対戦-2.肉薄する死、あるいは猛虎の誘い
俺が放った魔導閃光玉が炸裂し、白銀の光がティルの視界を完全に焼き切る。それと同時に展開された超硬度鋼糸が、奴の太い腕、そして丸太のような脚を絡め取った。
鋼の糸が肉に食い込み、音を立てる。
(――勝機!)
ティルの巨躯が、一瞬だけ、完全に静止した。
その刹那の空白こそが、俺が待ち望んでいた「終焉」の入口だ。
俺は爆発的な踏み込みで地面を蹴り、弾丸そのものと化してティルの懐へと潜り込む。視界の隅で、リリオとフォコが息を呑むのが見えた。
「終焉・一ノ太刀!」
『白狼剣』の先端が、月光を反射して冷たく輝く。一点の迷いもなく、ティルの心臓を貫く最短の軌道を描く。かつて数多の王族や独裁者を地獄へ送った、必殺の突き。
俺の叫びが、夜の森にこだました。
「そこだ――ティル!!」
だが。
刃がティルの胸に届く直前、俺は見てしまった。
光に目を焼かれ、糸に縛られ、絶体絶命のはずの男が、その口角を吊り上げ、凶悪な笑みを浮かべたのを。
「……へっ、待ってたぜ。この時をよ」
地響きのような低い声。
ティルは回避を選ばなかった。それどころか、あえて鋼糸を無理やり引き千切り、自身の肉体を裂かせ、鮮血を撒き散らしながら「自由」を強引に確保したのだ。
さらに、俺の『白狼剣』の軌道に対し、心臓をわずかに逸らし、左肩でその一撃を受けるという狂気の選択を。
ドシュッ!
白銀の刃がティルの肩を深く貫通し、背後まで突き抜ける。
だが、奴は痛みを感じていないかのように、俺の腕を左肩の筋肉で「締め付け」、固定した。
俺の剣が引き抜けない。
大太刀を捨て、空いた奴の右拳に、火山が爆発するような紅蓮の焔が宿る。
「懐に入り込みゃあ、お前の速さは関係ねえ……。刺し違えてでも、その面、殴り飛ばしてやる!!」
(しまっ――!)
至近距離。回避不能の間合い。
ティルの『破壊』が、俺の鼻先まで迫っていた。
「オォォォォラァッ!!」
ティルの右拳が空気を爆ぜさせる。俺は刺さった剣をあえて放し、全身のバネを逆方向に弾かせた。
紙一重。
ティルの拳が俺の髪を数本焼き切り、その風圧だけで後ろの社の壁が粉々に粉砕された。
(この距離で打ち合うのは自殺行為だ……!)
バックステップで距離を取りながらも、俺は攻撃の手を緩めない。
空中で身を翻すと同時に、袖口に仕込んでいた無数の「黒曜石の飛刀」を射出した。
これはただの投擲ではない。超神速で移動する俺の慣性を全て乗せ、さらに魔力による加速を加えた、防弾障壁すら紙のように貫通する超高速の礫だ。
「――無駄だッ!」
ティルは飛来する数十の飛刀を、あるものは素手で叩き落とし、あるものは鋼のような胸筋で弾き飛ばしながら、突進を止めない。肩に俺の『白狼剣』を突き立てたまま、血を流しながら猛進してくるその姿は、まさに地獄から戻った魔神そのものだった。
「逃がさねえぞ、便利屋ぁ! まだ遊びは終わってねえ!」
「遊びにしては、ずいぶんと血が出ているようだがな!」
俺たちは、互いの生命力を極限まで燃やし、夜の闇を塗り替えていく。
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……その頃。
街の孤児院と、特別執行官の屋敷。
アイリス姉さんもルンさんも、まだ温かいベッドの中で眠りに就いている。
彼女たちはまだ知らない。
自分たちの「可愛いペット」たちが、今この瞬間、山を一つ更地にする勢いで殺し合いを演じていることを。
だが、山から吹き下ろす夜風が、不自然な「熱」と「鉄の匂い」を街へと運んでいた。
時計の針が、午前二時を指す。
お仕置きの主役たちが目を覚ますまで、残された時間は、もう長くはない。
