風車の立つ丘で
今日も村に風が吹く。
ぴゅーとぴゅーと。
丘の上にある風車は羽を回転させて、小麦をすりつぶす。
いつから風車があるのか誰も覚えてない。
でも、子供たちの祖父母が小さいころにはそこにあった。
村ではその風車はシンボルのように思われている。
時折村にやって来る旅人にこの村で見る物はと問われると、みんなあの丘の上に立つ風車と南側の小麦畑を説明する。
この村らしいと言えばそれくらいしかないのだ。
しかし、この村が貧しいというわけではない。
小麦の生産でそれなりに食べていけてるのだ。
小麦の収穫シーズンになると村は大賑わいとなる。
村人総出で収穫し、足りない分は村の外から人夫を雇い入れ成している。
村人はみんなこの村での生活に満足していた。
そんな村の外れに小さな家が建っていた。
裕福ではないが、食料に困ることはなかった。
必要なものは小麦を売って得たお金で揃えられた。
その家の子はマーシュと言った。
彼は非常に繊細なところがある少年で、人と関わるのが億劫でいつも一人でいた。
周りの大人たちはそれを心配していたが、当の本人は心の安寧のために一人でいることを好んだ。
そんな彼が良く行くところがあった。
それはあの丘の上に立つ風車である。
ここは村の名所ではあるが、普段は人なんて来ない。
時々人が来るが、それは小麦粉を取りに来るものと村の者に話を聞いて足を延ばしに来た旅人くらいである。
彼と同世代の子はまず来ない。
彼と同世代の子たちは北の森や川、広場で遊ぶ。
この丘にはやってこない。
そこが少年がこの風車の立つ丘を気に入っている理由であった。
風車の立つ丘からは村中が見渡せた。
それはこの世のすべてを知ることが出来ているような気持に少年をさせた。
人がほとんど来ない気持ちの安らぐ丘から世界を(といっても村だが)を見渡す。
非常な満足感があった。
少年は世界の広さをまだ理解できてなかった。
この大地は海は空は果てしなく広がっていることをまだ実感できずにいた。
彼は一人でいるが、まだ安全な信頼できる大人たちの中で過ごしている一匹の子羊過ぎないのである。
群れてはいないが、確実に村という群れの一員であった。
そんな彼は今日も学校終わりに風車の立つ丘に一人やってきた。
風は穏やかに体を包む。
丘に来ると風車は音を立てて回転していた。
その音は人によってはうるさいと感じるが、マーシュにとっては心地よかった。
いつもの風車の前の少し盛り上がったところに寝そべり、空を見上げた。
空には少しの雲が浮いていた。
今日は天気がいいなと思いつぶやいた。
「今日の様な日が続くといいけど。」
彼は一人でのんびりするのが好きなのである。
しかし、そんな彼でも一人でいることに悩むことはあった。
みんなが楽しそうに集まって戯れているのを見ると、自分も同じことがなぜできないのか考える。
自分は不幸なのか。
劣っているのか。
未来には自分は全ての人から忘れ去られてしまい、いないものとなるのか。
不安に駆られる。
人との交流の面で何も起こらないことにもどかしさも感じていた。
そんな時、悩みを草花たちに語りかけることがある。
「僕も友人の一人はいた方が良いのだろうか。誰かなってくれる人はいるのかな。」
その話を聞かされる度に草花たちは風に揺られてこっくりこっくりと頷く。
優しく聞いていてくれる。
その温かさにマーシュはいつも癒される。
そして、日が沈むまで風車のプロペラが回転する音をBGMに寝そべる。
今日も日が傾いてきたので帰ろうとした。
帰り際、一輪の菜の花に語り掛けた。
「友人というのがほしいと思う。きっと楽しいだろうな。」
マーシュは家に帰った。
次の日もマーシュは学校が終わると風車の立つ丘に来た。
風車は今日もゆっくりとプロペラを音を立てながら回転している。
いつもの定位置に行くとそこに一人の女の子が立っていた。
珍しい。
誰だろうと思いよく見たが、誰だがわからなかった。
学校の生徒ではないことはわかった。
同級生との交流がほとんどないマーシュだが、誰が生徒くらいかはわかる。
それにこの村の子にあのような黄色いワンピースを着た子などいなかった。
女の子は黄色いワンピースに茶色いストレートの長髪、靴は見たことのない可愛らしいサンダルの様なものを履いていた。
顔は見えないが可愛いのではないかと期待させる。
