4
我が国は北方に崖を構え、東方に王妃の生家であるグウィード国、西方に不可侵領域とされる未開の森、南方には平原が続いている。
以前通っていた騎士団で聞いたことがある。
未開の森には魔物が出るのだとか。
たまに森から降りてくる魔物を退治するのも騎士団の役目らしいが、本当にたまにしか出ないらしくその姿を見たものも多くはないらしい。
しかし、実在するのは確かなようで子供用の本では必ずと言っていいほど魔物が登場する。
城下では魔物は悪い子供がいると捕らえて食べてしまうのだと聞き分けのない子供に言う風習があるようだ。
南方の平原は城の最上階の窓からでもずっと先まで続いているように見えるほど広いのだが、その更に先へ進むと魔法に秀でた国があるという。
そこまで行くのには馬車で片道四日はかかるらしい。
現在まで交流がなかったのは、我が国が剣を主流としていて、かつ魔法自体を嫌厭している者が多いからだ。
その筆頭とも言えるのが王である、らしい。
だからこそ、私の婚約を受けたのだろうと思う。
ないものとして扱われていたのは分かっていたが、自身が嫌いな国へ嫁がせるほどの感情を抱かれていたことには驚いた。
カノンから渡された書物によると彼の国は原初の魔法使いが築いたのが始まりとのことで、王家は現在もその血筋が継いでいる。
そしてその証が体のどこかにある、らしい。
ただ王家はそれを知られることを嫌っているのかそれより詳細なことは知られていない。
この点については禁句にしておいた方が無難だろう。
妖精王子という呼び名についても、相手の様子を見て口にするか決めなくては。
偏見かもしれないけれど魔法使いは色々と秘匿する印象がある。
実際書物で調べられる事柄も曖昧だったり、無難なものばかりだった。
機会を設けて幾度かあちらの国にも伺えるか聞いてみよう。
それにしても、我が国へ政略を持ち込んだのはどう言った意図からだろうか?
剣を重んじ魔法を嫌う我が国と同じように、魔法を好むものは剣のみに固執する国を嫌いそうなものなのに。
相手は王族であり11歳ともなれば、相応の教育を受けているはずだし、直接相手から意図を探れるだろうか?
思うところは数あれど、やはり実際に会ってみないことには何も分からないだろうと頭を切り替えた。
謁見の間へと行けば久し振りに王と王妃が揃ってそこにいた。
特に目を合わせることなく仕草でのみ挨拶をして用意されていた席へと座れば、それほど間を空けずに大きな扉から来客を告げられる。
王が許可をすれば頑強な扉が重々しい音をたてながら開かれていく。
相手が王族である以上、入室の際にジロジロ見るのは失礼に当たるだろうと視線を足元に置いたまま、しばし待つ。
扉が閉まり、静寂が訪れると王が高らかに相手を歓迎する言葉をかけた。
「此度は遠路より、ようこそおいで下さった。楽にしてくれ。」
それと同時にそっと視線を上向ける。
「…まあ」
一瞬、自分が声を出してしまったのかと焦った。
けれど、どうやらそれは王妃からだったようで王と他国の使者だと思われる男性が会話する傍らで感銘の吐息をついているのがかすかに聞こえた。
使者から少し距離を置いた後ろには護衛だと思われる武装した三人に守られるようにして佇んだ一人の少年。
おそらく、彼だと思うのだけれど。
なるほど。
「妖精王子」
相手に聞こえないように小さく囁く。
清らかな清流のように輝く銀の髪、陽に照らされたような鮮やかな翠玉の目。
肌は私よりも白いと思う。
背中に蝶のような羽が生えてても違和感がなさそう。
ぴったりね、と一人納得しているとその囁きが聞こえたのではと勘違いしてしまいそうな、見計らったように王子と目があった。
反射的に微笑み、切り抜けようとしたのだけれど王子は真顔で只管こちらを見つめるのみ。
愛想笑いの一つもない。
政略結婚だから期待なんて全くしてはいなかったけれど…何を考えているのか全然分からない美少年に見つめらるのは体が痒くなる。
「ヴィクトリア」
王から諌めるような声音で名を呼ばれる。
名を呼ばれたのなんて初めてじゃないかしら?
「お初にお目にかかります。私は、」
パキッー
「メイヴス王国の第一子、」
ピシッパキッー
「第一王女のヴィクトリア・メイヴスと申し」
バキンッー
「っ?!」
目の前が白く弾けた。
ご一読頂きありがとうございました。
これ以降のんびり投稿予定です。
宜しくお願いします。