表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラストガーディアン  作者: ターンタイプ
7/9

黒騎士

「竜が出た?」


港町イサカの町長であるマシュマー・ザーヴィックの突然の訪問とその理由に、シャナ・リュミエールは些か困惑していた。

「クジラやサーペントが打ち上げられたのでは無く?それともコーベンからの船がその竜に襲われたのかしら?」

「いえ、竜が出たというのは海ではなく陸でして・・・ピール峠を越えて3リーグほど行った場所に現れたと、マウトン村からやってきた者たちがそう申しておるのです。」


港を抱えるイサカでは、クラーケンや竜を見たという話が枚挙にいとまがない。だがそれは船乗りが、酒場で場を盛り上げるために話す与太話の類であり、陸の人間がしらふで話すようなものではなかったのである。


「それでこの騒ぎなのですか・・・」

 館に面する広場が、いつになく人で溢れかえっているのを見てシャナは呟く。


「町長様は私に、その竜の討伐の為に兵を出して欲しいと?」

「いえいえ、姫様違うのです、この話を聞きつけた黒騎士や腕に自信のある街の者達が、自分たちに討伐させろと庁舎に来て騒いでおるのです。つきましては彼らに、竜の討伐と街の外での徒党を組んで移動する許可を頂けないものかと、お願いに参った次第なのです」


 黒騎士と呼ばれる傭兵を生業とする者達は、武器を扱う性格上盗賊等の犯罪を行いやすい為、商人の護衛など正当な理由無く、街の外で三人以上の徒党を組むことを禁じられていたのであった。


「その程度の事なら私の名において許可を出す事は出来ますが、彼らに竜を倒すことが出来るのですか?物語に出てくる竜は、英雄か特別な武器で無ければ倒すことが出来ないと伝えられていますが、彼らにそのような物があるように見えないのですが」

「それは判りかねます、ただ鉄腕ゲックが指揮を執るそうなので、竜を倒すことが出来なくても、彼らが街の外で問題を起こすようなことはないでしょう。」

「ホント、お祭りが好きなんですね。」

 そう言ってもう一度シャナは広場に目を遣る。広場の中央で大声を上げているひと際存在感のある初老の大男が、鉄腕ゲックと呼ばれる者なのだろう。広場のあちこちに露店や大道芸人も現れ、熱気に当てられたのか殴り合いの喧嘩まで始まっていた。

「しばらく戦争も無かったですからな。竜を倒したとなるとその名声に箔も付くことでしょうから、奴らが熱くなるのは仕方がない事かと」


「私もその竜退治に同行しましょう。町長様、ゲックの所まで案内していただけませんか?」


「えっ!?」

「いけません!姫様!!」

 町長だけでなく、部屋の入り口に佇立していた若い従者も驚きの声を上げる。


「いいえ、こうなった以上、私も行かざるをえないのです。」

 シャナは窓辺に立ち広場を見下ろす。

「な、なぜなのです?」

「もし竜がピール峠の向こうに、居なかったらどうなりますか?」

シャナに指摘され町長は、はっとした顔になる。

「そ、その場合は・・・」

「そう、彼らの興奮は怒りへと変わるでしょう。竜がいると告げたマウトン村の人々に対して・・・あれだけの人数になれば、ゲック一人で到底抑えることは出来ないでしょう。村人に死人を出さない為にも、私は一緒に行かねばならないのです。」

「それならば我々が竜を討伐すると言って、彼らを解散させることは出来ませんか?」

「アル、今度はその怒りの矛先が我々に・・・王家に向かうことになります。彼らが得るはずであったモノを掠め獲ったとして…私の評判が落ちれば王宮にいる兄様に迷惑をかけることになります。幸いマウトン村までなら馬であれば一日で往復できますから日の出と共に動き出せば、その日の内に十分帰りつけるでしょう、準備をお願いします。」

「わかりましたが・・・姫様、もし本当に竜がいた場合どうなさるのですか?」


従者のその言葉に姫と町長は、お互い顔を見合わせる他しかなかった。




「まさか姫様も一緒に行くとはなぁ」

海に面した酒場は、燈された松明の煙に燻される中、街のならず者や黒騎士で溢れかえっていた。

「戦うのは俺たちにやらせて、お宝だけ掠め獲るんじゃねーのか?」

「それは無いんじゃないか。町長立ち合いでゲックの旦那と姫様が証文作ってたぞ、竜のお宝は全部俺たちが好きにしていいっていう奴を」

「信じられるかよ、貴族の奴らは都合が悪くなると難癖つけてすぐ約束を反故にしやがる。まあその時はあの綺麗な姫様が嫁に行けなくだけさ、これだけの人数相手だと確実にぶっ壊れるだろうからな」

