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†物語のカケラ† 満月の向こう側

作者: 奏 かたる

それは、偶然がくれた思い出。いつまでも色褪せることなく、心の宝箱に詰め込んだ、キラキラ輝く眩しい宝物。何より大切な…

 その時は、彼の名前すら知らなかった。

 どんな人物か知ったのは、彼がいなくなってから。



 † † † † †



 彼がやって来たのは、満月が綺麗だった次の日。

 あまり詳しいことは話さなかったけど、歳は自称25歳だそうだ。

だとすれば、実年齢より五歳以上は若く見える。陽に焼けた赤茶色の髪を、頭の後ろで犬の尻尾の様に束ねている。頭の上にかけられた年代物のゴーグルは防砂用。最近では見かけない、縁の広いアンティークタイプ。この手のデザインが流行ったのはまだ砂漠が統一される以前だからーーー五十年前以上昔。そう考えると、彼の祖父母のお下がりかしら。

 出で立ちにはこれといって不可解な点はないこの人は、休日の早朝にうちの雑貨屋へふらりと現われた。背中にはさほど大きくもない、使い込まれた感じの革袋を一つ背負って。旅人なんてもの、珍しくもないし、ちょっと困っていそな感じがしたから、こっちから声をかけてやったの。


「お兄さん、宿屋でも探してるの?」


 あたしの視線に気付いた彼は、人懐っこい笑顔でこう言った。


「アタラクシアの王都って、ラクシスだよね?」


 彼の第一声。

 忘れもしない。

 アタラクシアが統一された五十年前、王都はリバリーフに遷都された。今や旧都ラクシスは、衰退の一途をたどる。常識的に考えれば、王都はリバリーフ。そこに王様がいて、政の中心地であることは、今時、文字の読み書きが出来るようになったばかりの子供だって知っている。時代錯誤もいいところよ。


「…バカにしてんの? 王都はリバリーフ。五十年前にラクシスから遷都されたの。学校で教わらなかった?」


 そんな当たり前なこと、13歳のあたしだって知ってる。

名君ハシナクタ王が、光の聖女様が下された神の信託に従い、叔父でもある臣レオナルドと共に、リバリーフに新都を築きあげたのは、そんなに古い歴史でもない。歴史の生き証人として、骨董屋のおじいちゃんがその革命戦争に参加してた。おじいちゃんは年齢不詳のご長寿で、現在でも散歩をかかさず、自前の歯でご飯を食べる。

 あ、話がずれた…


「えーと、じゃあアレだ。今、何年?」


 またおかしなことを聞いてくる…。あたしはカウンターに置かれているたくさんの新聞のうちから一つを摘み出し、彼に開いてみせた。


「…うわー…、すると、60年も通り過ぎちゃったの、オレ?」


 は?

 通り過ぎる?

 何言ってるの? この人。何か、困ってるみたいだけど、顔、笑ってるし。


「60年後ってことは、オレは生きてないな…確実に死んでる。もしかしたらその後二回くらい死んで、また何かに生まれ変わってるかも…」


 だめだ…この人、完全にイッちゃってるみたい。


「どうするの? その新聞、買うの? 買わないの? ってゆーか、そこまでクシャクシャにされると売り物になんないのよね…買い取ってくれるんでしょ?」


 するとこの人ってば、


「ごめん…今、持ち合わせが無いんだ…」


 って、大人のくせに…しかも男のくせに、あたしの胸がキュンてしちゃうくらい可愛く笑ったの。バッカじゃない? あんた、捨てられた子犬?! あたしみたいな子供に、甘えてみてどーすんの! 大人としての自覚は無いの? それとも確信犯?!


「それからさ〜」


 無銭なことを棚に上げて、また何か言いだす気だわ。


「ラクシスって、ドコにあるの?」


 あたしは下に向かって指をさし、怒りに任せて床を踏みしめた。



 † † † † †



「ねえキミ、何で怒ってるの?」

「知らない!」

 あたしはなぜか、この人と一緒にスコップを持って、廃墟の一角を掘っていた。彼曰く、『ずーっと昔に、ここに住んでいた』らしい。絶対ウソ。だってここは、旧王都ラクシスの王宮跡だもの。