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「ハハッ! さすがは444人リストの筆頭だ。チワワの餌を食ってりゃ反射神経も鈍るかと思ったが……むしろ研ぎ澄まされてやがる!」
ティルの巨体が岩盤を砕きながら迫る。奴が踏み出す一歩ごとに、俺の退路となっていた地面が物理的に崩壊し、逃げ場が削り取られていく。
奴の右拳が空を切るたび、その風圧だけで俺の頬に切り傷が走った。
「お前もな、ティル! その巨体でよく俺の速度に反応できるものだ! 散歩中にルンさんのバッグの中で揺られていたおかげで、三半規管でも鍛えられたか!」
「抜かせッ!」
二人の視線が空中で激突し、火花が散る。極限の緊張感。
思考を止めることは、そのまま死を意味する。俺は時速400kmという極限の世界にいながら、奴の筋肉のわずかな弛緩、瞳の動き、そして次に放たれる「破壊」のベクトルを読み解き続けていた。
かつての宿敵との、命を懸けた会話。
マンチカンの姿では決して味わえなかった、魂が焦げるような充足感だった。
だが、この「三日間」というリミット。そして何より、アイリス姉さんが目を覚ます時間が近づいている。
遊びはここで終わりだ。
俺はティルの放った一撃を最小限の動きで回避し、空中で身を翻しながら着地と同時に地面へ左手を突いた。
「これで終わりだ……『極夜』!」
俺の影が生き物のように蠢き、ティルの足元から漆黒の氷の棘が爆発的に噴出した。
これは単なる氷の壁ではない。接触した対象の体温と魔力を強制的に奪い、その運動エネルギーそのものを絶対零度で凍結させる、俺が持つ最高位の拘束魔術だ。
「ぬ、ぐ……!? 体が、重い……! 炎が……消え……ッ」
紅蓮の闘気を纏っていたティルの足が、初めてその場に縫い付けられた。
燃え盛る火炎さえも黒い氷の中に閉じ込められ、奴の巨躯が石像のように静止する。
魔力が底を突きかける感覚が全身を襲うが、構わない。俺はこの一瞬の隙に、とどめの呪文を紡ぎ始めた。
(……これで、俺の勝ちだ。人間に戻った証として、お前の喉笛に最後の貫手を叩き込んでやる)
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その頃、ふもとの街では、穏やかな朝日が昇り始めていた。
鳥のさえずりと、焼きたてのパンの匂い。そこには暴力の影など一欠片も存在しない。
「あら、ルン。おはようございます。今朝はとても静かだわ。ルウくんを病院へ預けてきたからかしら、少しだけ寂しいけれど」
アイリス姉さんは鼻歌を歌いながら、孤児院のテラスで丁寧にハーブティーを淹れていた。その瞳には、昨夜の山頂での激闘を予感させる影は微塵もない。
「ええ、おはよう、アイリス。私のティルも、フォコに連れられて今頃はしつけ教室の真っ最中でしょう。少しは落ち着きが出て、私のバッグの中で暴れなくなるといいのだけれど」
ルンさんは優雅に新聞を広げ、立ち上る湯気を楽しみながら一口コーヒーを啜る。
「ふふ、戻ってきたら二匹に美味しいおやつを用意しましょうね」
「賛成です。ティルには、少しだけ奮発して高級なジャーキーを買ってあげましょうか」
二人の「最強の飼い主」は、まだ気づいていない。
自分たちが「少しおとなしくなった」と信じているペットたちが、今まさに山一つを更地にする勢いで、伝説の姿を取り戻して本気の殺し合いを演じていることに。
そして、ルウとティル。
勝利を確信した俺と、拘束されたティルがこの数時間後に迎える、「薬の効果が残り少ない絶望」と、「山頂まで捜索にやってくる飼い主の気配」という、人生最大のピンチについては――。
朝日が、山頂で凍結した「猛虎」と「白狼」を照らし出そうとしていた。
次回、飼い主も本格的に動き出す......。