「ちげえねぇ」

 男たちが下卑た会話をする中、十四、五ぐらいの愛嬌のある少女が酒と料理を運んでくる。

「みんな大口叩いてるけど、ダンナ達に竜を倒せるのかい?100パッススはあるっていう化け物なんだろ?」

「何でも話によると丘の中腹で蹲ったまま動かねーんだ、それなら陸にあがった鯨と同じだ、仕留めるにはわけはねーよ」

「そんなもんかね?でもさダンナ達、もし竜がお宝とやらを持ってなかったらどうするのさ?」

「金銀財宝が無くったって大丈夫だ、薬の材料の竜血や竜涎香なんかは同じ重さの金と取引されるぐらいだし、鯨だってバラせば一財産になるんだ 無駄にはならねーさ、それに金にならなければマウトン村を襲えばいいんだよ、奴ら樟脳や肉桂でたんまり稼いでいるそうだからな」

「ダンナ達って本当に悪人だねぇ」

 多分に酒が入って気が大きくなっているのだろうと思い、給仕は肩をすくめる。


「ようリヴィア、仕事前の景気づけに一回やらしてくれねーか?今なら銀貨1枚出すぜ」

 隣のテーブルでエールを飲んでいた馴染みの黒騎士が、店の奥に戻ろうとする彼女の腕を掴んで引き留める。

「んー 私は別にいいんだけどさ、今日は三人お客を取ってるから、こんな中でもいいなら搾り取ってあげるよ。」

 そういうと給仕はスカートを捲り上げ、まだ毛も生え揃っていない局部を露にする。そこからは男の精が流れてきているのが見て取れた。

「うへぇ、洗ってないのかよ」

「洗っても時間が経ったら奥に入ったヤツが中から垂れてくるのさ、それが嫌なら今ここで口でしてあげようか?お代は半額でいいよ」

「やめとくわ、竜退治の前だからな。験は担いでおきたい」


 吟遊詩人にも謳われる英雄ゲーヘルトは竜を退治した時、その返り血を浴びてどんな武器をも通さない不死身の体となった。しかし皮の下履きを付けていた為にそこだけは血が付かず、股間だけ不死とならなかった。竜の宝を得、王となったゲーヘルトは敵国との戦争の末、その国の姫を虜にした。姫を凌辱し一物を口に含ませた時、唯一の弱点であるそれを噛み切られて死ぬこととなったのである。その逸話を黒騎士は思い出し、断ったのであった。


「吟遊詩人のにーちゃん、あんたも一緒に行くんだろ?」

 酒場の店主がカウンター席に座ってリュートを奏でている男に訊ねる。

「もちろんだとも、美しい姫君の為に竜と戦う黒騎士、これほど胸躍らせる題材は無いからな。あいつらの戦いをしっかり見届けて、謳い上げてやるよ。」

「あんなならず者達と、姫様が釣り合うわけないと思うけどなー」

 空になった皿やジョッキを持ってきた給仕が口を挟む。

「まあそう言うなって。いつもは固いあいつ等の財布の紐がこれだけ緩んだんだ、お前もたんまり稼いだんだろ?これで竜を倒しでもしてくれれば、ウチも当分潤うってもんよ、次の料理持って行ってくれ」

「げぇ、こんなのが続くと体壊しちゃうよ」

 夜が深まっても衰えることのない酒場の喧騒を見て、うんざりした顔で給仕は呟いた。




「こんなに少なかったかしら?」

 広場に集まった者はざっと見る限り、昨日気勢を上げていた人数の三分の一にも満たない、それを馬上から見てシャナは隣の大男に訊ねる。

「何分、時間にだらしない奴らが多いですからな、しばらく待ちますか?」

「このまま出発しましょう、その方が都合がいいですから。ゲック様、指示をお願いします。それとアル、門の衛兵に我々が出発した後、許可なく出て行こうとする武器を帯びた者は、決して外に出すなと伝えてください」

「ほぉ」

 シャナの言葉にゲックは目を細める。

「美しいだけかと思っておりましたが、見誤っていたようですな。失礼ながら私も同意見です。」

 そう言ってゲックは踵を返し黒騎士たちに宣言する。


「これよりここにいる我々だけで竜退治に向かう、出発!」


 まだ強くない初夏の暁光を浴びながら、意外なほど整然と目的の場所へと彼らは歩み始めた。






※1パッスス≒1.5メートル  1リーグ≒4.8キロメートル


読んで下さってありがとうございます。遅筆なので更新が滞り気味になるかと思いますが、今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