第1話 入学
寒が明けて温かい風が吹き始めた頃。
漆黒の空に浮かぶ満月だけが部屋を照らしている。部屋に所狭しと並べられた本棚は血に染まっており、床のカーペットには紅い花を咲かせた額に直径1cmの穴が空いた肉塊が転がっているだけ。まさに地獄絵図である。
部屋の中央に立っている少年は人だった塊から漂う悪臭で顔を蹙めることも、人を紅く染めたことに対する罪悪感に苛まれることもない。その顔にあるのは少年というには似つかわしくない無のみ。
「き……貴様ぁ、この……私にっ……こんなことをして、ゆ……許されると思っているのかっ!」
部屋の隅っこでガクガクと震えながら尻餅をついて叫んでいるのは、腹が良く肥えたこの書斎の主である中年男性。体中からびっしょりというのが生温い程の汗をかいている。
少年は男性の言葉に反応することは無く、ゆっくりと男性に近づいた。少年の顔は相変わらず無表情で、無機質な黒瞳が男性を射貫いている。
「こ……これは、明らかな反逆行為だぞ!」
「それがどうした。」
抑揚の無い声で応えた少年は話すことなど無いと言うように話を切った。
男性もそれを理解している。恐怖で体を支配されながらもキッと少年を睨んだのは男性が少年の上司だったせめてもの意地だろう。
少年は右手を銃の形にして前に翳した。
「貴様が自由を手に入れることは絶対に出来ぬ。妾達から逃げられると思うなよ。精々、苦しみながら生きるが良い。フハハハ……」
男性は急に箍が外れたように語り、笑い始めた。目は焦点が合っておらず体の震えも止まっている。まるで何者かに操られているように。
しかし、少年の指先が光った次の瞬間には男性は額に直径1cmの穴を空けて死亡した。
少年の瞳には既に男性は映っていない。少年は早急に踵を返して部屋を出て行った。
そして、空に浮かぶ満月だけがその部屋を照らし続けている。
2035年、世界は混沌に満ちていた。
2032年に日米同盟軍と中露同盟軍が日本海で武力衝突によって第三次世界大戦が勃発。戦火は四国だけで無く欧米やアフリカ大陸まで広がり、世界中で戦争が起きた。
さらに3年後にロシアが核兵器を使用したことをきっかけに核戦争へと発展。人々は未曾有の大混乱に陥った。
結局、第三次世界大戦が終結したのは日米同盟軍と中露同盟軍の武力衝突から13年後の2045年。70億人いた人口もこの大戦で半分以下の20億人まで減少した。
戦争に負けた中露はアメリカと日米同盟軍との間に協力関係にあったイギリスの植民地となり、全世界で核放棄が国際条約で締結。世界は平和を取り戻したかのように思われた。
しかし、そうは問屋が卸さなかったのだ。核兵器の放射能を浴びた人々は体に変化が生じ、所謂超能力を使えるようになった。人々はその力を『能力』と呼ぶ。
終戦から115年経った現在、能力を使う者は全人口の9割を占めている。能力の研究も開始されたが、今現在でも分からないことの方が多い。
しかし、能力を使用出来ない非能力保持者が能力を使用する能力保持者を危険視して根絶しようとする動がある。
能力がただの異能力ならばそれ程危険視されなかったのかもしれない。能力に匹敵する武器を作れば良いのだから。だが、現実はそう甘くは無かった。
能力の研究により、能力には進化があると判明した。
能力保持者が現れたばかりの頃、能力と言ってもそれ程強い力では無かった。精々、コップ一杯の水を操ったりマッチぐらいの火を付けたりする程度。
軍事力を強化することは出来ないとされていたが、進化を起こすと干渉力が格段に上昇するのだ。
進化を起こす条件はまだ解明されていないが、1人が進化を起こす回数は最大10回。その数回の進化によって人1人で一軍隊に匹敵する程の力を得てしまう。
まだ進化を起こしていない能力を第0能力と呼び、第1能力、第2能力……となっていく。
反対に能力保持者が非能力保持者を見下す動きもあり、能力保持者と非能力保持者との間に確執が生じているのだ。非能力保持者を無能者と侮辱することもある。
