9話 mirror
「…お、新しい書き込み」
小神の経営するサイトでは美優に関する情報収集のための掲示板を置いていた。
『その人なんですが私が通っていた中学校の同級生にそっくりです。
今はどこに通っているかはわかりませんが…
卒業アルバムの写真をスキャンして送信しましょうか』
「ふむふむ、これは興味深い情報。」
小神が返信を終えたその瞬間、目の前の景色が一瞬だけ歪む。
だがその後は何事もなかったのようにパソコンに打ち込む。
「この世界は歪んでいる…とはよく言ったもんだ。…あー、しかし…」
小神は部屋の隅にある高く詰まれた箱を見て唖然とする。その箱にはアンテナを備えた黒いロボットや狙撃用の銃を持ったロボットが書かれており、また年季の入っているためかところどころに焼けが目立つ。
「スクラッチも数多く積むと面倒臭く感じるなぁ…。消化しなきゃ」
捜査課の一室、パソコンのデータベースの前では調べ物をするエイジの姿があった。
遡る事数時間前、エイジは美優と共にボーっとしながら喫茶店にいた。
「……」
「フゥ… やれやれ…」
「疲れてますか?」
ちなみに事後ではない。念の為。
「あぁ。いい加減お前が何者かも調べないいとやなぁ…」
エイジが美優と会って約3ヶ月。さまざまな事件を解決しているが美優の正体は依然不明のまま。
しばらく静寂に包まれた喫茶店の雰囲気に溶け込む2人だったが時間と共に美優の様子は変わっていった。下を向き、それ以上に無口となる。
「…どないした」
「…私は…私の本当の名前は…リ、ン…?」
「リン? 記憶が戻りつつあるんか!?」
「…ウッ、頭が…」
美優は頭痛を発したようで頭を抱える。
エイジはそんな美優をなだめる様に頭をなでる。
「お前も大変なんやな、美優… …せや、データベースや!」
「え…?」
「お前が警察に保護された日の前後の情報を見ればえぇんや!」
「……」
「んじゃ美優、ちょっと失礼させてもらう! なるたけ戻れりゃ戻るで!」
「はい、がんばってください」
「…5月12日。これか」
検視の結果、連続殺人犯の首班は一人であることが判明。名は風見 恋。
死因は頭に包丁を刺した事による大量出血。これは自殺によるものなのか、何者かが殺害したものかは不明。
連続殺人は両親の殺害から始まる。彼女の元クラスメイトの話によると首班は日ごろから両親から成績が振るわないという理由の為、虐待を受けていたと言う。だがその両親は彼女の妹に当たる人物を溺愛していたために首班は怒りを募らせていたものと思われる。このことに関して親族はコメントを残さず、また後日改めて捜査に伺った際には失踪し、行方は知れていない。
どのようにして現場周辺の人物に目撃されずに犯行を行ったのかは明らかになっていない。
また、最初にその妹を殺害しなかった理由も不明のままである。
なお、その時同じ部屋にいた少女は首班を殺害、または自殺した首班の妹である可能性が持たれたが彼女はショックによる為かすべての記憶を失ってしまっている為に詳細は不明。その少女は精神治療の為に精神科病棟に搬送された。
──5月12日付け 検視書コピーより
「…そうか、だから捜索願いが出されてなかった…」
エイジはさらにデータベースを読み進める。
「その少女が美優やとするなら… ん?」
──脳波に以上は無し。
人を殺害、または自殺を目の当たりにした際のショックは現在は安定している。
それでも記憶が戻らないというのは安定した精神でも未だ異常な部分が残る故なのだろうかと推測。
少女の正体については制服から奈須科高等学校の生徒ではないかと推測できる
──5月30日付け 少女のカルテコピーより
「奈須科高校…はてどこかで聞き覚えが…。まぁええか。」
影月に声をかけられるまでエイジは周りにいた順番待ちに気づかずデータベースに没頭していた。
「…ここか」
バスを乗り継ぎ、エイジと影月が来たのは警察署から少し離れた位置の薊市のマンションだった。その部屋の表札には「風見」と表札がついている。
「…先輩、どうする気ですか? 空き家なんかに来て」
「…わからへん。」
「あのデータベースは正しいと思いますよ。それに検察所に頼んだところ、ちゃんと検視書を確認しましたし…」
「…わかってる。…自分でも何で来たかわからへん。でもあぁいうのにも案外嘘は書いてあるもんや。親族失踪も嘘やもしれんし…」
「あの」
声の主はどこかの制服を着た女子だった。エイジに限らず影月も何処の高校かはわからない。
「何かうちに御用ですか?」
唖然とした。顔を上げて見てみるとそこには美優の面影を残すというよりは同じ顔の少女だった。
「…何でもないです。」
「…気にせんといてください」
「…はぁ」
少女はその部屋の住民なのか部屋の中に姿を消した。
2人は数秒ほど唖然としていたがエイジの携帯により、我に帰る。
「はい?」
「あ、もしもし、ドナ○ドです」
「…警察にド○ルド詐欺たぁ日本の警察も舐められたモンやな」
「先輩、意味がわかりません…」
「…俺です、小神です」
「んでどないした?」
「美優に関して結構有力なネタが入りましたよ。隣町の『風見恋』と住所不明ですが『風見凛』って人にそっくりなんだそうです。今日、写真を送ってもらうので確認を」
「いや、もうえぇわ」
「はぁ?」
「今確認した。恐らく同一人物や。」
「でも先輩… それでもまだ具体的にわかってないことが…」
「…今日は疲れてもうた。暫くの間休ませて貰うわ」
「…そうですか。部署には俺から言っておきます。『暫く真崎さんは休みます』と」
「頼む」
エイジは携帯の電源を切るとため息を吐く。
「今一度頭ン中整理する必要があるかもな。」
「ですね…。」
──美優の正体とこの連続殺人事件は恐らく関係している。
データベースである程度のことはわかった。
…あとは美優が記憶を取り戻してくれれば…。
それにあのマンションの少女は… あれだけはわからへんな…。
…なんや疲れてもうたな…。どうしてここまで真剣になってんねやろ、俺
ふと気がつくとエイジがいたのは美優のいる病院だった。中庭では患者の子供達が仲良く遊び、その木の下には美優がいる。
「真崎さん」
「よう」
「どうしたんですか?」
「…いろいろと疲れてもうた。ここは静かでえぇなぁ。俺もこのでっかい病院で療養したいわ…」
「…昨日話をした女性にいい事を聞きました」
美優は正座しなおし、自分の腿の部分を叩く
エイジは頭に「?」を浮かべる。
「ここに頭を乗せてください。そうすれば大抵の男性の人は落ち込んでも立ち直れるそうです」
「ま、まぁせやかもしれへんが…」
美優は真剣な真顔でエイジを見る。
「どうぞ」
エイジは美優の腿を枕にして暫く寝ていた。
(て、照れる…)
「…そういえば」
「ん」
「小神君の学校で文化祭が開かれるそうです。…行きます?」
「…気晴らしにはなる、かな…。文化祭なんて大学終わってから縁がなかったしなぁ…」
エイジは笑みを漏らす。それにつられて美優も笑う。
「美優、俺、最近あまり寝れんねや。ちょっと寝かしてもろてもえぇか?」
「…はい」
子供達が騒ぎ、外来患者達の世間話が聞こえる中唯一の木の下だけは静かな時が流れていた。