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 その夜、ルイーズは、飛び起きた。男爵家での過酷な生活がフラッシュバックしたのだ。身体中に汗をかいていた。

 こんな時、もう一度寝ようとしても絶対に寝付けないものだ。


 ベッドから降り、扉の方へ向かう。気分転換に、少し廊下を歩こうと思ったのだ。

 ギッ、と鳴る重い扉を開き、廊下に出る。

 外には燭灯が等間隔で灯っていたが、その感覚が開きすぎていて、洞窟の中にいるような暗さだ。

 一歩歩くたび、靴音が石の床に吸い込まれていくようだった。巨大な廊下を一人で歩いていると、まるで自分が小人になって、大きな影の巨人に追跡されているかのような気分になる。


 早くも心細さが募ってきた。来るべきでな無かった、早く帰ろう。

 ぴたりと動きを止めた。

 耳を澄ます。

 誰かの靴音が、曲がり角の先から聞こえる。


 近付いてくる。


「怒られる」ルイーズが先ずその発想を抱いたのは、男爵家での悲惨な扱いが影響していたからかも知れない。


 咄嗟に左側の扉を開けて隠れた。中は真っ暗だったが、目は暗闇に慣れていたため、そこが貴賓室であることに気付けた。

 足音はどんどん近づいてくる。


 足音が二つある。二人は何かを言い交わしながら歩いてくる。不明瞭だった言葉が、近付くにつれて明瞭になっていく。

 彼らの声は、ルイーズの真正面で止まった。心臓が早鐘を打ち始める。

 気付かれているのだろうか。

 固く目を閉じ、しゃがみ込んだ。


「しかし、●●●に、ここまで手間をかける必要があるのですか」

「愛情をかければかけるほど、●●●は美味くなるというものだ」


 密閉されたドアの先から響くくぐもった声。全部は聞き取れなかったが、ルイーズは思わず顔を上げる。

 一つはジュリアンのものだった。

 ところどころ聞き取れなかったが、どうやら料理の話をしているらしい。

 重々しく扉が開く音、閉まる音がして、再び廊下には静寂が訪れた。


 ルイーズは穴から外を見るウサギのように、貴賓室から顔を覗かせ、誰も居ないことを確認してからようやく廊下に出た。


 貴賓室の反対側に扉がある。恐らく二人はここへ入って行ったのだろう。けれど、こんな時間に、何の用だろう。

 その時ルイーズは夕食後のジュリアンの忠告を思い出した。



『貴賓室の向かいにある扉、あれは絶対に開けてはならない。良いね?』


「公爵様が言っていた扉って、これのことだよね……」

 ルイーズは扉の前に立った。この部屋で、ジュリアンは何をしているのか。一体何が行われているのだろうか。

 ルイーズは取っ手に手をかけた。

 知りたい。ジュリアンのことを知りたいと思った。好奇心とジュリアンへの好意が、彼女をいつもとは違う行動に移らせようとしていた。

 ジュリアンなら、きっと笑って許してくれる。

 彼の優しい笑みが脳裏に浮かぶ。


 いや、違う。

 ルイーズは、ゆっくり取っ手から手を離した。

 止めよう。

 ジュリアンがあんな忠告をするからには、恐らくそれなりの理由があるはずだ。それを開けるということは、彼の信頼を裏切ることになってしまう。不誠実だ。


「……部屋に戻って、刺繡をしよう」


 ルイーズが元来た通路を戻ろうとした時。


「うわあああああああ!」


 闇夜をつんざくような悲鳴。

 正気を失いそうなほどの狂気を全身に浴びたようだった。

 全身が強張り、思わず耳を塞いでしまう。


 それは明らかに、目の前の扉の先から聞こえてくるものだった。





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