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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
第2部-焔牙騎士滅亡
24/28

対戦-2.肉薄する死、あるいは猛虎の誘い

俺が放った魔導閃光玉が炸裂し、白銀の光がティルの視界を完全に焼き切る。それと同時に展開された超硬度鋼糸が、奴の太い腕、そして丸太のような脚を絡め取った。

鋼の糸が肉に食い込み、音を立てる。


(――勝機!)


ティルの巨躯が、一瞬だけ、完全に静止した。

その刹那の空白こそが、俺が待ち望んでいた「終焉」の入口だ。


俺は爆発的な踏み込みで地面を蹴り、弾丸そのものと化してティルの懐へと潜り込む。視界の隅で、リリオとフォコが息を呑むのが見えた。


「終焉・一ノ太刀!」


『白狼剣』の先端が、月光を反射して冷たく輝く。一点の迷いもなく、ティルの心臓を貫く最短の軌道を描く。かつて数多の王族や独裁者を地獄へ送った、必殺の突き。

俺の叫びが、夜の森にこだました。


「そこだ――ティル!!」


だが。

刃がティルの胸に届く直前、俺は見てしまった。

光に目を焼かれ、糸に縛られ、絶体絶命のはずの男が、その口角を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべたのを。


「……へっ、待ってたぜ。この時をよ」


地響きのような低い声。

ティルは回避を選ばなかった。それどころか、あえて鋼糸を無理やり引き千切り、自身の肉体を裂かせ、鮮血を撒き散らしながら「自由」を強引に確保したのだ。

さらに、俺の『白狼剣』の軌道に対し、心臓をわずかに逸らし、左肩でその一撃を受けるという狂気の選択を。


ドシュッ!


白銀の刃がティルの肩を深く貫通し、背後まで突き抜ける。

だが、奴は痛みを感じていないかのように、俺の腕を左肩の筋肉で「締め付け」、固定した。

俺の剣が引き抜けない。


大太刀を捨て、空いた奴の右拳に、火山が爆発するような紅蓮の焔が宿る。


「懐に入り込みゃあ、お前の速さは関係ねえ……。刺し違えてでも、その面、殴り飛ばしてやる!!」


(しまっ――!)


至近距離。回避不能の間合い。

ティルの『破壊』が、俺の鼻先まで迫っていた。


「オォォォォラァッ!!」


ティルの右拳が空気を爆ぜさせる。俺は刺さった剣をあえて放し、全身のバネを逆方向に弾かせた。

紙一重。

ティルの拳が俺の髪を数本焼き切り、その風圧だけで後ろの社の壁が粉々に粉砕された。


(この距離で打ち合うのは自殺行為だ……!)


バックステップで距離を取りながらも、俺は攻撃の手を緩めない。

空中で身を翻すと同時に、袖口に仕込んでいた無数の「黒曜石の飛刀」を射出した。

これはただの投擲ではない。超神速で移動する俺の慣性を全て乗せ、さらに魔力による加速を加えた、防弾障壁すら紙のように貫通する超高速の礫だ。


「――無駄だッ!」


ティルは飛来する数十の飛刀を、あるものは素手で叩き落とし、あるものは鋼のような胸筋で弾き飛ばしながら、突進を止めない。肩に俺の『白狼剣』を突き立てたまま、血を流しながら猛進してくるその姿は、まさに地獄から戻った魔神そのものだった。


「逃がさねえぞ、便利屋ぁ! まだ遊びは終わってねえ!」


「遊びにしては、ずいぶんと血が出ているようだがな!」


俺たちは、互いの生命力を極限まで燃やし、夜の闇を塗り替えていく。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------

……その頃。

街の孤児院と、特別執行官の屋敷。

アイリス姉さんもルンさんも、まだ温かいベッドの中で眠りに就いている。

彼女たちはまだ知らない。

自分たちの「可愛いペット」たちが、今この瞬間、山を一つ更地にする勢いで殺し合いを演じていることを。


だが、山から吹き下ろす夜風が、不自然な「熱」と「鉄の匂い」を街へと運んでいた。

時計の針が、午前二時を指す。

お仕置きの主役たちが目を覚ますまで、残された時間は、もう長くはない。


----------------------------------------------------------------------------------------------------


