉を睨み付けいていた。
「私は……私は、まだっ!負ける訳にはいかないのよっ!!」
勉が決着を付けようとしたとき、敵はそう叫んで何かを軽く投げてきた。
(手榴弾っ……自爆かっ!)
勉はそう思って敵から距離を取るが、爆発は起こらず眩しく光って耳障りな音が鳴り響く。敵が投げたのは手榴弾ではなくて閃光弾。
閃光弾の閃光とノイズが収まったときには既に敵は姿を消していた。
(随分と必死だったなぁ……それに、なんでショットガンを装備したんだろう。あの子、剣の心得があるみたいだし剣で戦えばもっと楽な戦闘が出来ただろうに。)
勉はそんなことを思ったが、試験には関係ないと頭を振って思考を中断し、濃霧の中に消えていった。
潮の匂いを乗せた風が錬に吹き付けてくる。
此処は海岸エリア。島の海岸がリアス海岸のように入り組んでいて、大小様々な島が点在するエリアだ。島と島を渡るには人の腰程度まである深さの海を歩いて渡るしか無い。しかし、空も海も荒れていて空は灰色の分厚い雲に覆われていて、海は海岸の岩に波が押し寄せる度に水飛沫を上げている。
「てめぇは……金田じゃねぇか。」
錬が振り向くと、其所には樺色の髪をぼさぼさにしてジョーンシトロンの鋭い目を錬に向けている男子がいた。顔は憎しみで歪んでいる。
「五十嵐……」
錬は眉を顰めながら相手の名前を呟いた。
「まさかこんなにも早くてめぇに復讐出来る日が来るとはなぁ。」
先程まで憎しみで染まっていた五十嵐の顔に気味の悪い笑みが溢れる。そして、五十嵐が装備している『M134 Minigan』を錬に向けて構えた。
錬の顔が引き攣る。
M134 Miniganは1秒間に100発という発射速度を誇るマシンガンだ。総重量18kgと重い故に移動速度は遅いが破壊力は馬鹿にならない。
更に、今錬がいる場所は小さな島だ。逃げ場が無い。
錬がその場から走ったと同時に悪魔の咆哮が辺り一帯に響き渡る。銃口が火を噴きながら辺りの草木を蹂躙して、粉塵を上げる。
錬はなんとか岩陰に隠れて弾丸の嵐を防ぐが、動くことは出来ない。今岩陰から出たら、錬の体に無数の穴が空くことだろう。
錬は手榴弾を五十嵐に投げることにした。岩の向こうから爆発音が聞こえた瞬間に岩陰から飛び出す。
五十嵐は爆発によって周りが見えなくなったことに対して自暴自棄にでもなったかのように、周りに見境無くマシンガンを撃ちまくっている。
錬は集中砲火されるよりかはましだと思いながら五十嵐の背後に回る。そのまま錬はアサルトライフルのトリガーを引く。
アサルトライフルの弾は五十嵐の背中に命中してHPを1割程削る。
「そこかぁ!!!」
五十嵐は撃たれたことも気にせずに振り返ってM134 Miniganを錬に向けてトリガーを引いた。
だが、既に錬は岩陰に隠れているため弾丸の嵐に降られることは無い。
すると、弾丸の嵐が急に止んだ。カチカチとトリガーを引く音とマシンガンの銃身が回転する音は聞こえるが、銃口から弾丸が発射されることは無かった。
そう、弾切れだ。1秒間に100発も発射するのだから直ぐに弾が無くなってしまう。