22世紀末に差し掛かる現在でも負の感情が人々を動かして差別するのは変わらない。
そして、これからも変わらないのだろう。それが人という生き物なのだから……
春の麗らかな日差しを浴びながら少年が川の土手を歩いている。黒髪黒瞳で歩く度にぴょこんと跳ねるアホ毛。中性的な顔立ちで顔だけでは男か女か分からないが、紺のブレザーを羽織ってズボンを履いているから男だと分かる。
少年は時間を確認して少しペースを速めた。
暫く歩くと出勤者や通学者で忙しない様子の駅が見える。少年は駅の入口で足を止めて周りをきょろきょろと見渡す。
「あ、錬。こっちこっち。」
入口から少し離れた所にいた青年に少年――光は声をかけた。錬と呼ばれた青年は声がかけられた方に駆け寄り、手を挙げて挨拶をする。
「おはよう、光。」
錬はチェリーレッドの髪に砥粉色の瞳をして、体育会系というイメージがぴったりの風貌をしている。そして、光と同じ紺のブレザーとズボンを着ていた。
互いに名前で呼び合っているから同級生だと思われるが、端から見ると先輩後輩の関係にしか見えない。
「光が小さかったから見つけられなかったぜ。」
「……錬、それは俺に喧嘩売ってるの?売ってるよね?良い度胸だな。良いよ、これ以上無いくらい安く買いたたこうじゃないか。ん……ん……?」
錬が冗談で言ったつもりだったが、光にとっては禁句だったようだ。顔は笑っているが、目は笑っていない。周りの空気の温度が下がったような気がする。
錬は光を落ち着かせて駅に入って電車に乗る。その間、2人は談笑したり読書をしたりして暇潰しをし、20分程して『国際教育学園前駅』を電車を降りた。
駅の東口を出て直ぐに大理石の豪華な門が見えた。そして、門には『国際教育学園東京高等学校』とある。
国際教育学園。125年前の第三次世界大戦のような悲劇を2度と起こさないように世界の主要国の政府が2050年に運営を始めた教育機関だ。
運営に力を入れている国は日本、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ブラジルの五国。この五国の首都に其れ其れ高校が、アメリカのニューヨーク、イギリスのマンチェスター、日本の大阪に大学が設立されている。
彼等は今日からここの第101期目の学生だ。
2人は豪華な校門を潜って敷地内へと入っていく。新入生と思われる生徒がちらほらといるため流れに任せて先に進む。
100年以上の歴史があるとは思えないほど真新しい校舎に入ってクラスを確認する。
「錬、クラスどうだった?俺はA組みたいだ。」
「俺もA組だったぜ。これからよろしくな。」
「おう、よろしく。」
2人はA組の教室に談笑しながら向かった。
A組の教室には既に20人程いて、殆どが席に着いて読書していたり教室を眺めていたりしている。
2人は黒板に張り出されている席を確認してその席に座った。光は前から1列目廊下側2列目の席で錬はその1つ後ろの席だ。
光と錬は入学式の時間まで談笑に興じていた。
「光は良いよな、隣が女子で。俺も隣は女子が良かったぜ。」
「錬……その発言、キモいよ。」
光の右隣の席に女子が座ったのを見て、そう呟いた錬。光は若干引いていて、塵でも見るような目で錬を見ている。
周りにも錬の呟きが聞こえていたのだろうか、女子は錬に訝しげな目を向けていた。
「確かに、その発言は気持ち悪いと思うよ。」
教室内の空気が冷たくなってきた頃に錬の後ろから声が掛かった。光と錬は声がした方に目を向ける。
江戸紫色の髪をスポーツ刈りと海松藍色の瞳が爽やかな感じを出している生徒。
「急にごめんな。僕は切野勉だ。勉って呼んでくれ。」
光は伸ばされた手を取り勉と握手をする。勉の手は皮膚が硬くタコが出来ていた。
「俺は影谷光。俺のことも光で良いよ。で、こっちが……」
「金田錬だ。俺も錬で構わないぜ。
ていうか、2人ともひでぇな。キモいとか気持ち悪いとか。」
「「だって本当のことじゃん。」」
