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第6話 王太子殿下が童貞を捨てたらしい

 俺はニンジャ。王太子殿下の護衛だ。


 王太子殿下の影となり、殿下を守り、支えて、いざとなれば殿下にかわって死ねと物心ついたころから教えられてきた。


 実際にそんな状況になったら、俺はセンリを見殺しにして逃げるが。


 かわいいお姫さまならともかく、バカ王子のために命を張るなんてさらさらごめんだ。

それに、センリの命がどうのこうのみたいな状況になったらどうせ王国も末期だろうし、俺が逃げたところでとがめる奴もいないだろう。


 まあ、俺の話はいいや。


 センリの話をしよう。





 センリは王太子としてはおおむね普通というか、適格だった。


 性格は穏やかだし、美形ってほどではないけど見た目も悪くない。


 勉強はあまり得意じゃなかったが、軍学とか地政学はしっかり押さえていたし、外国語の習得も早かった。

それに体格が良くて、武術も剣術も馬に乗るのも得意だ。


 そのあたりは本人の努力によるところもあるんだろうけど、とにかく次期国王としては申し分ない資質を備えていたといえるだろう。


 ただひとつ、問題というか……少し変わっているところがあった。


 センリは、恋愛とかそういったものに対して、全く興味を示さなかった。





 俺はセンリと一緒に4年間遊学していた。


 大国の先進的な文化や学問を学ぶのが目的ではあったが、時期国王として本格的な公務に携わる前に外国で羽を伸ばしてほしいという国王陛下のお心遣いでもあった。


 俺たちが行ったのは良家の子女が集まる学園だった。


 男子とは目も合わせないような慎み深い令嬢がいる一方で、学園にいる間くらい自由に恋愛を楽しみたいっていう積極的なお嬢様がいたりしてなかなか楽しい場所だった。


 そんなけしからん学園に通っていながら、センリは女子学生と深く関わろうとしなかった。


 ちなみに俺は2年目で彼女ができた。関係ないけど。


 センリは別に女が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。

話しかけられたら普通に話すし、教科書を忘れた子には見せてあげたりして親切だ。


 王太子っていう立場が珍しいのか興味本位で近づいてくる子もいたけど、素直に好意を示してくれてた子とも、センリはどこか一線を引いて接していた。


「だって、恋人になったところで結婚はできないんだから……そんなのは誠実じゃないだろ」


 一度、彼女を作らないのか尋ねたとき、センリは真面目な顔で答えた。


 女性関係はそんなんだったけど、センリなりに学園生活を楽しんでいるみたいだった。


 実際センリは男子学生とつるんでいるときはすごく楽しそうだった。

峠を攻めるとか言って遠乗りで飛ばしたり、ダラダラ酒飲みながらルールのよくわからないボードゲームを徹夜でやってたこともあった。


 そんなことばっかりしてたせいで成績はあまりよくなかったが、どうにか卒論も書いて無事学園を卒業した。


 ちなみに卒業するちょっと前に俺は彼女にプロポーズした。断られた。

まあどうでもいいけど。


 そんなこんなで、俺たちは学生生活を終えて国に帰ってきた。





 学生時代、浮いた話のひとつもなかったけど、帰国してからはセンリは真面目に王太子として仕事をこなしていた。

隣国アルージハラのヒルダ王女との結婚も決まり、おおむね順調な日々が続いた。


 きっと恋愛を楽しむというよりは、穏やかに結婚生活を送る方がセンリにはあっているんだろう。そう思っていた。


 そんなある日、俺は信じられないものを見る。

センリが、街で女に声をかけたんだ。


 今までの人生の中でいちばん驚いたかもしれない。


 女を酒に酔わせて、なんかうまいこと言って家までついていったくだりは、本当にあの童貞バカ王子なのかと……マジでだれかと中身が入れ替わったのかと思った。


 こうして、目の前で起こったことに頭がついていかない俺を置いて、センリはサンドイッチを注文するついでのように童貞を捨てた。


 そして、そこから少しずつ、全ては狂い始めたんだ。





 その日、センリが王宮に帰ったのは夜も更けてからだった。


「お、おめでとう……」


 俺はなんて声をかけたらいいかわからなくてよくわからないことを口走った気がする。


「ニンジャ……」


 センリは放心したように言った。


「奇跡が、起こったんだ」


「え? ああ……よかったな」


 センリは遠くを眺めるような目をしていた。


「俺、アンと出会うために生まれてきたのかもしれない……」


「ああ?」


 驚愕の表情でかたまる俺をよそに、センリはフラフラと部屋に帰っていった。





 アンという女の身元を洗ったが、調べれば調べるほど、なんの変哲もないド庶民だった。


 3か月ほど前に王都にやってきて、ケーキ屋で働いている。

やっていることは店と自宅との往復だ。

誰かと連絡をとっている感じもしない。


 どこから来たのかまではわからなかったが、ハニトラとか工作員のたぐいではなさそうだ。

おそらく、あの日カフェでセンリに声をかけたのも偶然だったんだろう。


 俺が粛々と任務をこなしている間にも、センリは確実におかしくなっていった。


「ああー、会いたい会いたい会いたい」


 暇さえあれば部屋でゴロンゴロン転がってるし。


「俺、知らなかったんだ。自分の中に、こんなに激しい愛があることを……アンに出会わなければ気づかないままだった」


 なんかボーッとしながら恥ずかしいことを言い出したり。


「アン……好きだ……」


 しまいには星を眺めながら泣いていた。


 一回ヤッただけの女にそこまで入れ込むことがあるか……?