「ちっちゃかった頃にさぁ、宝物埋めたんだよねー。今掘り出せば凄いお宝だぞ、きっとー」

 なーんて、のんきなこと言ってる。あたしは嫌々この人に着いて来てるの。いわば見張りね。新聞と朝食(なぜか食べさせてしまった)の代金をきっちり払ってもらわないとね。

「なぁ、黄金で出来た花瓶とかって、いくらくらいで売れるかなぁ…二世紀くらい前の代物なんだけどさぁ」

 はぁ? あたしは自分の耳を疑った。

「王宮の調度品や宝物は、全部新都のリバリーフに運んだのよ? 今更掘り返したところで、そんなもの出てくる訳ないじゃない!」

 イライラしていたあたしは無意識に怒鳴り返した。

「いや、ほら、これ…」

 そう言う彼の土にまみれた手には、小振りの土の塊が下げられていて、ちょって土を払い除けると太陽の日差しに照り返され、キラキラと光り出した。


「こりゃあ本物の金だ。間違いない」

「ウソー!!」

 あたしも骨董屋の鑑定士のおじいちゃんも、興奮気味に驚いている。土を掘ってイモが出てくることならいくらでもあるけど、金が出てくるなんて…今のあたし、きっと鼻の穴広がってると思う。

「これで代金はチャラになる?」

「なるなる! おつりの方が断然多いくらいよ!」

「よかったなー。うん、オレも助かったよー」

 でも、残念なことに、ここでは金を換金出来ないらしく、あたしは少し困っていた。

「え? いいよ。あげるよそれ。オレ必要ないし」

「何よその台詞! 偽善者? 何が目的なの!?」

 一瞬、きょとんとした顔をして、彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いやぁ…目的ってゆうかその…」

 あたしは無言で彼の言葉を待った。


「次の満月が来るまでの間、このへんに留まんなきゃいけないのよ。だからほんのちょっとだけお金融通してくれない? なんて、思っちゃったりする…」


 何かもう、うんざり…でも何でだろ…ちょっと嬉しい…



 † † † † †



 自分でも知らないうちに、いつの間にかこの人と仲良くなっていた。近所の人はそんなあたし達を見て『年の離れた仲のいい兄妹』って言うの。あたしは一人っ子だけど、お兄ちゃんがいるならこんな人でもいいかな…って思うけど。不満は無いんだけど…

「『きょうだい』…ねぇ…」

 何でか分からないけど、ちょっとだけがっかりした気分…

「きょうだいがどうかしたん?」

「え…。うん。ねぇ、家族とってかいるの?」

「うち? あー…内乱とかいろいろあって、オヤジとオフクロは死んだ。生きてるのは弟と、四つ年上の叔父さんだけだな。他は仲間がたくさんいたなー」

「今は太平の世だよ。内乱なんて物騒なこと言わないでよ」

「あそっか…この世界には戦争なんてないんだったよな」

 不思議なことを言う。『この世界』って…まるでもう一つ別の世界があるみたいな言い方して…。それに、統一戦争以来五十年。国に争いごとなんて起きてない。

「…今晩は満月だね」

「うん。さよならだね、少女!」

 この人は相変わらず、最初から最後まであたしのことを『少女』と呼んでいる。自己紹介すらしていない。あたしも自分の名前は好きじゃないけど…だけどこの際そんなことどうでもいい!

「さよならって、どーゆーこと?!」

「あれ、言ってなかったっけ? 満月の夜にしか『オボロ』は現われないんだ」

 何で…

「何でそんな大事なこと、教えてくれなかったの!?」

「言っても言わなくても、どっちにしろオレは帰るんだし…」

 あたし、こんなに親身にしてあげたのに…

「それに、もともとこっちの世界の人とは親しくなりたくなかった。拾った子犬だって里親に渡す時、ちょっと寂しいだろ?」

 それじゃあ…あなたにとってあたしは、子犬と同じって意味?

 互いの心の温度差に、あたしは落胆した。仲良くなれたと思っていたのはあたしだけだったのだ。

「今までありがとうな」

 あたしには、彼の最後の笑顔を正面から受けとめることが出来きず、いたたまれなくなりその場を駆け出した。

 彼が何か言い掛けた声が聞こえたけど、それも耳をきる風の音にかき消された。

 もういい。



 † † † † †



 次の日、なぜだかあたしの足は彼のいた空き地に向かっていた。

 どこから拾ってきたのか分からないボロテントは片付けられ、焚き火のスス跡だけが物寂しく残されている。

 そこにはもう、彼の姿はない。

 温かい涙が頬を伝い流れた。何で涙が出るの?

 あんなやつ、何とも思ってないのに! いなくなってせいせいしたわよ!


