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転生チート貰ったけど、傍観者でいたい僕

作者: 成若小意

「ーーよって、お主にはこの世界に呼び寄せた代償として、好きな能力を付与しよう」


 死後の世界、真っ白な空間の中で、じいさんがそう告げるのを聞いて、僕は心のなかでガッツポーズを決めた。


(よっしゃ! 夢にみた異世界転生、しかもチート付き!)


 じいさんはなぜか裁判官が座るような、立派なデスクを前に座っている。


「えー、平行世界の魔力値均衡化のため、各世界の魂を入れ替えるのは稀にあることだ。だが手違いでお主は寿命の前に入れ替え手続きが行われてしまった、と報告が上がっている」


 眼の前で若干棒読みで資料を読み上げるじいさんは、手続きを行った人ではなく、その上司的立場なようだ。時折部下に対しての文句をつぶやきながらも、僕に真摯に説明をしてくれていた。


 とりあえず、行く先は中世ヨーロッパ風、そしていわゆる「剣と魔法」のある世界。生まれる国は封建社会、家は子爵家。


 容姿は僕の理想に自動で寄せてくれるらしい。真っ白な空間にホログラムのように映し出された()は、銀髪とスカイブルーの瞳を持つ中性的な美少年に育つと説明された。


「もらえる能力には何がありますか?」


 炎の魔法とか、剣術とかかな? ワクワクしながらじいさんの返事を待つ。


「うーむ、なんでもいいと言いたいところだが、そもそもどんな能力があるか、お主はその種類すらも知らんだろう」


 例えば美食の能力だとか蜂掴みの能力だとか……とぶつくさじいさんはつぶやきはじめる。たしかにそんな能力知らないし、いらない。


「それじゃあ、僕が行く世界で生きていくのに重要な能力は『最大値』で、それ以外は平均よりやや上でお願いします!」


「そうか、そうさの。それが一番わかり易い」


 じいさんは面倒な仕事が解決してホッとしたのか、眉を和らげながらふぉっふぉっと笑う。


「とはいえ、分けるのは面倒くさいのう。とりあえず全部マックスにしておこうかの」というつぶやきが最後に聞こえたような気がしたけど、そこで僕の意識は途切れた。





 ☆☆☆

 そんな異世界での暮らしも、あっという間に十五年が過ぎ、僕は王立学園に通う歳になった。


 心配していた能力値だけど、何をやってもすぐに出来る優秀さ。おかげで手加減も直ぐに出来るようになった。これで目立たなくて済む。


 なぜ目立ちたくないのかって?


 それは、僕がこの世界で『傍観者』でいたかったからだ。だって、物語の主人公って、楽しそうだけどめっちゃ大変そう。


 マンガばっかり読んでいた僕にとって、望むのは主人公の座ではなく、それを傍から見る傍観者。この世界はいわば、没入型リアリティドラマといったところかな。


 この年になるまで、与えられた能力をせっせと『目立たない様にする方法』を確立するために費やしていた。平凡に見える各種魔法の使い方、間違っても騎士とかに推薦されない程度の剣術訓練。


 上手に手加減して、上手に五段階中の四をもらえる程度の成績を維持していった。


 見た目はかなり綺麗にしてもらったので目立つけれど、この国の人達は目鼻立ちが整った人が多いし、その中で子爵家のみんなも顔面偏差値が高いから悪目立ちはしてないはず。


 学習面での成績は、ちょっと他の実技的な能力に比べて頑張ってみた。将来は平和な文官の道に進みたかったし、うっかり高難易度の魔法とかを使っちゃっても「博識なルーイならそんなこともあるか」と、見逃してもらえるかもしれないという打算つき。


 ちなみにルーイというのが僕の名前。フルネームは、ルーイ・フォン・ウエストランド。




 ☆☆☆


 学園に通い始める今日から、僕が観たい物語は動き出す。別にこの世界はゲームの中とか小説の中とかそういうわけではないけど、そんな予感がするんだ。


 だって、同級生には王族がいるらしい。第三王子のリーガル・キングストンだ。


 そして、『世界の危機』っぽい条件もそろっている。この国を治める聖なる結界の魔力が減ってしまっており、それを充填するための火の魔法使いと水の魔法使いが求められているんだ。