五十嵐は周りに見境無くマシンガンを撃っていた。その行為はマシンガンの弾の無駄遣いでしか無い。弾は携帯端末で補充の要請が出来るが、直ぐに補充出来る訳では無い。ある程度時間差がある。
錬は一気に五十嵐に近づいてアサルトライフルのトリガーを引いた。アサルトライフルの弾丸は五十嵐の装備していたM134 Miniganに直撃して使用不可能になる。
錬は五十嵐に更にに近づいて背中の短刀を抜いて五十嵐の首を斬ろうとする。勝てると錬は思った。だが、現実はそう甘くは無い。
五十嵐は近づいてきた錬にアサルトライフルの弾丸が直撃していることを気にもしないで、錬の鳩尾を思いっきり殴った。
人は勝てると思った時に隙が生じやすい。それは錬も例外では無かったようだ。
鳩尾を思いっきり殴られた錬は島の海岸を越えて腰程度まである深さの海まで吹っ飛ばされた。アサルトライフルは錬の手から離れてしまい、海に浸かっているから火薬が湿気ってしまっている。これでアサルトライフルはもう使い物にならない。残っている武器は短剣1本。だが、肝心の短剣は吹っ飛ばされた時にアサルトライフル同様に手から離れて何処にあるか判らない。
五十嵐もマシンガン以外に装備している物は無い。
こうなったら手段は1つ。殴り合いだ。
錬はそう思って、海岸にいる五十嵐に接近する。
五十嵐は錬を見下すような笑みを浮かべているだけで動こうとしない。
錬はそのまま五十嵐の顔面に右拳で思いっきり殴ろうとするが、五十嵐はそれを左手であっさりと止める。
五十嵐が錬の右手を掴んだまま錬の左頬を右拳で殴った。辺りに鈍い音が響き渡る。錬のHPが削れて、吹っ飛ばされたかのように見えたが、錬は吹っ飛ばされる前に脚をぐっと堪えて、お返しとばかりに空いた左手で五十嵐の顔面を殴る。先程よりも重く鈍い音だった。五十嵐のHPも削れた。
五十嵐はそれを食らっても面白いと言わんばかりの笑みをして、錬の額に頭突きをする。現実ならば脳振盪位は起こしていそうな威力だ。怯んだ錬に更に1発殴る五十嵐。
錬も負けじと五十嵐を殴る。
錬が右手で殴れば五十嵐も右手で殴り、五十嵐が左脚で蹴れば錬も左脚で蹴る。
光と巻幡の試合のような高度な技術は一切無い。唯々、互いが互いを力一杯殴ったり蹴ったりするだけ。それは試合というよりも喧嘩に近いかもしれない。
「俺はずっとお前に復讐したかった!!あの日、俺がお前にどん底に叩き落とされてから、なっ!!」
五十嵐が狂気に満ちた表情で殴ってくる。
「チッ……その割にはあの日から何にも変わっちゃいねぇじゃねぇか。そんなので復讐なんて出来ねぇよ!」
互いのHPは既に半分を切っている。
「ハッ……能力が使えない今なら俺がお前なんかに負けるはずがねぇんだよっ!」
五十嵐の拳が錬の鳩尾に入って錬は海の方に吹っ飛ばされた。バシャッという水飛沫と共に海に又してもダイブする羽目になった錬。さっきのでHPを大幅に削られている。
すると、錬は海底に付けている手に海中に太陽の光を反射している物を見つけた。
「俺はこの1ヶ月間、復讐の機会をずっと窺ってた。
お前にどんな屈辱を味わわせるか、お前の顔をどう歪ませてやるか愉しみで仕様が無かった。
遂にその悲願を達成することが出来る。わくわくするなぁ!!」
