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3.勇者は一日を始める。

「惜しいなぁ、瑠斗」

お箸を意味もなく動かしながらしみじみと呟く親友を、俺は見つめ返した。


「惜しいって、なにが?」

「瑠斗はさ、せっかく顔は整ってるのに、雰囲気で台無し。とてもじゃないけどイケメンとは言えないんだよね〜」

「イケメンじゃなくて悪かったな」

あまりにも酷い言いように、俺は機嫌が悪くなる。つい嫌味っぽく返してしまった。


「ていうか、お前だってお世辞にもイケメンとは言えないからな? 中の中、よくて中の上だ!」

「わー、流れ弾がこっちに来たー」

「ブッ! ぼ、棒読みすぎるだろ……」

俺が言い返すと、親友は頬杖をつきながらそんな台詞を吐いた。その滑稽さに、俺は思わず吹き出した。


「なあ、大学ってどこにする?」

タコの形をしたウインナーを口に放り込みながら、親友はさっきとは打って変わって真剣な表情になった。

「ああ、さっき担任が言ってたやつ?」

「そうそう。まだ高2なのになぁ。早すぎじゃね?」

「そうか? もう二学期だし、そろそろ決めていかないと受験に間に合わなくね?」

『早すぎ』って言われる意味がいまいち分からなくて、思わず首を傾げた。すると親友は、だんだんジト目になっていく。

「……この優等生ちゃんめ。こちとらもっと遊んでいたいんです〜」

「いや、俺だって遊びたいけどさ」

「でも、その反応ってことは志望校、もう決まってんだろ?」

「まあ、一応な。でも変えるかもしれないし、確定ってわけじゃないけど」

「それでも決めてるだけ俺よりすげぇよ。なあ、どこ大学?」

「えっと……」


いつもの昼休み。親友がボケて俺がツッコんだり、その逆もあったり。

ああ、毎日がすごく……





「楽しいなぁ……」

パチリと、俺は目を覚ました。

大きく背伸びして、足で靴を探す。ここでは室内でも靴を履く。ヨーロッパに似たところだからかな。

「……懐かしい夢を見た」

独り言のように、自然と言葉がこぼれた。

懐かしい夢……というか、記憶というか。高校生の頃のことだ。毎日楽しく過ごしていた。大学は別々になっちゃったから、今までより遊べなくなって、ちょっと寂しかった。それでも、毎日とはいかなくても、けっこうな頻度で連絡は取り合ってた。


でも、もう会えない。


「……顔、洗お」

なんだか『夢』から現実を突きつけられた気がして、俺はわざと別のことを考えるようにして立ち上がった。




꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖꙳✧˖°⌖




顔を洗って、髪を整えて、無地のシャツの上に教会所属の証である真っ白なローブを羽織る。普通はフードも被るんだけど、俺とグロリアさんだけは被らなくていいらしい。


きちんと身支度を終えたあと、俺は机の上に置いてある呼び出し用のベルを鳴らす。



チリンッ



「おはようございます、勇者様」

「おはようございます」


ベルが鳴ってから、ぴったり1秒後。クリステルさんが部屋に入ってきた。

それと同時に、ふわりと甘い香りが漂ってくる。その匂いの出どころは、クリステルさんが手にしているもの──『お香』、あるいは『インセンス』と呼ばれるものだ。

精神を落ち着かせる効果があるそうで、朝起きたときと夜寝る前に、新しいものを持ってきてくれる。


「今日はどんな予定ですか?」

異世界に来てから、今日で2週間。ちょっとずつ生活にも慣れてきた。もちろんまだ分からないこともあるけど、クリステルさんたちが丁寧に教えてくれるおかげで、今のところ困ることはあんまりない。


クリステルさんはベッドの横にあるサイドテーブルに、新しいお香をそっと置いてから、俺の問いに答えてくれた。


「本日のご予定は、お昼頃までは剣の訓練と、昨日習われた魔法学の復習。午後は庭園の散策と、教皇様への謁見となっております」

「ありがとうございます」

剣と魔法の訓練に、散歩という名の勉強、それからグロリアさんとの世間話。

つまり、いつも通りのスケジュールってことだな。


俺は「勇者」だから、当然、魔王を倒さなきゃいけない。そして、死なないために強くなる必要があるのは言うまでもない。


勇者である俺は、あらゆる武器を扱えて、魔法のすべての属性にも適性がある。良く言えば何でもできる万能タイプだけれど、実際は器用貧乏になりやすい。

というのも、全種類の武器を活かすためには、それぞれちゃんと練習しなきゃいけないんだ。

『武器を扱える』っていうのは、練習すればするほど実力がつく──つまり、努力が無駄にならないというだけの話であって、現在の俺の実力はというと、正直ヘロヘロの一般人レベルだ。今、魔物と対峙しても絶対に勝てない。


それに、一つ一つの武器にかけられる時間が少ないから、特定の武器だけを極めている人たちには到底かなわない。かといって、どれか一つに絞っちゃうと、今度は〝勇者の強み〟が無駄になってしまう。


このことは、魔法にも同じように当てはまる。


この世界の生き物は、基本的に全属性の魔法を使える。でも、ほとんどの人には「適性」っていうのがあって、大抵は一つか二つの属性が得意らしい。

だから普通は、自分の得意な属性をしっかり極める。でも勇者の俺は、全属性に適性がある。だから、ここでもまた武器のときと同じジレンマがあるわけだ。


このことについては、グロリアさんもすごく真剣に考えてくれていた。

せっかくの能力を活かせないのはもったいない。でも、全部を中途半端にやっても意味がない。


じゃあ、どれか一つに絞って極めればいいんじゃないのって思うかもしれないけど、そう簡単にはいかない。

というのも、勇者が持つ〝聖なる力〟ってやつは、「勇者としての総合的な力」で強さが決まるらしい。


「らしい」っていうのは、それについて書かれている資料が、たった一冊の古い本しかないから。しかも「総合的な力」が何をどこまで含んでいるのかも分からないし、その本の内容自体が本当に正しいのかも怪しい。


でも、他に情報がない以上、今はそれを信じて動くしかない。だからまずは、全体的な基礎力を上げていこうってことになっている。


今の俺は、魔法の全属性の初歩的な魔法と、なんとか剣を振ることができるくらい。正直、剣についてはまだまだ実戦には使えないレベルだけど。


「……あれ?この花、初めて見ました」

「ああ、それは今朝、咲き始めたばかりなんですよ」

俺の疑問に、庭師さんが答えてくれた。


午前中の訓練を終えたあとの時間。俺は大聖堂の庭園を歩いていた。昨日までつぼみだった花が、太陽の光を浴びながら大きく花開いている。鮮やかな黄色の花びらが、まるで自慢げにこちらを向いていた。


「運が良かったですね、勇者様。この花は、数年に一度しか咲かないんですよ」

「へぇ、そうなんですね!すごい……」

思わず、その花をじっと見つめた。

このヒマワリに似た花……なんて名前だったかな。部屋に戻ったら、調べてみよう。


俺が庭園に来ているのは、ただの気分転換ではない。


〝聖なる力〟に必要な「総合的な力」には、知識量も関係しているんじゃないか、っていう仮説がある。それで今、俺はいろんな知識を吸収しようとしているんだ。

この庭園には、たくさんの植物が植えられていて、それぞれ名前も特徴も違う。それを一つずつ覚えていけば、自然と知識も増えていく……って考えだ。


「勇者様、教皇様への謁見のお時間です」

「あっ、はい!今行きます!」

クリステルさんに呼ばれた。急がなくちゃ。

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