羽音の旋律
森の奥深くに、一匹の働きバチがいた。
毎日、同じ道を飛び、同じ花を訪れ、蜜を巣へと運ぶ。
彼女の動きは、仲間と同じく均質で、規則的で、変わり映えしない。
ある日、彼女はふと足を止めた。
「私の働きは、ただの繰り返しなのだろうか?」
月夜、羽を休めながら考えていると、翅に映った光が揺れ、まるで音符のように見えた。
その瞬間、彼女は気づいた――蜜を集めることは、ただの労働ではなく、自分の羽音や飛び方、選ぶ花によって、少しずつ違う“模様”を描いているのだと。
蜜を運ぶたびに、空気に刻まれる羽音は彼女だけの旋律となり、仲間の羽音と重なって巣全体をひとつの楽曲に変えていた。
労働とは、命を支える義務であると同時に、自分という存在を奏でる表現でもあったのだ。
翌朝、彼女は同じ花へと飛び立った。
だが、昨日とは違う気持ちで。
彼女はただ蜜を運ぶのではなく、羽音で世界に自分の旋律を響かせる奏者になっていた。
そしてその音は、仲間や森の木々、眠る花々までも包み込む。
――労働は繰り返しでありながら、そこに自己表現を重ねられる。
そのことを知った働きバチは、初めて“働くこと”の喜びを胸に抱いたのだった。