錬に突っ込みを入れる2人はどうやら息ぴったりのようだ。
錬はこれからこの2人に息の合った突っ込みを入れられる場面が容易に想像出来てしまい、自分の高校生活が少し憂鬱になってしまった。
まぁ、女子に下心満載の発言をした錬の自業自得なのだが。
光と錬は新たに勉を交えて談笑を再開した。
「2人は中学が同じだったのか?」
この学校は所謂進学校で入試は国内最高レベルとまで言われている。故に知り合いが学校にいることは珍しい。
「いや、錬とは入試の時隣だったんだ。その時に話したから会ってまだ1ヶ月半くらいだよ。」
「へぇ~、意外と付き合いは浅かったんだな。」
「うん、最初は俺を女子と間違えてナンパしてきたときは驚いたよ。私服で女子と間違われることはあったけど、制服しかも学ラン着てたのに女子と間違われることは初めてだったなぁ。」
「あ……いやぁ……その……あれは忘れてくれ。」
光はニヤリと愉しそうに錬を揶揄う。勉は錬に呆れてジト目を向けている。
女子だと思ってナンパした相手が男子だったとか恥ずかしい以外の何でもないからな。
因みに、今の教室は3人以外誰も喋っていないから周りの人に錬の恥ずかしい過去を聞かれている。きっと錬はチャラい馬鹿な奴というレッテルを貼られているのだろう。光と勉は気付いているが、錬は気付いていないようだ。
錬は入学初日から女子に下心満載の発言をして訝しげな目を向けられたり自分の恥ずかしい過去を事実上暴露されたり、まさに踏んだり蹴ったり……ご愁傷様です。
錬の恥ずかしい過去が暴露された所で教室に40代位のスーツの男性が入ってきた。
170cm位の背丈に紺の髪をオールバックに整えていて古代紫色の瞳に掛けられた丸眼鏡ときっちりと整えられた髭が、英国紳士のような上品な雰囲気を出している。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
私はこの1年A組の担任教師となった狭間秀紀です。
入学式は20分後に始まりますので、10分後までに御手洗を済ませて廊下に並んでいて下さい。会場の第1体育館までは私が先導します。
これから3年間、よろしくお願いします。」
各自手洗いを済ませて移動時間になるまで時間を潰す。
肩の力を抜いている者、緊張している者其れ其れ。
国際教育学園は世界でも有数の進学校だ。国際教育学園大学を卒業した者はエリート中のエリートと言っても過言でも無い。国際教育学園高校はその大学に入学する1番の近道なのだ。
さらに、国が運営しているだけあって学費も無料。
生徒は全員寮生活で緊急を要する以外は学校の敷地内から出ることは出来ない。これだと不憫な生活しか出来ないと思われるが、この学校は普通じゃないのだ。
敷地内には何でもある。レストランやスーパー、スポーツ店、カラオケ店などの娯楽施設すらあるのだ。もう小さな町のよう。
そんな超金持ちの学校の入学式が普通である訳がない。殆どの生徒が公立中学校出身で、普通の詰まらない入学式を体験してきた。そんな生徒から考えるとこの学校の入学式は高嶺の花に思えてしまうようだ。
そろそろ時間になったので生徒が次々と廊下に出て行く。入学式の会場の第1体育館は入学式や卒業式と言った行事に使われるそうだ。
第1体育館前で狭間先生が止まる。会場に入る順番はA組が最初でB組、C組と続き、E組が最後らしい。
全クラスが第1体育館に並んだ所で体育館内から音楽が流れ始めた。其れを聞いた狭間先生は体育館に1歩入り御辞儀をして歩き始める。其れに続いてA組の生徒が体育館に入るが、皆同じ反応をした。
体育館内は学校の体育館とは思えないほど綺麗で豪華な修飾が施されている。まるで舞踏会の会場にでも来たような感覚だ。
来賓用や保護者用の椅子は高級ホテルのようなフカフカな椅子が使われているのに、生徒用の椅子がパイプ椅子であるため其所だけ場違い感が否めない。
5クラス全てが入場し終わり、入学式の開式が宣言される。来賓紹介や多くの祝辞を聞くが、何れも同じようなことしか言わない。