「『オボロ』が出たんだよ」


 老人の声が聞こえた。あたしは涙を袖で拭って後ろを振り返ると、骨董屋のおじいちゃんがいた。

「『オボロ』?」

 あたしが聞き返すと、おじいちゃんはゆっくり頷いて語ってくれた。

 それは、遠くて近い昔話。

「『オボロ』はな、満月の晩に現われる『時空の穴』なんだよ。どういう形をしているのか…形なんて無いのかは分からないが、『オボロ』に飲み込まれた者は、自分のいた世界とは違う場所に飛ばされるんだ。ある者は過去へ。ある者は未来へ。いつのどの場所に辿り着くかは分からない」

「あ…」


『今、何年?』

『うわー、60年も通り過ぎちゃったの、オレ?』


 あの時不自然に思えた彼の言葉が、パズルを組み立てる様にあたしの疑問の隙間を埋めてゆく。

「じゃあ、おじいちゃん。あの人は…」

 あたしがおじいちゃんの顔を見ると、おじいちゃんは懐かしそうに空を仰ぎ見ていた。

「わしはな…あのお方を知っていたんだ。いや、つい昨日、あの方に『オボロ』の出る場所を聞かれた時に思い出したんだ。もう『オボロ』の存在を知っている者は、このあたりではわしぐらいしかおらんしな」

 あたしも『オボロ』は小さい頃からずっとお伽話だと思っていた。親の言うこと聞かない悪い子は、『オボロ』に連れていかれちゃうぞ。っていう子供だまし。

「アタラクシアが統一される以前に、歴代の王に列せられなかった、歴史の表舞台から静かに退いた王様がいた。わしが少年だった頃、あの方のいた派閥に加わっていたんだよ。おまえさんも知っているだろう? 囚われていた名君を、光の聖女様や賢臣達が助けだした革命を…御名を、ナラーク・ウィア・アタラクシア様とおっしゃる」

 あたしはやっと気付いた。彼はあたしを避けていたんじゃない。本当は、あたしに関わることで、彼にとって知ってはいけない未来のことを知ってしまうことを恐れていたんだ…この世界を知ることで、自分が未来を変えてしまうかもしれないということを…なのに…

「だったら何であたしに、あんなに優しくしてくれたのよ」

 関わりたくないのならば、いっそのこと、あたしなんて避けてくれればよかったのに!

 何で?

「それはきっと、あのお方も心のどこかでは寂しかったんだろう。おまえさんと同じでな…」

「…あたしと?」

「あぁ、あのお方が来られてから、おまえさんが明るくなったって、おまえさんとこの親御さんが言っとった」

 あたしが? 明るくなった? いつもと同じよ?

「それとな。もうここにはいないんだが、誰かが言っとった。『あの子は怒った顔も可愛いけど、笑顔が一番可愛いんだ。あの子の笑顔で元気になれる』ってな…」

 バカ野郎! そんなの、いなくなってから聞かされたって、ちっとも嬉しくなんかない!

「ねぇ、おじいちゃん」

「何だい?」

 あたしは思い切り鼻水を啜り上げ、

「あいつ、ちゃんと帰れたかなぁ…」

 おじいちゃんは優しくあたしの頭を撫でると、こう言った。

「どうかの…ただ、一番逢いたい人のことを強く想うと、その人のところに辿り着けると聞いている…」


 彼が、誰を思い描いて再び旅立ったのかは分からない。だけど、もしもあたしの前に『オボロ』が現われたのなら、あたしはもう一度彼に逢ってみたいと思う。

 そして今度は、ちゃんとお互いに自己紹介しよう。



 きっとこれが、あたしの初恋。




 ― END ―

短篇読了、お疲れさまでした!奏もお疲れです。携帯でカチャカチャ頑張りました!あまりにもデータが重いらしく、二度ばかり携帯画面がフリーズしました。いやはや…短篇、お話を短くまとめるって大変ですね。この話のネタは、仲間数人で企画してたゲームの世界観及び、一部登場人物を使用しています。企画倒れだったので、その一端が日の目を見られてとっても満足してます。出来はいまいちですが…。いかがでしたでしょうか(ビクビク)。感想お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] :::藤原様::: お礼が大変遅くなってしまって申し訳ありません! 作者の奏かたるです。 この度は評価&感想ありがとうございますv 現在、物書きとしてスランプ中なので、とても励みになりました…
[一言] とてもいい話でした。
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