 王宮の連中もセンリの異常に気づき始めたころ、センリが彼女に再会したことで、事態は加速する。


「ニンジャ聞いて! 奇跡だ! アンも俺のこと好きだって、両想いだったんだ!」


 妙にキラキラした目で俺の両手を握りしめるセンリを見てゾッとした。

婚約者がいる身で不実な交際はできないと言っていた男と、本当に同一人物だろうか。





「恋愛をするなとは言わん。ただ、王太子としての自覚を持て」


 センリがサルのアンちゃんを部屋において話しかけるようになったあたりで、事態を重く見た国王陛下から釘を刺された。


「中途半端にしておくのはその子にとってもよくない。愛しているんならちゃんと体裁を整えるべきだ」


 陛下は暗に愛人にしろと言っていた。


「はい……申し訳ありません」


 センリはそれだけ言うと部屋に下がった。


「ニンジャ……その、アンっていうのは、そんなにすごい女なのか?」


 国王陛下はため息をつくと疲れたように言った。


「え、どうだろう……まあ、センリの好みだったんだと思います」


 見た限りでは、普通すぎるほど普通の女だ。

本当に、ケーキ屋とかカフェの売り子でよくいる感じというか。


 特徴があるとすればすごく小柄なことくらいだろうか。





「愛人にはしたくないんだ。多分、アンも嫌がると思う」


 センリはうつむいて言った。


「じゃあどうするんだよ。もうすぐヒルダ様の輿入れだってあるだろ」


 アルージハラとの婚姻は重要な意味を持つ。

大国による諸国統一の機運が高まる中、王家の正統性を示しておかないと、この国もあっという間に飲み込まれてしまうだろう。


 事実、王宮内にも統一派はいるし、センリの弟を国王に推したい勢力にとっては今回のことはセンリを王太子から下ろす絶好のチャンスだ。


「アンを争いに巻き込むわけにはいかないし……別れたほうがいいのはわかってるんだけど」


 センリはアンちゃんをぎゅっと抱きしめる。


「どうしよう……アンが、アンと、会えなくなったら、もう生きていける気がしない」


 センリは泣きそうになりながら俺に言った。


「ニンジャ……しばらくアンについててくれないか? 嫌な予感がするんだ」


 それからほどなくして、センリは彼女と別れた。


 センリの落ち込みようはヤバかった。


 朝も晩も食事中も風呂でもところ構わず泣いていたし、抜けがらみたいになってとても仕事ができる状態ではなかった。


 威風を示すのが王族の仕事なんだからしっかりしてくれと言う国王陛下の声も届かず、センリはずっと暗い部屋で彼女の名前を呼んでいた。


「わかるよ、辛いよな」


 俺もさすがにセンリに同情した。


 生まれたときから王太子として育てられてきたセンリにとって、それ以外の生き方なんて想像もつかないだろう。

王太子という立場さえなかったら、きっとなんの問題もなく彼女と一緒になれたはずだ。


「俺も彼女に振られたときは死ぬほど落ち込んだよ」


 俺は学生時代の彼女を思い出していた。

親には逆らえないと、泣きながら嫁いでいった彼女は幸せになれたんだろうか。


「絶対……俺のほうが辛い」


「ああ?」