そして、馴染み深い気がした。
「もしかして旅行者かな。」
その可能性が一番高い。
どこかの金持ちの道楽一家がこんな田舎の村に見物しに来たのだろうか。
声をかけようかと思っていたらその子は振り向いた。
やっぱり、目のぱっちりした快活そうな可愛らしい女の子だった。
彼女が声をかけてきた。
「こんにちは。」
「こんちわっす。」
つい、いつもの口調で返事してしまった。
失礼な物言いだろう。
相手が上客の娘だったらどうしようかとマーシュは思った。
しかし、それは杞憂だった。
彼女はにこやかに応えた。
「あなたこの村の子?」
「そうです。マーシュといいます。」
マーシュは少し緊張した。
学校の同級生でない女の子と話すのは初めてな気がしたからである。
得体の知れない存在に声をかけられて、少しばかりの恐怖心を抱いていた。
そんなマーシュの気持などお構いなしに女の子は話した。
「私はハルっていいます。この村には初めて来たの。それで村を見て回っていたらこの風車を丘の上に見つけて、見に来たの。そしたら大きくて立派な見た目でしょう。惚れ惚れしちゃった。私の故郷でもこんな立派な風車はないわ。」
まくしたてるようにどんどんしゃべるハルにマーシュはどぎまぎした。
初めての感覚だったかもしれない。
女の子にこんなにおしゃべりされたのは経験がなかった。
とりあえずわかったことはハルという女の子は旅行者だということである。
そして、この風車に興味津々である。
世の中には風車に興味関心を持つ年頃の女の子もいるのだなと思った。
「立ち話もなんだから座ろう。そこの芝生はふかふかしていて座り心地が良いんだ。」
とにかく、落ち着いて話そうと思い、マーシュはルリーフェを座らせた。
ハルが腰を下ろすと、マーシュ少し間を置いて、ルリーフェの右側に座った。
ハルがまたしゃべりだす。
「この村って素敵ね。豊かな自然と畑、きれいな川、楽しそうな子供たちの声。何もかもが素朴で味わい深いわ。特にこの丘は気に入ったわ。村が見渡せるもの。絶景よ。」
この丘が素晴らしいことはマーシュも同意である。
「この丘は村一番の絶景ポイントだからね。いつまでも見てられるよ。」
「あなたはいつもそうしているのでしょうね。」
「え?」
「ふふ、今日はもう帰るわ。明日もここにいる?」
ハルの誘いにマーシュは胸が鼓動した。
「ああいるよ。明日も明後日も。」
「そうわかったわ。じゃあね。」
「ばいばい。」
ハルは丘を村の中心に向かって降りて行った。
村の宿に戻ったのだろう。
ハルが去った後、マーシュは横になった。
ハルという子は話したことのないタイプの子だった。
明るくて、人懐っこくて話していて元気がもらえる。
都会の子かな。
ああいう子が多いのかな都会は。
一人残ったマーシュは丘に寝転がり日が暮れるまで惰眠を貪った。
次の日もマーシュとハルは風車の立つ丘で逢った。
とめどない会話をした。
ハルはいつもの調子でしゃべっていた。
それをマーシュは不思議な気持ちになっていた。
丘の上では風が吹いていた。
その風が自分を押してくれているとマーシュは感じていた。
そんな日が数日経過した。
その間、マーシュは学校でハルの話をすることはなかった。
特別なことのはずであるが、どこかいつものことのように思えていたからである。
楽しいなと思っていたが、少しうんざりしてきた。
本来なら一人でのんびりする時間が、盗られているとも感じ始めていた。
誰かと過ごすのは楽しいことであるが、こんなにも煩わしくも感じるのだなとマーシュは考えた。
一人風車の立つ丘に向かう途中、一人になりたいと考えてしまい、丘に行くのが億劫になった。
重い足取りで丘に着くとまだハルは来ていなかった。
一安心したマーシュは丘に寝そべり、ゆるく咲いている一輪の花に話しかけた。
「もうたくさんだ。またこうして君に話しかけるだけの日々に戻りたい。」
花は風で頷いたように見えた。
その日からハルは姿を見せなくなった。
寂しさもあったが、これでよかったと思った。
自分は人と密につながることは得意ではない。
人から見たら寂しいやつかもしれないが、これが自分の身の丈なのだ。
幸せなことも身の丈に合わなければ、息苦しい。
そんなことを想いながらマーシュは今日も風車の立つ丘で一人ゆったりとしていた。




