エピローグ
思えば、全力で走り続けてきたような1年だった。
彼氏の気持ちが離れてるなんて考えもせずに、王都へ向かう馬車に飛び乗った。
右も左もわからない都会で、悪い大人に騙されて、彼氏には振られるし……それでもどうにか生活の基盤を作って。
働いて、働いて、働いて。
どうしようもないほど、ひとりの男を愛した。
◇
静まりかえった礼拝堂に、あたしの声は妙に響いた。
一瞬、時が止まったようにすべてが静止したあと、衛兵たちが物々しくあたしを囲む。
「センリ!」
あたしは声の限りに叫んだ。
「愛してる! 愛してるの!」
ここでセンリがあたしを見捨てるなら、あたしより王太子としての立場をとるのなら、もう何も言うことはない。
最後に、ちゃんと思いを伝えられたんだ。
おとなしく処刑でもなんでもされてやる。
「アン!」
センリはあたしの名前を呼ぶと、一直線にこっちに走った。
途中、絨毯に引っかかって一回コケたけど、センリはあたしに駆け寄ると思いっきり抱きしめた。
「アン! 会いたかった!」
センリの腕の力はものすごく強くて、痛いくらいだった。
全身を包む熱い腕から、センリの気持ちが流れ込んでくるみたいだ。
「もう、離さない……一生」
センリの言葉に答えるように、あたしは額をぎゅっと胸に押しつけた。
◇
「お前ら、イチャイチャすんなよ、絶対すんなよ」
クギをさすニンジャの声を聞きながら、王都を離れる馬車は静かに走り出した。
あの日、あたしが結婚式をブチ壊したあと、センリは王位継承権を棄ててあたしと一緒になることを決意した。
これからは辺境の防衛にあたることになるセンリについて、あたしも今日王都を去る。
店を辞めないといけないことだけが心残りだった。
「あなたはいつも真面目に働いてくれてたから残念です。でも、幸せになってください」
支配人にそう言われたときは涙が出そうになった。
思えば、王都に来て一番はじめに優しくしてくれたのが支配人だった。
「専業主婦いいなあ……たまには遊びにきてね」
ガレットは笑ってそう言った。
馬車が揺れる。
センリはさっきから何も言わずに窓の外を眺めている。
軍隊の指揮なんてセンリにできるのかと思ったけど、ニンジャによるとセンリは軍学にも明るいし、剣術なんかも毎日鍛えていてなかなかの腕前らしい。
もしかしたら、あたしが思っているよりずっと、センリは王太子として努力をしてきたのかもしれない。
センリがふとこちらを向いて、あたしと目が合った。
「どうした?」
センリは、これで本当によかったの?
あたしの顔を見ると、センリは嬉しそうに笑った。
「これからは、ずっと一緒だ」
優しい声を聞いたら嬉しくなって、あたしはセンリにそっと寄りかかる。
「うん、ずっと、一緒にいて」
あたしを包むように背中に回されたセンリの腕が温かい。
向こうに着いたら、いちばんはじめにブリオッシュを焼こう。
馬車の揺れが心地よくて、あたしはいつのまにか眠っていた。
おしまい
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