 そこで白羽の矢が当たったのが、この国で現在最高レベルの火の魔法の魔力量を記録したリーガルというわけ。


 ちなみに魔法はいくつかの属性にわけられ、それぞれの魔力量を学園で測る。王族は事前にも測る機会があって、入学前からリーガルの優秀さは有名だった。


 これが物語にならないわけがない。目の前で繰り広げられるであろう冒険譚に、入学前からワクワクが止まらなかった。



 入学式はつつがなく行われ、クラスメイトの顔見せも終わり、その日は無事帰宅。翌日も何事もなくオリエンテーションが行われ、その翌日から授業が始まる。


 平和な日常に不満を覚え、このまま何事もなく過ぎ去るのかとがっかりしたころに、事件はおきてくれた。


 リーガルととある生徒が口論を始めたのだ。授業前の朝っぱらから。


 ちなみにリーガルはいかにも王子様、という風貌で、金髪碧眼色白。やや目つきが悪く、鍛え方が足りないのか華奢なイメージがプラス要素というかマイナス要素というか。


 性格も、正義感があるもののやや独善的。当然と言えば当然だが、人を従わせることが当たり前と思っている口ぶりだった。


「貴様に反論する権利などないと何度言ったらわかるのだ」


 怒りをにじませながらも抑えた口調で告げた相手は、平民の学生。こいつもただの平民ではない。元乞食の元孤児。養子縁組を経て猛勉強の末学園に入学した男、カイルだ。


 なんとも設定の濃いキャラクターなので、カイルもきっと主要人物たりえるだろう。


「平等を歌う学園の首席が、聞いて呆れるな。お前が王族だろうと関係ない。俺は俺の意思で動く。お前なんかに協力するつもりはない!」


 カイルは黒髪で、その目は長い前髪に隠れてあまりよく見えない。ダボダボの服を着ているのでわかりにくいが、やせている割にはちらりと見えるその腕は筋肉質だ。いわゆるやせマッチョ?


 ちなみに僕は、その口論の場から一番遠い教室の隅で、野次馬をしている友達と一緒に見学をしていた。友達は同じくらいの貴族の子息。みんな巻き込まれたくないけど興味はあるので静かに成り行きを眺めている。


「……ねえねえ、あれはどういう喧嘩?」


 隣にいるピートに尋ねる。彼は子爵家の子息で、おとなしい性格だけれど観劇が大好きで、劇の話になると人が変わる。僕とは気の合う友人の一人だ。


「あれ、ルーイは聞いてなかった? 結界には火の魔法と水の魔法が必要だろ? 王子は火の魔法で選ばれたけど、水の魔法を充填する候補者がまだきまってないんだ」


「あ、そうなの? 王子が両方やればいいんじゃないのか? 水の魔法だってこの前の測定でみんな驚いてたし」


「まあね。測定値はランクAだったけど、カイルのほうがその上をいったわけさ。Sを叩き出したんだ」


 鼻息荒く、その状況を解説するピート。


「でも、お前は俺の親父を殺したも同然だ! そんな奴に協力はできねえ」


 カイルが急に叫ぶのでびっくり。ピートの解説を聞いている間に話が進んでいたみたいで、喧嘩はエスカレートしていた。教師よ、なにをしているんだ。早く教室に来てそろそろ止めろ。教室で殴り合いとかそんな学園ドラマは望んでない。


「……私が殺したわけではない」


「お前らの愚策で俺の育った地域の大人はたくさん死んでるんだ。殺したも同然じゃねーか」


「それを言うならお前らが反乱を起こした時の火事のせいで私の従姉妹が巻き添えで死んでいる」


 なんか話が始まる前からこじれてない? これ。


 向かい合っていがみ合う二人。その周りにはそれぞれの取り巻き。ちょっと距離を置いて、心配そうに見守る仲間。王子側には貴族多め、カイル側には平民多め。


 さらに遠くの、教室の隅にはとばっちりを受けたくないけど観戦はしたい僕たちみたいな野次馬。


 廊下の外には成り行きを見守っているヘタレな教師。


 そろそろ喧嘩を収めないと、授業が始まってしまう。青筋の浮かんでいた王子だったが、深呼吸をしたのが見えた。場を収めるために決心したようだ。


「だからといって、この国が滅ぶのを放っておくのが正しいと思っているわけでもあるまい。私たちが喧嘩をしていたら、手遅れになる。わがままを言わず力を提供しろ」


 途中までいいこといっていたのに、最後の一言が余計だと思う。カイルの方もたぶんそう思ったのか、はじめは殊勝そうにしていたのに、最後の『わがまま』の一言で目つきがまた鋭くなった。


「国がどうなってもいいなんて俺も思ってない。俺は俺のやり方でやるんだ」


 カイルはリーガル王子に背を向けて、荒々しく自席に戻っていった。


 こうして、今回は決別したままになってしまった。



 ☆☆☆

 リーガル王子と元孤児のカイルのやり取りはあのあとも何度も繰り返され、一月経つ頃にはもはや朝の恒例行事のようになっていた。


 おそらくリーガル王子側にも王家の都合だとかいろいろあって引くに引けないのだろう。


 魔力の充填はなんにせよ誰かにやってもらえなくては、『国が滅ぶ』まである最優先事項なわけだが、そんな重要課題が学生同士の喧嘩で滞ってるだなんて、この国どうかしている。


「ねえ、ピート。別にあそこまで嫌がられているなら、カイル以外でもいいんじゃないの? 国中探せば誰か優秀な水魔法を使えるやつなんているでしょ」


 恒例の喧嘩を、もはや何の動揺もなく自分たちの席で観覧しながらピートにたずねる。物語の進む様子がここ最近まったくなくて、正直飽きてきてしまったところだ。


「うーん。もちろんいるけど、火の魔法使いと水の魔法使い両方の相性も大切みたいなんだ。性格的な相性じゃなくて、体格とか年齢とかね。この国の同い年で同じレベルの魔法が使える人間ってのは、やっぱりこの王立学園に通えてるはずだから、この学校から探すみたい」


