亡命-2.山奥の会合
いよいよルウvsティル。バトルスタート。
リリオの柔らかな腕の中から、僕は静かに地面へと降り立った。
向かい側からは、フォコのジャケットの懐から、一匹のチワワが飛び出してくる。
「にゃあ……(来たか、駄犬)」
「キャン!(待たせやがって、短足猫)」
そこには、公園で飼い主たちに愛想を振りまいていたペットの姿は微塵もなかった。
僕の金色の瞳には「最悪の終焉」の冷徹な光が、ティルの潤んだはずの瞳には「轟く赤雷」の凶暴な火花が宿っている。
周囲の森が、二匹の獣が放つ異様な威圧感に、音を失った。
「さあ、始めましょう。我がチームの薬剤師ペセが、アジトの瓦礫から命を削って精製した魔力還元薬……『レザレクション・ゼロ』です」
フォコが震える手で、青白く発光する二つの小瓶を取り出した。
僕とティルは、言葉を交わす必要さえ感じなかった。
同時に、その冷たい液体を喉に流し込む。
直後、山全体が落雷に打たれたかのような衝撃が走った。
「グッ……あ、ああああああ!!」
内側から膨れ上がる圧倒的な魔力。
ミシミシと骨が軋み、細胞の一つ一つが強制的に再構成されていく。短かった足が伸び、毛に覆われていた皮膚が、かつての少年の、あるいは戦士の質感を取り戻していく。
視界が劇的に高くなり、世界がかつての色彩を取り戻していく。
数分後。噴き上がる魔力の霧の中から、二人の「男」が姿を現した。
銀髪を夜風に揺らす、167cmの小柄な青年――ルウ。
そして、その隣で肩を回し、首を鳴らす188cmの巨漢――ティル。
「……戻った。この感覚、この重力だ」
僕は自身の掌を強く握り締めた。指先に伝わる確かな力。
もう、蝶々を追いかけて転ぶこともない。アイリス姉さんの指先に、無防備に喉を鳴らすこともない。
僕は、僕に戻ったのだ。
再誕の余韻を噛みしめるように、僕たちは社の縁側に腰を下ろした。
フォコとリリオは、主君たちの完全復活に涙を流しながら、周囲の警戒に当たっている。
「……なあ、ルウ。おむつを替えてるボーンの顔、見たか? あいつ、あんなに精密に神経を抜く指先で、ウンチの処理をしながらこの世の終わりみたいなツラしてたぜ」
ティルが、野太い声で可笑しそうに笑う。
「ふっ……君こそ。ルンさんのバッグの中から、震えながら顔を出している姿は傑作だったよ。444人リストに『世界一可愛いチワワ』として載せてやりたいくらいだ」
「るせえ。……だが、あの女たちの前じゃ、どうしてか指一本動かせねえ。ありゃあ、魔王よりタチが悪い『何か』だ。正論の重みが、俺の大刀より重いなんて……信じられるか?」
「ああ。彼女たちは、僕たちが切り捨ててきた『日常』の象徴だからな。暴力で支配してきた僕たちにとって、彼女たちの『正しさ』は、毒よりも鋭く魂を刺す」
二人はしばし、この数ヶ月間の屈辱の日々を思い返した。
石を投げられたあの日。首輪を付けられたあの日。
それでも、アイリス姉さんに撫でられた時の、あの奇妙に温かかった感覚。
僕たちは皮肉な笑みを浮かべ、夜空を見上げた。
しかし、感傷に浸る時間はもう終わりだ。
ペセの薬がもたらす「3日間」という限定的な奇跡。
その最初の1分を、僕たちは自分たちの「誇り」を確認するために捧げると決めていた。
「リリオ、フォコ。護衛を頼む。ここからは……男同士の戦いだ。誰にも邪魔させないでくれ」
僕の声から「便利屋」の甘さが消える。一人称は完全に「俺」へと戻っていた。
腰に差した『双極・白狼剣』。その柄の冷たさが、心地よい。
「行くぜ、便利屋! 3ヶ月溜め込んだフラストレーション、全部ぶつけてやる! 俺がチワワだった事実は、お前の血で洗い流してやるぜ!」
ティルの身体から紅蓮の闘気が爆発し、社の周囲の樹木が熱風で一瞬にして枯れ果てた。
背負った大太刀『大虎徹』が、月光を浴びて不敵に光る。
「来い、ティル。今の俺は、猫の時より少しばかり気性が荒いぞ。お前のそのデカい図体、三秒で細切れにしてやる」
――ドォォォォォォン!!
大気が爆ぜた。
最高時速400kmで踏み込む俺の「神速」の刺突。
それを野生の勘だけで迎え撃つ、ティルの「絶対破壊」の一振り。
鋼と鋼が激突し、山全体を揺らすほどの衝撃波が吹き荒れる。
白銀の閃光と紅蓮の猛炎が、真夜中の森を昼間のように照らし出した。
俺たちは、笑っていた。
人間に戻れた喜び。全力をぶつけ合える悦び。
愛玩動物として死ぬことを拒絶した二人の怪物が、今、暗闇の中で再び伝説を刻み始めた。