錬なんて開始5分で寝ている。両隣にいる光と勉は入学式で寝るという図太い神経を持つ錬に呆れを通り越して感心すらしていた。
まぁ、錬程早くはないが式の途中で寝ている生徒は何人かいるのだが。
『続いて生徒会長の祝辞です。第99期生徒会会長氷川凍一くん、登壇して下さい。』
ステージに登壇したのは、180cm程の背丈に目付きが鋭く、ディープロイヤルブルーの瞳が絶対零度のごとく冷たい青年。短く切り揃えられたスモークブルーの髪は、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。容姿端麗、才色兼備、品行方正といった言葉がぴったりの人物だ。
「新入生諸君、入学おめでとう。我々国際教育学園東京高等学校の生徒、職員は君達を歓迎する。
これから互いに切磋琢磨し合い有意義な高校生活を送れるようにして欲しい。此処はエリートが通う場所。君達はエリートになることを認められた存在であると言うことだ。その事を忘れずに日々を送って欲しい。
エリートの世界は実力主義の世界だ。此処に入学して胡坐を掻いているとあっさりと切り捨てられる。
自分達がエリートに足る人物であるということを証明するのだ。その意識の違いで此処での生活が天国にも地獄にもなる。
君達がエリートであることを証明出来るように健闘を祈っている。
第99期生徒会会長氷川凍一。」
最後に御辞儀をして降壇していった生徒会長の氷川先輩を見ながら光は違和感を覚えた。何に引っかかるのかは分からない。だが、さっきの祝辞は覚えておいた方が良いと思った。
『新入生総代の言葉。第101期新入生総代緋山聖司くん、登壇して下さい。』
生徒会長が降壇していった場所から登壇したのは、ファウンテンブルーと桑の実色という左右で異なった髪の170cm位の青年だった。ゴールデンオーカーの瞳には自信で漲っている。左目には怪我でもしたのだろうか、眼帯をつけていた。
「本日はこのような素晴らしい日に入学式を挙行していただき、心より感謝を申し上げます。
これから素晴らしい環境で勉学に励むことが出来ることを嬉しく思います。これも学問に触れる機会を与えてくださった両親や先生方、学友に感謝の意を伝えたいと思います。
さて、先程生徒会会長の祝辞にもありましたが、自分達がエリートであることを証明したいと思います。其れもただのエリートではなく、此処にいる誰よりもエリートであることを、です。
皆さんと切磋琢磨し合い、百折不撓の精神を忘れずに自らの研鑽を絶やさぬことを誓い、宣誓したいと存じます。
第101期新入生総代緋山聖司。」
不敵に笑った緋山は一礼して降壇した。
光は緋山の言動に苦笑を隠せない。緋山はこの場で新入生全員に宣戦布告したのだ。俺は誰にも負けないと。其れを殆どの生徒が理解しているのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている生徒がいる。
新入生総代は入試の主席が行う。つまり、今の所は緋山が此処の誰よりも優秀であることは間違っていない。
面白い奴だなと光は思った。
緋山の不穏な宣戦布告はあったものの入学式はつつがなく終わり、後は新入生の退場のみとなる。
入場と同じようにA組からの退場なので、A組が初めに椅子から立ち上がり、出口へと進む。
その途中、光は各クラスの様子を眺めていた。そこでD組のある生徒に目が止まった。
名前は確か……波上心音。今、日本で話題沸騰中の若手女優だ。サフランイエローの髪を後ろで束ね、ペールチェリーピンクの瞳は凛々しく女優としての貫禄が表れている。
彼女の迫真の演技は、大御所女優と引けを取らないほどと言われているが、今の自分に驕らず、ひたむきな性格らしい。
確か、勉強に専念するために芸能活動を自粛すると公表していたが、まさか同じ高校に入学しているとは思ってもいなかった。
勉強も運動も出来る文武両道タイプ。恐らく入試のトップ10には入っているだろう。