五十嵐が錬に近付きながら下品な笑みを錬に見せている。自分が勝利すると信じて止まないようだ。
そして、勝利を確信する時は誰だって隙が生じる。
錬は五十嵐が近付いてきたのを見計らって立ち上がり、右手を五十嵐に伸ばす。
当然、五十嵐は錬の右手を左手で掴もうとする。五十嵐は避けたりしない。しかし、今回は避けるべきだった。
五十嵐の左手が錬の右手を掴もうとしたとき、五十嵐の左手は短剣で刺された。目を見開く五十嵐。
錬は海に吹っ飛ばされて、その場に自分が装備していた短剣を見つけたのだ。
錬は空いている左手で五十嵐を殴る。右手から短剣が離れて、今度は右手で五十嵐を殴り、又左手、右手、左手と力一杯五十嵐を殴り続けた。
五十嵐は殴ってくる手を掴むが、もう片方の手で殴っていく。こんなに殴られても錬みたいに吹っ飛ばされないのは、五十嵐の意地なのか巨体故なのか。
五十嵐は錬の猛攻を耐えながら左手に刺さった短剣を抜いて、錬の右手を自分の左手で、錬の左手を自分の右手で掴んだ。
「やってくれるじゃねぇかぁ、このクソ野郎!!」
五十嵐は力一杯錬を回し投げた。
錬は砂浜で何とか受け身を取って立ち上がるが、HPが減少するのは避けられなかった。互いにHPは既に1割を切っている。次の攻防で決着が付くだろう。
この勝負に勝ってもその後は直ぐに負けるかもしれないが、今の2人にとってそれは関係の無いことだ。2人の頭にはこの勝負にどう勝つかしか無い。
先に動いたのは五十嵐だ。錬に向かって真っ直ぐ水飛沫を上げながら突き進んでいる。
対する錬は微動だにしない。
五十嵐が錬に近付いて五十嵐の振りかぶった拳が錬に当たる直前、錬は地面の砂を蹴って五十嵐の顔面に砂を浴びせる。所謂目眩ましだ。
五十嵐は視界が突然砂に覆われて、拳が空を切る。
錬は怯んだ五十嵐の顔面に拳を入れた。
五十嵐は吹っ飛んで、HPが全て削られることとなった。
「金田ぁ!てめぇ、こんな手使ってただで済むと思うなよ!!俺にこんなことをしたことを後悔させてやるっ!!!」
五十嵐は錬にそう叫んでポリゴンとなって散り散りになった。
錬はそれを確認して、後ろに倒れて大の字に寝転がる。痛みは無いが、疲労感は溜まるらしい。マシンガンで撃たれたり海に投げ出されたりすれば、疲労の1つや2つは溜まるものだ。
すると、森の方から草木をかき分ける音がした。
錬は心臓が飛び出し掛けるかと思う程驚いて、急いで体制を整える。武器も無く、HPも残り少ない状態でどれ程闘えるか判らない。錬はそんな一抹の不安を覚えながら音のする方に注意を向ける。
「私に戦う意志は無いわよ。錬くん。」
森から出てきたのは勿忘草色の髪を腰まで伸ばし、白く絹のような肌は芸術品であるように錯覚する程美しく、オレンジバーミリオンの鮮やかな輝きを放つ瞳にはあどけなさが残っている女子生徒。そう、錬と同じクラス委員の水池だった。
「き、霧葉ちゃん?!」
錬は先程とは別の意味で心臓が飛び出し掛けそうになった。こんなボロボロで格好悪い姿を惚れた女子に見られるなんて、錬に取っては恥ずかしいことこの上無い。
「大丈夫?さっき誰かと戦ってたけど凄~く苦戦してたし、HPも殆ど残ってないから。」
水池が上目遣いで錬を心配する。
(か、可愛い~!)
