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最強暗殺者、聖女に詰められ短足猫になる  作者:
プロローグ-白爪誕生
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プロローグ-1.白き狼の残響

プロローグ。まだ彼が殺し屋になる前の物語。このときルウは7歳。

―とある南の大陸の国。視界のすべてが、白かった。

けれど、それは僕が知っている清らかな雪の白じゃない。

鼻を突く焦げ臭い匂い。喉を焼くような熱い空気。空から音もなく舞い降りてくるそれは、さっきまで僕と笑い合っていた隣人たちの家であり、家畜であり、そして――僕の愛した人々そのものの成れの果てだ。この白は灰の白だ。


「……あ……、……っ……」


声が出ない。肺が、灰を吸い込んで拒絶反応を起こしている。

僕は今、冷たくなった父さんと母さんの体の隙間に押し込められ、雪穴の奥底でうずくまっている。二人の体温はもう、驚くほど急速に失われていた。上からのしかかる二人の重みが、僕を生かすための盾であり、同時に僕の幼い心を押し潰す絶望の重りだった。


雪穴の隙間から、外の光景が断片的に見える。

そこには、僕たちが「正義」だと信じていた国の紋章を掲げた騎士たちがいた。

「生存者は一人も残すな」

冷酷な号令。

「領土紛争の火種は、この村ごと灰にする。……それが王の御意志だ」

その言葉に続くのは、断末魔の叫びと、肉を断つ嫌な音。

さっきまで広場で遊んでいた幼馴染が、泣き叫びながら逃げ惑い、銀色の槍に背中から突き殺される。雪の上に、真っ赤な花が咲いたように鮮血が散った。


この国に、救いなどない。

神様なんて、最初からどこにもいやしなかった。

僕の小さな世界を形作っていた温かなスープの味も、母さんの読み聞かせも、父さんの大きな手も、すべては「国家の都合」という名の巨大な足に踏み荒らされる。


僕の心の中で、何かが音を立てて死んだ。

悲しみは一瞬で消え去り、代わりにドロリとした黒い熱――「憎悪」が全身を駆け巡った。

隙間から見える騎士たちの顔、その紋章、その一挙手一投足を、僕は網膜に焼き付ける。

(……殺す。一人残らず、この手で、地獄へ引きずり落としてやる)

絶望が、僕の心臓を凍りつかせた。

すべてが灰に帰した世界で、僕の瞳だけが、復讐の炎で真っ赤に燃えていた。


それから、どれほどの時間が経っただろう。

騎士たちの足音が消え、ただ風の音だけが聞こえる静寂が訪れた。

僕は死んでいた。心は疾うに壊れ、体も凍傷と空腹で限界を迎えていた。雪穴の中で、僕はただの肉塊として、両親の骸の中で朽ち果てるのを待っていた。


もう、いいや。

このまま雪に溶けてしまえば、何も考えなくて済む。

薄れゆく意識の端で、誰かの足音が聞こえた。

騎士が戻ってきたのか? それとも、死神が僕を迎えに来たのか。


「……あら……? 誰か、そこにいるの?」


聞こえてきたのは、鈴を転がしたような、場違いなほど穏やかな少女の声だった。

カサリ、と雪が払われる。

光が差し込み、僕を覆っていた「盾」がどけられた。

眩しさに目を細めると、そこには一人の少女が立っていた。

当時、おそらく十歳くらい。僕より少し年上の彼女――アイリスは、目の前の凄惨な光景にひどく顔を青ざめさせ、震えていた。


「ひどい……なんてこと……」


彼女の瞳から大粒の涙が溢れる。

普通の人なら、これだけの死体を見れば逃げ出すだろう。けれど、彼女は震える膝を必死に抑えて、雪穴の奥にいた僕を見つけ出した。

灰にまみれ、凍えきって、化け物のような目をした僕と視線がぶつかる。


「……大丈夫よ。もう、一人にしないから」


彼女はそう言うと、躊躇わずに僕を抱きしめた。

汚い、血と灰にまみれた僕を。

その手はひどく小さくて、頼りなくて。でも、驚くほど温かかった。

それは僕が人生で初めて触れた、打算も利害もない「本物の善意」だった。


彼女に連れられて辿り着いたのは、古い旅の馬車だった。

そこで彼女は、毎日泥のようなスープを僕に飲ませてくれた。お世辞にも美味しいとは言えなかったけれど、その温もりだけが、凍りついた僕の五臓六腑を少しずつ溶かしていった。

献身的な看病。彼女の柔らかい声。

僕は、彼女という「聖域」を知ってしまった。


けれど、知ってしまったからこそ、僕は確信した。

彼女のような美しい魂を持つ人間を、この腐りきった世界は決して許さない。

彼女がこれからも笑っていられるためには、彼女を汚す全ての「毒」を、誰かが事前に取り除かなければならない。

法が守らないのなら、僕が守る。

国家が滅ぼすというなら、僕がその国家を先に屠る。


彼女の温もりは、僕を救った。

と同時に、僕を決定的に「死神」へと変えた。

彼女を守るためには、僕は、この世で最も恐ろしい「(ケダモノ)」にならなければならないのだ。


数日後、僕の傷が癒え、体が動くようになった夜。

アイリスが安らかな寝息を立てているのを確認し、僕は静かに馬車を降りた。

彼女にさよならを言う資格なんて、僕にはない。僕の行く道は、血と死臭にまみれた泥沼だ。彼女の純白を、僕の黒い憎悪で汚すわけにはいかない。


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