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恋姫無双ー曹魏刎頸伝ー  作者: yua
プロローグ
1/7

開幕昔話

名士に会う。

それはつまり、将来を定める事に他ならない。

名士との繋がりが職を決め、便宜を図り、出世の足掛かりとなる。現代日本でいうコネやパイプという隠語を『絶対的』なまでに価値を高めたのが、後漢末期の名士との交流に当てはまる。

曹操孟徳は洛陽での任官活動たる名士と会う事に飽いていた。

『徳』と呼ばれる形の無い、それでいて変幻自在、千変万化に意味を変えていく『儒教』思想に惑溺した名士は口では御大層な事を言いつつ行動は伴わない理想論者が多いからだ。

非情なまでに現実主義者(リアリスト)理論家(セオリスト)行動家(アクティヴィスト)な曹操にとって、『徳』を唯一絶対の価値観とする儒教者『もどき』との会話は苦痛にしかならなかった。

儒教は単体で見れば、なるほど素晴らしい思想ではあるが現実的な行動に移すのは凄まじく困難であり、一部の才質と気概を併せ持つ硬骨の士以外は実行不可能なほどに理想的過ぎるのである。

つまりは、人それぞれに妥協し、理想のハードルを下げ、歪ませて身の丈に合わせた思想に堕してしまうのだ。

非情なまでに現実主義者で、詩的なまでに理想論者な曹操にとってその歪みは我慢ならない部分であった。

と言ってもその歪み自体を嫌う訳ではなく、その歪みを美辞麗句で覆い隠そうとする『都合のいい解釈』が嫌いなのだ。

言い訳は成長を伴わない。

間違いを認め、歪みを訂正し、『今』を更により良い『先に』繋げる行動や思想こそが曹操の愛する本質であった。

名士との交流で神経薄弱(ノイローゼ)気味な曹操に気の毒に思ったのか、彼女の祖父は曹操にある人物に会う事を薦めた。

それは曹操に単なる気晴らしや気分転換を促すもので、言うなれば喜劇でも見て憂さ晴らしして来なさい、と孫に薦めた程度の話であった。

だが、噛み合うはずの歯車はわずかにズレて動き始める。それは偶然か必然か、幸運か不幸か。

今はただ見守ろう、この『お話』の行く末を。



曹操孟徳。

金色の髪を左右で巻いた縦ロールにし、ドクロの意匠をした髪止めで飾る下に整った碧眼の美貌を持つ美少女である。

顔形だけならば小さい背丈と相まって可憐な、という形容詞がつくが、大きな碧眼の瞳に他者を圧倒する強い輝きがあり、洗練された所作の中には武術をたしなむ者特有の無駄の無い鋭い一瞬を見る事が出来る。 可憐な美少女には、不釣り合いともいえる一種の近寄りがたい威厳を備える彼女は宦官、つまりは男性器を切除して大陸を統治する帝に(はべ)る祖父を持つが故と言えば納得出来る面がある。

宦官は帝の近くに侍り、帝の手足となり、帝の意思 や決定に直接的に関わる事が出来る反面、人として の機能を失ってまで他者に媚びへつらう者としてさ げすさまれる立場にもある。宦官の多勢が帝に近いその立場から絶大な権力、賄賂や横領などによる莫大な財産を得やすく、嫉妬の対象になり易い面があるため曹操もまたそういった視線にさらされて育った。

本来ならば愛らしくたゆたうように開かれただろう 大きな瞳はつり上がり、柔らかく弧を描いただろう唇は真一文字に引き結ばれた顔は愛らしさより気迫を、可憐さより凛々しさを与えていた。

そんな彼女が見上げる門扉にはデカデカと 「司馬」

と書かれた『表札』が吊り下げられていた。曹操が祖父に薦められて訪れた、洛陽の外れにある そこそこの大きさを誇る屋敷。

一昔前に色々な意味で中央に旋風を巻き起こした夫婦と一粒種の息子が住む過去の隆盛と現在の衰退を思わせる少し煤けた屋敷である。 今は夫婦は遠くに旅に出ており、息子とわずかな奉公人が慎ましく暮らしているという。

曹操は祖父を尊敬しているし、信頼もしているが

「たまには『名士』だけでなく、変わった『奇士』 を見るのも悪くはなかろ?」

という言葉には少々不満があった。

自分には為したい事があり、それに費やす時間は有限で短く少ない。

人は老いやすく学は成りがたい。

それは常人とは隔絶した才質を持つ曹操ですら、常に肌に感じるところであり歯痒い部分でもあった。

それでも、訪問の伺いから何から何まで段取りしてくれた祖父に対する義理から曹操は煤けた門扉に手をかけるのだった。


彩りの無い庭だな、と曹操は中に案内されながら評価する。彼女の祖父が持つ庭園は見事なもので、それと較べてしまうのは仕方ないだろう。

だが、その人物を見た瞬間その評価は間違っていたと彼女は思い直す事となる。

「あちらにおられますのが、ご子息の朋来(ほうらい)様であります」

年輩(ねんぱい)の奉公人が示した先には岩だらけの灰色の庭園の一角(いっかく)。一際大きい平らな岩に胡座(あぐら)をかいて座り、その横に長い(こん)を置いた少年が一人、何処か遠くを見て顎を撫でていた。

一瞬、曹操の目には少年が一幅の画の中に居るような錯覚に(とら)われた。

東やも池も無い岩だらけの灰色の庭園。

極彩の自然の美しさを真っ向から否定する荒れ果てたとも見えるそこに、ただただ静逼(せいひつ)にただただ『自然』にそこに在る少年は一瞬後には居なくなってしまう儚さと、それ故の凄絶なまでの生の一瞬の輝きが内包された『美』があった。

後に『詫びさび』という概念を他ならぬ少年から聞きこの時の胸に沸き上がった、一瞬後には全てが失われる不安、それ故にその一瞬を惜しみ目に心に焼き付けたくなる不可思議な感情を納得する曹操。

だが、少年はこの時は一瞬後に消え去る事も無く奉公人のかけた声に軽く手を上げて

「やあ、いらっしゃい」

と涼やかに笑うのだった。

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