錬はと言うと、水池の上目遣いと顔の近さ、そして心配してくれることが嬉しいのか頬を紅潮させている。先程まではこんな姿で恥ずかしいと思っていたが、今は心配されるのも悪くないと思っているようだ。顔はだらしないくらい緩んでいて、光や勉がその場にいれば『キモい』とか言われていただろう。
因みに、委員会の活動中に『名前じゃ他人行儀だから互いに名前で呼び合おう』と水池に言われて、今では互いに名前で呼び合っている。それを言われて錬が舞い上がったのは言うまでも無い。
「だ、大丈夫だよ……相手は、倒したから。」
錬はたじたじになりながら答える。
「そっかぁ……なんか男子って憧れるな~。」
「えっ……?なんでそう思うの?」
「だって、さっきの殴り合い、如何にも男子の喧嘩って感じでさ。『喧嘩するほど仲が良い』ってよく言うじゃん?女子にはそう言うのがないから。」
「……さっきのはそう言うのじゃ無いんだよ。」
今まで笑顔で水池の話を聴いていた錬の表情が変わって、複雑な表情を浮かべた。
「霧葉ちゃんの言う『喧嘩』は……なんて言うか、自分の気持ちを拳に込めて相手にその気持ちを判って欲しいからするものだと思う。
でも、さっきのは明らかに違う。互いに唯々相手を倒すことしか考えてない。そんなのは『喧嘩』じゃなくて、只の『殴り合い』だよ。似ているかもしれないけど全くの別物だ……」
錬は遠くの水平線を見ながら呟くように言った。先程の殴り合いを後悔するように。
「……男子も大変なんだね。
あ、そうだ。ねぇ、錬くん。『オース』を組まない?錬くんHP少ないから私が守ってあげるよ。」
これ以上は踏み込んではいけないと思ったのか、話の話題を変えた水池。本当に気が利くなぁと錬は思う。
「『オース』を組んでくれるのは嬉しいけど、普通は男の俺が言う台詞なんじゃ……それに女子に守ってもらう男っていうのも格好悪いし。」
「まあまあ、細かいことは気にしない、気にしない。」
水池は笑みを浮かべながら錬に『オース』の申請をして、錬はそれを承諾した。
錬は守ってあげると言われたが、勿論そんなつもりは毛頭無い。錬は水池のためなら躊躇無く壁になる。
そう決意した錬は水池と共にその場を離れた。
試験開始から3時間経過、残り人数103人……
此処は島の中心『火山エリア』。エリアの中心に大きな火山が聳え立っていて、所々に間欠泉があり、火山の麓は荒野が広がっている。
そして、千風はそこで窮地に追いやられていた。男女9人の生徒が千風の行く手を塞いでいる。更に遠くの方にスナイパーライフルを装備した生徒が最低1人いる。『オース』を組んでいるのだろう。
これ以上いないことを願いたいと千風は思った。
敵の狙撃手は花宮の狙撃の腕よりも御粗末な腕だ。いや、比べる対象が良すぎるだけで、敵の狙撃手は平均よりも上であることは違わない。敵が狙撃手1人だけなら難なく倒せただろう。
だが、厄介そうな敵が1人いる。恐らく敵のリーダー格で、高校生とは思えない程筋肉が発達している生徒がいるのだ。ハーフなのか純外国人なのかは判らないが、海外の血が混じっているのは間違いない。千風は銃に詳しくないから詳細は知らないが、敵のリーダー格はごついマシンガンを装備している。
そして、3人の敵が動き出した。装備は全員アサルトライフル。
千風は横に走りながらアサルトライフルのトリガーを引いて敵を牽制する。千風が目指すのは100m程先にある森林エリアだ。荒野では9人の生徒に一斉に狙い撃ちをされたら千風に勝ち目は無い。しかし、森林エリアでは一斉に狙い撃つことは出来ない。
森林エリアまであと少しの距離になったとき、敵のリーダー格が動き出した。恐らく千風の思惑に気付いたのだろう。狙いを千風に定めてマシンガンのトリガーを引いた。
弾丸の嵐は千風に迫っていく。森林エリアに逃げ込むにはまだ距離があり過ぎる。
千風はもう駄目だと思って反射的に目を瞑った。
だが、何時まで経っても弾丸が当たる衝撃がこない。しかも、背中と膝裏に何かが触れている感覚がある。
恐る恐る目を開けると、目の前には1人の生徒がいた。黒髪黒瞳でぴょこんと跳ねているアホ毛が特徴的で、見ると安堵する笑みを浮かべている男子。
「……光くん。」
千風は無意識にそう呟いた。
to be continued……