他のクラスには知っている顔は無かったから、退場の音楽を聞きながら体育館を後にした。
教室に戻って10分間の休憩を取った後はHRがあるらしい。主に学校について説明するそうだ。
「其れでは、HRを始めます。
この時間は皆さんが特にやることはありません。私が一方的に喋るだけです。だからと言って、寝ないようにして下さいね?大事な事も言いますから。
まず、皆さんは今日から学校の寮に住んでもらいます。これは入学説明会にも説明したので着替えや日曜必需品は持ってきてると思います。
高校卒業までの3年間、緊急時や教師の許可無く学校の敷地から出ることは出来ません。更に学校の情報を部外者に漏らしてもいけません。此れを違反した場合、停学の可能性もあるので気を付けて下さい。」
(((ペナルティがでかい……)))
クラス全員が心の中で呟いた。
「寮の場所は校舎から東に10分程歩いた所にあります。この教室からも見えますよ。」
狭間先生が窓の外を指した。その先を辿ると5階建ての建物が団地のように複数建っているのが見える。周りは木々が生い茂っていて自然が多い。
「次に生徒証を配ります。」
狭間先生は生徒1人1人にカードを配り始めた。
カードには氏名、クラスと出席番号、受験の際に提出した写真が貼ってあり、裏面にはQRコードがある。
「其れが生徒証です。
この生徒証は此処の学校の生徒であることを証明するだけの物ではありません。其れには現金と同じ価値があるポイントが入っています。
此処には日用品雑貨店から娯楽施設まで何でもあります。其所を使用したり物を買ったりする時に生徒証に入っているIGポイントを払う必要があります。1ポイント=1円です。このポイントは貸し借り出来ないので注意して下さい。
今回、生徒証には入試の各生徒の総合点数の100倍のポイントが支給されています。残高を確認するには携帯電話でQRコードを読み取れば出来ますよ。
入試の点数は筆記試験1400点満点、実技試験400点満点、面接試験200点満点の計2000点満点となります。
つまり、満点を取ると20万円分のポイントが貰えることになります。此処は実力主義の世界です。それ相応の実力を示せば何でも手に入れることが出来ます。」
その金額に騒然となるクラス。
100年程前ならばそれで生活することは難しかったかもしれないが、今現在は物価も下がってきており月20万ならば1人で生活するには苦しくない。しかも、学校の食堂は7:00~22:00まで開いており、無料で利用することが出来るらしいから食費は殆ど掛からない。
普通、高校生がそんな大金を1ヶ月で手にすることなんて無いから当然の反応だ。浮かれる者、驚愕する者反応は人それぞれだが、その顔には嬉しさが見え隠れている。
「本来、皆さんにはスマートウォッチを1人1台配る予定で、IGポイントも其れに入れる予定でしたが、調整が間に合っていないようなので、次のIGポイントが振り込まれる日に皆さんに渡そうと思います。」
ここで1人の女子生徒が手を挙げた。
勿忘草色の髪を腰まで伸ばし、白く絹のような肌は芸術品であるように錯覚する程美しく、オレンジバーミリオンの鮮やかな輝きを放つ瞳にはあどけなさが残っている。
「君は確か水池さんでしたね。質問ですか?」
「はい。次にIGポイントが振り込まれるのは何時ですか?」
「確か……トラブルが無ければ5月1日だったと思います。今回と同じように振り込まれる予定です。」
又もや騒然とするクラス。最大20万円相当の大量のポイントを与えられて1ヶ月でまた与えられるとなると驚かない生徒はいないだろう。
しかし、光や他数名が怪訝な表情を浮かべていた事に気付いたのは狭間先生のみだった。
「次に能力の使用について説明します。能力を他人への攻撃に使用することは法律で禁止されています。其れは此処でも同じですが、教師の許可と立ち会いを条件に闘技場での能力による攻撃を許可できます。
教師の許可が無かったり闘技場意外の場所による攻撃があった場合、ペナルティが課せられるので気を付けて下さい。
