不死身の兵士
これはまだ鎧を纏い、剣で戦をしていた時代の話。
薔薇の旗を持つ軍団には、不死身の兵士が存在した。
不死身の兵士は姫を守る為に、矢の盾に、振り降ろされる剣の盾になった。
そんな折、13回目の姫の護衛を成功させた時、不死身の兵士は姫の部屋へと呼ばれた。
「この名も無き兵士に姫様直々に何の御用でしょうか?」
そう言って跪く不死身の兵士は、先程投擲によって被弾したらしい後頭部から生々しい血を滴らせていた。普通の者なら死んでいる…………。
「お前は本当に不死身なのだな」
姫は、強く気高い美しい姫であった。自ら戦場へ出向き自ら戦いもする。姫という立場からすると危ぶまれる様な振る舞いではあるが、それが兵を、民を惹き付けている要因でもあった。
だから、不死身の兵士もそれなりに兵や民から姫を守る盾として感謝されてはいるのだ。
「はい。私の取り柄は不死身のこの身体のみ。それを活かして生きるのが私の精一杯です」
「あまり卑下するなよ。顔を上げて話せ」
「は。」
「お前には礼をせねばなるまいな。私はお前に何度も命を救われたよ」
姫の言葉を聞くと、不死身の兵士は何か言いたげに口をもごもごとさせた。
「ん? 何か言いたい事があるのか?」
「姫様は私を盾にする戦い方をしているだけであって、別に命を救われてはいませんよね?」
「そんな事はない10回に1度くらいは命拾いしたさ。他は?」
「姫様は、不死身になりたいのですか?」
今度は姫が不死身の兵士の言葉を聞いて、口篭る……事はしなかった。
「そんな訳はないだろ。礼をするのもお前から不死身の秘密を聞き出そうという企みがあるから、という訳ではないぞ」
「それは良かった。不死身なんていいものじゃありませんから」
「しかし、どうして不死身になったのかは気になるが?」
「………………」
「不死身になりたい訳ではない」
そう姫が答えると、やれやれといった様子で不死身の兵士は渋々口を開いた。
「昔、魔女に呪われたのです」
「不死身の身体になれ、と?」
「いいえ、本当に叶えたい願いが叶わない。というものです」
「それは…………」
「私は本当は死にたいのです」
そして不死身の兵士は姫に語った。
「人間の欲望には果てがない。それに生きている限り必ず悲しみ、怒り、負の感情を味わう事になる。ならばいっそ、死んでしまえばそこで終わりです。私はそれが欲しかった」
姫に、不死身の兵士へ返せる言葉は無かった。
だが、姫はその時一つ果たしたい願いを心に宿した。
時は巡り、20回目の姫の命を守った時…………姫はその場に力無く倒れ込んだ。傷は無い。敵の何かしらの攻撃を受けた訳ではなく……今、姫の命を奪おうとしているのは不治の病であった。
「姫様!」
逸早く駆け寄った不死身の兵士は、倒れた姫をゆっくりと抱き起こした。
「お前の…………」
姫は血を吐きながら言葉を絞り出した。
「……願いは……変わらなかったの、だな…………」
不死身の兵士の姫を守る為に負った、胸を斜めに大きく切り裂く傷を姫の白い手がなぞる。
「この傷も、明日には……消えているのだろう?」
「姫様……直ぐに味方がやって来ますよ」
「……お前は……私に惚れていると、思ったよ。けど、違ったな……お前はこうして…………不死身のままだ」
「お前を、殺してやれると思ったのに……」と、姫の声は消え入っていたが不死身の兵士にはしっかりと聞こえていた。
「私が貴方に惚れれば、貴方が欲しいと願うと思いましたか……」
目を閉じた姫に不死身の兵士の声はまだ聞こえているのだろうか。
「違いますよ。貴方を手に入れたとしてもいつかは貴方を失う悲しみや、どこかで嫉妬もする事になるでしょう……それならいっそ、私はやはり死んでしまった方が良いと思うのです」
不死身の兵士は、姫に秘密を話したあの時には既に姫に惚れていたのだった。
その後……不死身の兵士は姫の居た地から離れ、行方不明となり……。
彼がまだ不死身でいるのかどうか、誰もそれを知らない。
終