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序章

 三月のある日曜日、春休みが目前に迫っているある日、俺は学校に来ていた。

 廊下に響くのは俺の足音だけ。日曜の夕方の学校には俺以外の人は見当たらない。探せばどこかに事務の人が一人、二人いるのだろうが、探さないといけないのではいないのと同じ様なものだ。

 普段賑やかな場所が静かなのはなんだか不思議な気分になる。

 気分を紛らわすよう歩きながら意味もなくポケットの携帯へ手を伸ばす。時刻は五時を迎えようとしている。

 携帯を弄りながら階段を上り、踊り場へと差し掛かった。俺の学校では踊り場ごとに大きな窓が設置されていて、最近はこの時間になるとそこから夕日が射しこんでくる。射しこむ夕日は勝手に何もかもを自分の色に、赤に染め上げる。

 カツンカツンと階段を一人で上っていく。目的地である三階にたどり着いた。

 俺は教室に明日提出の大切なプリントを忘れてきてしまった。わざわざ休日に学校など来たくなかったのだが、これを出せないと春休みに学校へ行かなくてはならない。

 そんな馬鹿臭いことはごめんだ。

 歩きながら三階の廊下に連なる窓の外を眺める。ここからは校庭を一望することが出来る。今日は一段と夕日が赤い。俺も校舎も校庭の木々も紅蓮に燃やしていく。紅い景色を眺めていたら、訳もなく焦燥感に駆られ、夕焼けから目を背けて足早に自分のクラスに向かった。

 俺のクラスである一の六は廊下の一番奥だ。

 扉に手を掛け、控え目に開ける。別に誰もいないので大きな音が出てもいいはずなのだが、知らずそうしていて……教室へ入った瞬間にその行動が予期しなかったにせよとても良い事だったと悟った。

 ドアを開けた向こう、教室の中には少女が佇んでいた。

 開けられた窓、夕日で真っ赤な教室、ゆっくりと波打つカーテン。それだけでもなんと絵になる事か。しかし俺から言わせてもらえばそんな物は脇役にすぎない。彼女の魅力を引き立てるだけの舞台装置であるだけだ。

 そよ風で揺れる長い黒髪が夕日を反射させ眩しく光る。制服を着ているからこの学校の生徒だとは思うが、俺のクラスでは見た事がない。そもそもクラスメイトにこんな子がいるのなら知らないわけがない。

 そんな美しい彼女は何故かひどく幻想的だ。

 場の雰囲気がそうしているのではなく、触れば崩れてしまうような、ふとした拍子に消えてしまいそうな、そんな危うさを彼女自身から発している。

「な、なあ、君って俺と同じクラスじゃないよな?」 

 何も出来ずにただ眺めていた俺は、明りに惹きつけられる虫の様につい話しかけていた。

 ――失敗した。俺の声はここでは不純物にすぎなかった。仮に話すにしてももっとましな事があったろうに……。

「私が見えるの? 今の状態で」

 数秒の沈黙の後彼女は答えてくれた。凛とした綺麗な声。それは俺の時とは違いこの空間に綺麗に溶け込んでいくようだ。

 答えてくれたことに安堵しつつ返事をする。

 彼女の言葉の意味を十分に理解して返事をする。

「ああ、俺には〈視える〉よ」

 そう答えた瞬間彼女の息をのむ音が聞こえた気がした。

 傍から聞けば実に意味不明なやり取りだ。

しかし俺はこのやり取りで彼女の正体が――――何故彼女から危うげな雰囲気がしたのかも分かってしまった。

「あなたの名前、何と言うの?」

 本当に綺麗な声だ。声を聞くだけで緊張して胸が高鳴っている。

「俺は菱ヶ江昌司ひきがえまさしだ。君は?」

「私は芦葉九重あしばこのえよ」

答え終わると彼女――芦葉さんはこちらへ振り返った。

 息が、心臓が止まるかと思った。それほどまで綺麗な顔立ちをしている。先までの後姿なんて比じゃない。大きな目やすっと通った鼻など文句のつけようがない。

 お互い相手の顔を見つめ続ける。そのまま時間だけが流れていく。

……気まずい。何か言わなくちゃと思い、考えもなしに口を開いた。

「寒くないのか?」

何言っているんだ、俺は! そういう空気じゃないだろ……。

ほら、キョトンとした顔してる。とりあえず誤魔化すべきではないだろうか、頑張れ俺!!

「風邪引かないの?」

 もう駄目だ俺は。

「そうね、風邪はひかないわ。ここで暮らし始めてからずいぶ――クシュン!」

 芦葉さんの話は可愛らしい小さなくしゃみで中断された。芦葉さんは恥ずかしそうに顔を伏せる。

 俺的には今のは非常に萌えるものだったのだがそんな事は置いといて、実に、真に、心の底から不本意だが置いとくとして今聞き捨てならない事を言わなかったか? ここで暮らしているとか何とか。

……これは手を差し伸べるべきではないか?

 …………そうだよ、差し出すべき! 困っている人は放っとけないじゃん。やましい気持ちとかまったくないんだからね!

「なんなら、俺の、い、家にこ、来ないか?」

気持ちの悪い感じに噛む俺。うわー恥ずかしい。

「あ、あれだから。変なこと考えてるわけじゃなくてだな、いくら学校といってもこんな所に女の子一人ってのはどうかと思って」

「そ、そうね……」

 あまりにも意外な申し出だったのだろう。芦葉さんは驚きの表情も隠さず、口ごもる。 

 返答を待つ。長い、スゲー帰りたい。あ、悩んでる顔も可愛いな。美人はどんな顔も良いってことか。

 じゃあ、と長かった沈黙を切り裂いて

「お言葉に甘えさせてもらうわ。あなたには興味があるし」

 彼女は頬笑みながらそう答えた。

最後の言葉といい、仕草といい思わずドキッとした。顔が赤くなってる、絶対。

恥ずかしさのあまり、窓へと視線を思はず逸らしてしまった。

 咄嗟に目をやった窓の外は夕日はもう沈みそうだった……。

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