「ハハッ! さすがは444人リストの筆頭だ。チワワの餌を食ってりゃ反射神経も鈍るかと思ったが……むしろ研ぎ澄まされてやがる!」


ティルの巨体が岩盤を砕きながら迫る。奴が踏み出す一歩ごとに、俺の退路となっていた地面が物理的に崩壊し、逃げ場が削り取られていく。

奴の右拳が空を切るたび、その風圧だけで俺の頬に切り傷が走った。


「お前もな、ティル! その巨体でよく俺の速度に反応できるものだ! 散歩中にルンさんのバッグの中で揺られていたおかげで、三半規管でも鍛えられたか!」


「抜かせッ!」


二人の視線が空中で激突し、火花が散る。極限の緊張感。

思考を止めることは、そのまま死を意味する。俺は時速400kmという極限の世界にいながら、奴の筋肉のわずかな弛緩、瞳の動き、そして次に放たれる「破壊」のベクトルを読み解き続けていた。

かつての宿敵との、命を懸けた会話。

マンチカンの姿では決して味わえなかった、魂が焦げるような充足感だった。


だが、この「三日間」というリミット。そして何より、アイリス姉さんが目を覚ます時間が近づいている。

遊びはここで終わりだ。


俺はティルの放った一撃を最小限の動きで回避し、空中で身を翻しながら着地と同時に地面へ左手を突いた。


「これで終わりだ……『極夜ポール・ノクターン』!」


俺の影が生き物のように蠢き、ティルの足元から漆黒の氷の棘が爆発的に噴出した。

これは単なる氷の壁ではない。接触した対象の体温と魔力を強制的に奪い、その運動エネルギーそのものを絶対零度で凍結させる、俺が持つ最高位の拘束魔術だ。


「ぬ、ぐ……!? 体が、重い……! 炎が……消え……ッ」


紅蓮の闘気を纏っていたティルの足が、初めてその場に縫い付けられた。

燃え盛る火炎さえも黒い氷の中に閉じ込められ、奴の巨躯が石像のように静止する。

魔力が底を突きかける感覚が全身を襲うが、構わない。俺はこの一瞬の隙に、とどめの呪文を紡ぎ始めた。


(……これで、俺の勝ちだ。人間に戻った証として、お前の喉笛に最後の貫手を叩き込んでやる)


------------------------------------------------------------------------------------------------------


その頃、ふもとの街では、穏やかな朝日が昇り始めていた。

鳥のさえずりと、焼きたてのパンの匂い。そこには暴力の影など一欠片も存在しない。


「あら、ルン。おはようございます。今朝はとても静かだわ。ルウくんを病院へ預けてきたからかしら、少しだけ寂しいけれど」


アイリス姉さんは鼻歌を歌いながら、孤児院のテラスで丁寧にハーブティーを淹れていた。その瞳には、昨夜の山頂での激闘を予感させる影は微塵もない。


「ええ、おはよう、アイリス。私のティルも、フォコに連れられて今頃はしつけ教室の真っ最中でしょう。少しは落ち着きが出て、私のバッグの中で暴れなくなるといいのだけれど」


ルンさんは優雅に新聞を広げ、立ち上る湯気を楽しみながら一口コーヒーを啜る。


「ふふ、戻ってきたら二匹に美味しいおやつを用意しましょうね」

「賛成です。ティルには、少しだけ奮発して高級なジャーキーを買ってあげましょうか」


二人の「最強の飼い主」は、まだ気づいていない。

自分たちが「少しおとなしくなった」と信じているペットたちが、今まさに山一つを更地にする勢いで、伝説の姿を取り戻して本気の殺し合いを演じていることに。


そして、ルウとティル。

勝利を確信した俺と、拘束されたティルがこの数時間後に迎える、「薬の効果が残り少ない絶望」と、「山頂まで捜索にやってくる飼い主の気配」という、人生最大のピンチについては――。


朝日が、山頂で凍結した「猛虎」と「白狼」を照らし出そうとしていた。

次回、飼い主も本格的に動き出す......。

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