最後に委員会の説明をしたいと思います。この学校には12の委員会があります。」
狭間先生は黒板に次々と委員会を書いていった。
生徒会、部活統制連合会(部統会)、風紀委員会、クラス委員会、体育祭実行委員会(体実委員)、音楽祭実行委員会(音実委員)、文化祭実行委員会(文実委員)、保健委員会、生活委員会、清掃委員会、図書委員会、福祉委員会。
「生徒会、部統会、風紀委員会は他の委員会とは違い学校生活において大きな権力を持ちます。それ故に、生徒会、部統会、風紀委員会が欲しい人材を見つけて勧誘する方法を採っているので、誰もが自由に所属することは出来ません。
何度も言いますが、此処は実力主義の世界です。生徒会、部統会、風紀委員会に入りたいならば其れだけの実力を示して下さい。
他の委員会は各クラス男女1名ずつ所属することになっています。
今日は時間が無いのでクラス委員だけ決めてしまい、残りは明日のHRで決めて下さい。」
狭間先生は委員会の説明を終えると、教卓の隣にある椅子に着いて我関せずとばかりに読書し始めた。後は生徒の自主性に任せるという事だろう。
暫くの沈黙が続いた後、先程先生に質問した女子生徒――水池が手を挙げた。
「私、クラス委員に立候補したいんだけどいいかな?」
他の女子生徒に向けて水池が言ったが、誰も立候補する気無いようだ。
「じゃあ、改めまして私は水池霧葉です。これからよろしくね。」
水池は丁寧に御辞儀をしてニコッと笑った。
その笑顔に対して幾人かの男子生徒が顔を赤らめて、だらしない表情をしている。因みに、錬もその1人だ。水池が可愛いのは認めるが、もう少し隠すことは出来ないのだろうか。
光は男子ってちょろいなと改めて認識した。
「男子で誰かクラス委員を立候補してくれる人はいない?」
水池が教卓の前まで出てきて全員に聞こえる声で訊いてきた。
その質問に対して先程だらしない表情を曝け出した男子共が素早く手を挙げる。特に錬は誰よりも速く手を挙げていた。
女子や勉は男子の必死さに若干引いている。『キッモ』とか『此れだから男子は……』という呟きが聞こえるが、それ以外の男子には良い迷惑だ。
光はバックからフョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』を取り出して読み始めた。だって、こんな煩悩塗れな連中と一緒にされたくないし。
狭間先生も苦笑いをしている。
結局、じゃんけんで決めることとなり教室の後ろに7人くらいの男子が集まった。
じゃんけんの結果、男子のクラス委員は錬に決まった。
錬はこれでもかという程喜んでいる。とても五月蠅い。光の読書を邪魔する程に。
「錬、嬉しいのは分かるけど少し燥ぎすぎじゃないかな?周りの事考えている?他のクラスにも迷惑だよ。そんなことも分からないのにクラス委員を務められると思ってるの?」
「光の言う通りだ。本来、クラス委員はクラスをまとめる事でクラス全体の責任を常に背負わないといけないんだぞ。そんな様子じゃ、責任なんて負わせられないな。」
「は、はい……済みませんでした……」
光の目が笑っていない笑みと2人のマシンガンのような言葉の刃に錬は謝ることしか出来なかった。
「え、えっと……俺は金田錬です。よ、よろしくお願いします。」
クラス委員が決まった所で狭間先生が読書を辞めて椅子から立った。
「はい、それでは水池さん席に戻って良いですよ。」
水池は狭間先生に一礼をして自分の席に戻っていく。こういう所が水池がこまめで礼儀良い性格であることが分かる。錬とは大違いだ。
「皆さん、お疲れ様でした。今日のHRはこれで終了です。
明日は朝8:45に教室にいるようにして下さい。
あ、最後にもう1つ。明日の放課後から部活見学が始まります。部活に所属したいという生徒は何処を見学するか考えておいて下さい。
それでは、また明日。」
そう言って狭間先生は教室を出て行った。
to be continued……