 すっかり魂が抜けていたセンリだけど、結婚式が近づくにつれてどうにか正気を取り戻してきた。


 このままふぬけていたら、たったひとりで異国に嫁いでくるヒルダ様に申し訳ないと思ったのかもしれない。


「アンのこと、忘れられるかはわからないけど、これからはちゃんと国のために生きるよ。きっと、それがアンを守ることにもつながると思う」


 悲痛な面持ちで、でもしっかりした声でセンリは言った。


 俺は頷くしかできなかった。


 そんなとき、センリの心配していた事が起こった。


 彼女が襲撃されたのだ。


 実行犯はうっかり殺してしまったので背後関係はわからなかったけど、弟を推す連中がセンリの結婚をやめさせる駒にしようとしたか、センリ派が邪魔な彼女を消そうとしたか……とりあえず今回の結婚と無関係ではないだろう。


 かわいそうに、彼女は震えていた。

あの童貞バカ王子と関わらなければ、怖い思いをすることもなかっただろうに。


 その日、彼女を部屋まで送って、初めてちゃんと話をした。


 彼女はひどい目にあった直後なのにセンリのことを心配していて、確かにセンリは愛されていたんだと少し切ない気持ちになった。


 ただ、やっぱりセンリを一撃できっちり仕留めただけのことはある。

人間のアンちゃんは全然普通の女ではなかった。


「ふざけんなよ……バカにしやがって、バカにしやがって……」


 どこまで話していいのか迷いながら、センリが結婚をやめられない理由をかいつまんで話したら、なんか地雷を踏んでしまったらしい。


「ちょっと、協力してくれないかな」


 アンちゃんのなかなかにクレイジーな提案に乗ってしまったのは、センリへの愛に胸をうたれたのと、あとは多分おもしろそうだったから。





「足元、気をつけて」


 暗い地下、アンちゃんの手を引いてやる。

王宮でも一部の人間しか知らない、緊急脱出用の道を逆走して俺たちは城へ向かっていた。


「ああ、窯も温まってないし、計量もしてない……みんな困ってるんだろなあ」


 アンちゃんはさっきからずっと仕事に穴をあけてしまったことばかり気にしている。

状況次第では殺されることだってありうるのに、ずいぶん余裕というか何というか。


「そんなのどうでもいいだろ……変なやつだな」


 階段を進みながら俺は言う。

出口が近づいてきて、俺の方が緊張してきた。


「だって、今日は『王太子殿下ご結婚記念サブレ』をたくさん焼かないといけないのに……」


 それを聞いて思わず吹き出した。


「なに言ってるんだよ、今からそれをブチ壊しに行くやつが」


 話しているうちに地上へと続く扉の下に着いた。


「この上、出たらすぐ礼拝堂だ」


 そう言って俺はアンちゃんに目配せした。

俺の行動だってかなり危ないのに、なんだか共犯みたいな愉快な気分になってくる。


 アンちゃんは涼しい顔で頷いた。


 覚悟はすっかり決まってるらしい。

つくづくやべー女だ。


「じゃあ、暴れてこい」


 俺は力いっぱい扉を開けた。

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