滅亡-3.ティルへの罪状
アジトに集うメンバーたちが精神的に解体され、膝をつく中、ルンさんは静かに、しかし絶対的な宣告を告げるために最後の一枚の調書を手に取った。
「最後にリーダー、ティル。あなたの罪は、これら全ての『規律違反』を義賊という美名で正当化し、社会の健全な法的プロセスを無視し続けたことにあります」
ルンさんがパタン、と手に持っていた六法全書を閉じると、アジトの空気が物理的な質量を伴って歪んだ。444人リストの住人でさえ経験したことのない、逃げ場のない「法の重圧」が吹き荒れる。
「ティル、あなたは強すぎます。その無駄な膂力がある限り、あなたは法の言葉を聞こうとしない。力を持つ者が力を拠り所にする……それは文明社会に対する最大の反逆です」
「……ふざけるな! 俺を裁けるのは俺の信念だけだ! 法だと? 書類だと? そんなもんで俺の魂が縛れると思うなよ!」
ティルの咆哮。それはかつて数万の軍勢を戦慄させ、空間を震わせた「轟く赤雷」の真髄。彼は紅蓮の闘気を爆発させ、身の丈を超える大刀『大虎徹』を、ルンさんの脳天目がけて振り下ろそうとした。
――その刹那。
ルンさんの眼鏡の奥、知的な瞳が冷徹な紫の光を放った。
「有罪」
その一言が、言霊となって空間をロックする。ティルの全身の神経は、あたかも惑星一個分の重力に縫い付けられたかのように、指先一つ動かすことを禁じられた。
「判決を言い渡します。あなたはもう、何も壊さなくていい。暴力という野蛮な言語を捨て……これからは震えながら、私の保護に繋がりなさい」
アジトの薄暗い空間を、純白の法の光が埋め尽くした。
「なっ、体が……縮んで……!? お、おい、俺の『大虎徹』が、重す……ぎ……」
ドォォン!!
ティルが誇った伝説の大刀が、持ち主を失って床に激突し、石畳を砕いた。
だが、その刀の隣に立っていたはずの188cmの鋼の巨漢は、どこにもいない。
代わりにそこにいたのは、あまりの事態の急変に、細い足をガタガタと小刻みに震わせ、潤んだ瞳で上目遣いにルンさんを見上げる、白地に赤の斑点模様が入った小さな小さなチワワだった。
「キャン……?(え……?)」
最強の虎は、一瞬にしてハンドバッグに収まるサイズへと「作り替えられた」のだ。その咆哮は高い鳴き声に、絶対的な破壊力は「震える愛嬌」へと反転した。
残りのメンバーも、ルンさんの事務的な手捌きにより、次々と魔力を封じられた。彼らは武器を奪われ、代わりに「市民への謝罪文」と「奉仕活動のスケジュール表」を握らされた。こうして、世界を震撼させた『焔牙騎士』は、一夜にして消滅したのである。
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「――ということだ、ルウ」
回想を終え、孤児院の縁側で日向ぼっこをしていた僕は、喉を「ゴロゴロ」と鳴らしながら、僕を抱くアイリスに擦り寄った。
「にゃあ……(ティルも、今頃どこかで無事に奉仕活動をしてるといいんだけどね)」
かつてのライバルの境遇を思い、僕は少しだけ切ない気持ちで自分の短い前足を見つめた。
あいつは今頃、あの冷徹なルンさんのバッグの中で、「キャン(助けて)」と鳴いているのだろうか。あるいは、そのあまりの可愛らしさに、通りすがりの子供たちに「よしよし」されて、プライドを粉々にされているのだろうか。
同病相憐れむ、とはこのことだ。
街の空気は、驚くほど冷淡だった。
かつて彼らが守ろうとした「民衆」は、彼らの正体を知るや否や、掌を返した。
「あの乱暴な解体屋たちが、揃って役所に頭を下げて回ってるらしいぞ。なんでも、不当な騒音被害の賠償金を払うために、タダ働きしてるんだってさ」
「リーダーのあのデカい男も、冷徹な女役人の『ペット』にされたってよ。赤いリボンを巻いてキャンキャン鳴いてたぜ。ザマあないな」
社会的信用はマイナス。かつての「轟く」異名は、今や「騒々しい迷惑集団」という、最も英雄から遠いレッテルへと書き換えられた。
アイリスとルン。
この二人の「聖母」と「法」の前に、僕たちの築き上げた闇の帝国は、もはや影も形もない。
アイリスが僕の顎の下を優しく撫でる。
僕は幸せな猫のふりをして、心の中で静かに涙を流した。
最強の暗殺者たちの「真の地獄」――それは、世間から笑われ、愛玩動物として愛でられ、そして彼女たちの掌の上で「善き家畜」として生きることを強制される、終わりのない贖罪の日々。




