0話 prologue
40℃をも超える茹だる暑さの続いたそれまでとは打って変わり、肌寒さを感じられるようになっていた10月某日。
日の沈みも早くなり、街灯や建物から漏れる光、車のヘッドランプなどがない限り辺りは余程目を凝らさない限り見えないというほど暗くなっていた。
周りに古本屋やゲームセンターなどが並ぶその中心には警察署があり、その玄関には脇に少し厚手のコートを抱え、シャツにズボンという学生のような格好をした少年が立っていた。
「やぁ小神君、こんな時間までご苦労だね」
大卒であろう警官は少年に声をかけた。
この少年は高校生であるが何かの事件を起こし、警察の世話になっていたという訳ではない。
「えぇ、なんとか解決したからいいですが… こんな時間じゃ家帰っても勉強だけで今日が終わりそうですよ。」
小神はそういうと苦笑をもらした。
「でもこれでまたしばらくは羽が伸ばせるんじゃないか?」
「えぇ。ミュー次第ですけどね」
小神はさまざまな事件を皮切りに知り合った刑事である真崎エイジより美優と同じく刑事相当という位を持っていた。この日も傷害事件をようやく解決し、帰路に着くところだった。
「じゃ、文化祭も近いんだろ? 頑張れよー」
「はーい、失礼しますー」
小神はそう言うと自転車に乗り、家に向かうために漕ぎ出す。
「夢放〜つ遠き宇宙に〜君の春は散〜った〜♪」
泣けることで話題のアニメのオープニングを口ずさみながら小神は家に向かっていた。
いつもの通り慣れた道。空は真っ暗とはいえ見慣れた光景が彼の目に広がっていた。
縁のないパチンコ屋、趣味であるガチャガチャをたまに見に行って無駄足になることのあるサティ。
最近になって小さな事件ばかり目に付くようになっているが何の変哲もない普通の街。
──事件があれば楽しいとは思うがこういうのを解決するというのは大変なんだなぁ。
刑事相当になり、小神の学んだことだった。
小神は高校に入ってから大学に進むため、眠っていた頭をフル稼働させて勉強に打ち込んだ。
前期のテストでは中の上という結果だったが猛勉強の成果もあってか後期の中間テストではトップクラスの成績を収めた。
だが勉強をしていく毎に「この世の中がつまらない」と次第に思うようになっていた。
時事ネタ研究のために新聞を読んだりニュースを見るが汚職などが蔓延るこの世の中に希望なんて物は無い。興味のある芸人に関する面白いニュースなども無い。
だが彼の学校の近所で起こった事件を皮切りにその考えは一蹴された。
その事件を担当していた刑事とともにいた少女はどう見ても小神とあまり年齢の変わらない不思議な感じの少女だった。
その少女は彼にとってにわかに信じられない能力の持ち主だった。
なんと霊が見えるというのだ。最初はその少女を半信半疑の思いで見ていた。
だが霊感を用いた捜査はその日に限らずどういうわけか彼の周辺で起こる奇怪な事件を見事に解決していた。
そのつど捜査協力を行っていた小神はいつの間にか刑事相当という職業を得ていた。
「戦〜い続〜ける、孤独〜なま〜でに一人〜♪」
道中のゲームセンターから出てきた小神はさらに自転車を漕ぎ、家に向かう。
本来ならばこのまま家に帰り、一日を終える筈だった。
青信号を渡り、さらに奥の道に入ればそこに彼の家はある。
「…ぇ、このつまらない世を壊したいと思わない?」
「え…?」
渡る途中に脳の中に響く声。彼の中の時間が一瞬止まった。
だが周りの時間は普通どおり過ぎていく。その間に信号は変わり、交差点から走る車は横断歩道にいる何者かの存在に気づき、急ブレーキをかける。
「あ…」
だがブレーキは間に合わない。
その3秒後、その歩道の前にはフロントのへこんだ乗用車、フレームの曲がった自転車。
そして──他人から見ればあまり損傷の無さそうに見える仰向けに倒れる少年の姿があった。