落ちた少女の行方
「――であるからして」
退屈な授業中。教師の声をBGMに、窓の外の風景を呆けながら眺めていた。
昼ご飯を食べてすぐの授業だったため、ほど良い満腹感と眠気。
時より出る欠伸を噛み殺し、早く休み時間にならないかと考えていた。
そんな中、それは起こった――。
「っ!?」
突如として窓枠上部から逆さに落ちて行く少女。あまりにも非現実的な光景に、ゆっくりと流れる視界。
重なり合う視線の先、落ちて行く少女の顔は何故か微笑んでいた……。それと同時に、僕に向かい何かを呟いていた様にも感じる。
時間にして恐らく一秒にも満たないだろう。だか、はっきりと見えた少女の微笑み、呟き動く唇。……少女は下に向かい消えて行った。
(じ、自殺!?)
教室内を見渡すも、この様子に気付いている者は誰もいない。皆一様に、黒板や教師の言葉に集中していた。
(マ、マジかよ)
慌てた僕は、授業中なのも気にせず窓を開け地面を覗き込む。
(え……誰も居ない)
下には誰も、何もなく、ただコンクリートの地面が広がっているだけだった。
見落としてはいないかと、もう一度辺りを見渡すもやはり誰も居ない。
(そんな……確かに落ちて行ったはずなのに、見間違い? 寝惚けていた?)
(……いや、あれは現実だ。何故かは分からないが、そう確信できる)
「こら、稲荷! 何やってるんだ、授業中だぞ!」
「あっ、す、すいません」
教師に怒鳴られ我にかえり、すぐに窓から自分の席へと戻る。
「急に窓なんか開けてどうしたんだ? ん?」
「い、いや、何でもないです」
「何だ、気分でも悪いのか? 大丈夫か?」
「あ、いえ。本当に何でもないんです、大丈夫です」
「すいません……」
「ふぅ……まぁいい。授業に集中しろよ、稲荷」
「はい。すいませんでした」
「あー、続きいくぞ〜。え〜と、どこまでやったか……」
そう言い、教師は頭をポリポリと人差し指で掻き授業へと戻っていく。
(ふぅ……言えるわけがないよな、人が落ちたなんて。証拠もないし)
(しかし、あれは何だったんだ? 落ちた事は間違いないはず……でも下には誰も居なかった)
結局、その後も授業をそっちのけで落ちて行った少女の事を考え込んでいたら、いつの間にか授業は終わりに近づいていた。
「よし、じゃあ少し早いがキリもいいし終わりにするか。日直〜」
「起立――礼」
「一応チャイムが鳴るまでは教室を出るなよ〜」
そう言い残し、教室を後にする教師。その途端、徐々に騒がしくなる教室。
いつもの光景。本来ならば僕もその騒ぎに交じっている所だが、今は他に気になる事がありそれ所ではない。
終業のチャイムを待ち、僕は校舎の外へと向う事にした。
「ここだな」
あの少女が落ちたであろう場所に着き、上を見上げる。
(この高さ……本当に落ちたのならば最低でも骨折はしていたはず。僕が居た教室は三階。だから四階以上、最悪屋上から落ちたという事だろう?)
視線を下に移し辺りを見渡すも、少女どころか手掛かりになりそうな物すら見つからない。
(落ちてから直ぐに移動をした? いや、不可能だ。命があったとしても動けるはずがない)
(頭から落ちたんだぞ? やはり寝惚けていたのか僕は? ……いや、寝惚けてなどいない、あれは現実だ。だけど)
謎が深まるばかりか、ヒントすらないこの状況。行き止まりだった。
(そろそろチャイムが鳴る頃か。教室に戻ろう)
納得はいかなかったが手掛かりすらない状況、僕は教室に戻るためその場を後にした。
教室に戻り席に着いた直後、授業開始のチャイムが鳴り響き教師が入ってくる。
「はい、席に着け。始めるぞー」
「起立――礼。着席」
「じゃあ、前回の続きから……」
そう言いながら、教科書をめくる教師。
「教科書109ページだな。うん、前回のおさらいも少しやっておくか」
授業がはじまり黒板へと向かう教師。それを見てノートをとる準備をする生徒達。だが、僕は心ここにあらずだった。
あの少女は一体何だったのか。その謎ばかりを考えていた。
(……微笑んでいた。これから死に逝くであろう自分に安らぎを感じていたのか? 何を呟いていた? あれは独り言だったのか? 僕に向けた呟きに感じたが)
(分からない。何処に消えたのか。…………。綺麗な長い黒髪、ウチの学校の制服。恐らく同じ学年ではないだろう。今までに見た覚えのない顔だった。全員を覚えているわけではないが、あの顔だ。一度見たら忘れないだろう。可愛かった。それこそ学校のアイドルだと持て囃されるぐらいに)
窓の外を眺め、ただ、ひたすらに少女の落ちたその後を想像し、授業は聞き流していた。
「おい、聞いてるか? 稲荷」
「! あ、はい。聞いてます」
「ほぅ、器用な奴だな。外を眺めながらお前は授業を聞くのか」
「え? えと、……すみません」
「ちゃんと聞け~、俺の授業はつまらんかもしれんがな?」
「い、いいえ! そ、そんな事はないです。本当に……」
「ふふ、次はないぞ。気を付けろ」
「は、はい」
先程の時間同様、またもや教師に注意をされ軽く周りに笑いが起きた。
少し恥ずかしさもあり、俯く僕。
(いい加減ちゃんと授業を受けないとマズいな。教師に目を付けられたくはないし)
一旦、少女の事は可能な限り忘れ、授業を聞く事に専念をする。しかしそれでも気になりはし、授業を聞いているフリをする事しか出来なかった。 そして、授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「起立――礼」
「はい、お疲れ〜」
本日最後の授業が終わり、和やかな空気が教室を満たす。
(終わった。……帰る前にもう一度だけ、あの場所に行ってみよう)
やはり少女の事が気になる僕はHRが終わると同時に、少女が落ちたであろうあの場所に戻る事にした。
(…………)
だが結果は同じ。何があるわけでもなく、少女も居ない。居るのは帰宅する生徒達のみ。楽しそうに談笑しながら歩いている。
(……帰ろう)
揺れ動く心の中、僕は自宅へと続く道程を歩いた。