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ルイーズは窓から、雨の降る庭を眺めていた。濃い赤色のカーネーションが雨に濡れ、雫を垂らしている。
あの夜のことがずっと気になっていた。そのことばかりを考えてしまう。
あの声は何だったのだろう。あの場所は、何をするところなのだろう。そしてジュリアンは、何をしていたのだろう。
何日か経ち、当然ジュリアンとも何度か顔を合わせたが、ルイーズは彼の目を見ることが出来なかった。
あらぬ想像を働かせてしまい、そしていつも自己嫌悪に陥る。
ジュリアンは何の取柄も無い自分を拾ってくれた優しい人だ。その彼が、残虐なことをするとは思えない。思いたくない。
……では、何故自分は拾われたのだろうかと、一度結論が出たはずの問いが何度も心に戻ってくるのだった。
吸血鬼の噂。知られたくない部屋。そして、あの悲鳴。そういえばジュリアンは赤いワインをいつも飲んでいる。あれは本当にワインなのか。
ルイーズは顔を両手で擦った。
また失礼なことを考えてしまった。自分は人を信じることを美徳としてきたはずなのに、どうして彼のことを疑うようなことをするのか。
しかし思考を打ち消そうとすればするほど、そのことを考えずにはいられなくなるのだった。
「お嬢様、何か考え事してるでしょう」
ルイーズは刺繍をする手を止めた。恐る恐る、アナベルの方を伺う。いたずらっぽく笑う口から、尖った八重歯が一瞬見えた。
「わ、私は別に……」
「きっと旦那様のことね」
ルイーズの言葉を遮ってアナベルは断定的に言った。顔を覗き込んで、中身を見通すかのように大きな瞳で見つめてくる。
当たっている。アナベルは浮ついているように見えて、かなり鋭いところがあった。
観念して頷いた。アナベルなら信用出来る。話しても大丈夫だと思った。
ルイーズは数日前、「入ってはならない」と言われた貴賓室の向かいの部屋に、ジュリアンと誰かが入って行くのを見た。そして、直後に凄まじい悲鳴が聞こえたという話をした。
「吸血鬼なのかもしれない」という不確かな推測は伏せておいた。
最初は笑顔で聞いていたアナベルだが、少しづつ、その表情をそぎ落としていった。
「なるほど、それは私も気になるわ」
アナベルは腕組みをし、何度も頷いた。かと思うと、急に笑顔になった。
アナベルは、ルイーズが座るベッドの横に腰を沈める。ルイーズの身体が少し浮いた。
「ねえ、二人で確かめに行かない?」
突然の提案にルイーズは慌てた。アナベルは猫のように丸く大きな瞳で、ルイーズを捉えている。
「で、でも、ジュリアン様は絶対あそこに入っちゃ駄目だって……」
不穏な想像が頭を過る。あの時、アナベルに注意した時のジュリアンの厳しい顔は、それまで見たことの無いものだった。それと悲鳴が結びつく。
もしバレれば大変なことになるのでは。
「でも私たちがここで逃げるという選択肢は無いの」
アナベルは人差し指を真上に伸ばした。
「もし旦那様があの場所で良からぬことをしているのなら、私たちが止めてあげないといけない。そうでしょう? あの方が道を違えているのなら、正してあげるべきよ」
冷静に考えれば、一介の使用人と、この屋敷に拾われただけの令嬢が、公爵の秘密を暴く義務などあるはずがない。道を正すなんてもってのほかだ。
「そ、そうなのかな」
「そうよ!」
アナベルは力強く頷いた。
「旦那様は国王陛下の右腕よ。そんなお方がもし、悪いことをしたなんてことがバレたら、大変なスキャンダルになるわ。そうなると旦那様ひいては公爵家全体が崩壊しかねない。それは絶対阻止する必要があるわ」
「ジュリアン様は、そんなことしないと思うけど……」
「信じているのなら尚更確かめましょう。もし本当に旦那様がいかがわしいことなんてしていないのなら、あの部屋に入っても無事。ちょっと怒られるだけで済むはずじゃない?」
アナベルはの言葉にはかなり熱が入っている。
「それに、もしも。もしもよ? もしも旦那様が良からぬことをしていた時、止められるのはお嬢様しか居ないの」
「どうして?」
「前も言ったけれど、旦那様っていつもは難しい顔をしているのに、あなたと居るとすごく穏やかな表情になるの。 本当に笑うの何てあなたの前だけなんだから!」
「でも……」
気圧されるルイーズを前に、アナベルの勢いは全く衰えない。
「お嬢様に止められたら、旦那様も言うことを聞くに違いないわ。あなたの力が必要なの」
ルイーズの手を取り、力を込めて弁を振るう。
「私たちがしっかりしないと! この計画を実行できるのは、私とお嬢様しか居ないわ! やりましょう、旦那様を助けるために!」
アナベルの目力に圧倒されたルイーズは、再度頷くしかなかった。
ルイーズが自分の主張を肯定する姿を見て、アナベルは満足そうに頬を吊り上げた。
「それじゃあ決行は今夜、人が居なくなってから!」




