おやすみからおはようまで
その日も僕は帰ってきた。
部活もあったせいだろう。
時刻は既に18時を回っていた。
「おかえりなさい」
母の声が聞こえた。
「ただいま」
僕が声を返すと母の声が笑う。
「ごはん。もう出来てるからね」
「うん。分かった」
「電子レンジであっためて食べて」
「うん」
用意されたご飯を僕は母に言われた通りに温めて食べた。
美味しい。
そう思ったから素直に告げた。
「褒めても何も出ないわよ」
母の声は嬉しげだ。
だから僕は小さな感謝を必ず告げる。
いつ言えなくなるか分からないから。
「食器洗うの? お母さんがやるよ?」
「いいよ。これくらい」
「そ。ならお風呂沸かしちゃうから洗い終わったら入りなさい」
僕は母に言われた通りに動く。
動き続ける。
「じゃ、お母さんは先に寝ちゃうからね。あんたもお風呂入ったら寝なさいな」
「うん」
「わざわざおやすみまで言いに来なくていいからね」
「……うん」
僕は今日も母に従う。
だから、僕はお風呂に入ったあとも母へおやすみを言いに行かない。
部屋だって覗いたりしない。
だけど、代わりに線香をあげる。
去年、死んだ母のために。
「おやすみなさい。お母さん」
*
翌日。
何事もなかったかのように母の声が聞こえた。
「おはよう。早く起きなさい。遅刻するわよ」
「うん。おはよう」
今日も母の姿は見えない。
そして、見てはいけないのだろう。