「なるほどね。でも、リーガル王子の説得は全然効かないみたいだし、らちがあかないでしょ。王家の人間とか、教会の人間は動かないわけ?」


 カイル側の言い分もわかるけど、そろそろいい加減動いてほしい。


「もちろん動いてるみたいだよ。ルーイは授業がおわるとすぐお屋敷に帰っちゃうから知らないかもだけど、カイルの家に代わる代わるいろんな人が訪ねてきては説得して、そして追い返されてるみたい。カイルの家って大通り沿いにあるだろ? 街遊びするとたまに見かけるよ」


「そうなの?」


 知らなかった。最近は学校にも飽きてきて、家の蔵書を読みあさるのがマイブームになっていたのだけど、外でそんな面白い事が起きてるなら、今日から出かけようと思う。


「そもそもルーイだって優秀じゃないか。今回の定期考査も次席だったんだろ?」


「いや、主要科目では学年二位だけど、総合だと四位だよ。ただのガリ勉さ」


「そうかな。魔法の実技も、カイルたちほどの派手さはないけどバランスがいいし」


「ありがとう。まあ、派手な部分は派手なやつらに任せて、僕たちはおとなしく過ごそう」


 定刻にやってきた教師の登場によってリーガルとカイルの口論は終わる。僕は今日の予定を街歩きに変更した。楽しみができたので少し気分よく授業を受けられた。


 ★★★

「リーガル様。ご報告に上がりました」


「ヨハンか。どうだった? 誰か怪しい動きをするやつやめぼしいやつはいたか」


 リーガル王子の私室に、一人の男が入ってきた。リーガルはこのやりとりに慣れているようで、顔も上げない。


「怪しいものや目立つものはおりませんでした。しかし、気になる者が一人」


「気になる者?」


 ここで初めて興味を示すリーガル。


「はい。ルーイという子爵家の四男です」


「ルーイ……? ああ、あの女子のような顔をしているやつか。学習面は優秀だった記憶があるが、特筆すべき点はなかった気がするが」


「そこなのです。特筆すべき点が見当たらない。すべてにおいて、恙無つつがないのです」


「魔法も確か、可もなく不可もなくという様子だったな。しかし、それがどうしたというのだ?」


「リーガル殿下もご存じのように、試験の中で王族にしか解けない設定の問題が入っておりますが、ルーイはそれを解いています」


 王族には、帝王学や王家の歴史などを家庭教師から教わる習わしがあった。それに関連する問題が実はこっそりと試験に織り交ぜられている。王族が試験において優位に立てるようにという策だ。


「なるほど……。だが、それは単にルーイが優秀なだけでは? 確かに学園では習わない内容だが、試験にも載せるくらいだ、別段秘匿している情報な訳では無い。どこかの蔵書から得た知識だろう」


「そうなのですが、それほど優秀だというのに、試験の結果は九割どまりです。それも、どの科目も平等に」


「つまり、わざと点を落としていると言いたいのか? だとすると相当賢いな。点が取れるだけでなく、どの問題を落とせば何点落ちるかを計算したうえで問題を解いていることになる」


「そうなのです。そして、実技の方でもその傾向がありました。剣技の指導者からは、太刀筋も身のこなしも優れているのにもかかわらず、この相手に負けるのか? という相手に負けるそうです」


「まあ、センスが良くても気持ちで負けているということはあるだろう」


「剣技はそうなのですが、一番気になったのは魔法です。実はまだ公開されていない情報ですが、個人の属性分布にはある法則が発見されています。相反する属性との関数があり、どんな優秀な者でも、水と火、土と風などの対極にある魔法は得意な分野に魔力の放出量が偏ります」


「私でも偏りがあったわけだからな。つまり、ルーイは魔法でも手加減をしているか、もしくは珍しい特性になるか。どちらにせよ、注目に値するな」


「はい。本人は四男であることから、単に兄たちよりも目立ちたくないだけという可能性もありますが、優秀なことには変わりありません。リーガル様がこの者をそばにおいてもいいと考えるのであれば、うまく利用できる方法を考えます」


「ああ。そうしておいてくれ。これで事態の膠着を解決できるかもしれないな」


 こうして、ルーイの知らないところで物語は進む。


 ☆☆☆

「妥協案として、第三者の同行を求める。その人物はこちらが指名したい。同じクラスの、ルーイだ。公正な中立派だとみなした」


 突然の宣言に、僕もリーガルも驚く。発言したのはカイルだ。


「なぜに僕」


「好都合だ。私からも提案したいと考えていたからな」


 リーガルは驚いたものの、さすがに切り替えが早い。情報を飲み込み、自分のペースに持ち込もうとしているのか、油断ならない笑みを浮かべて僕を手招きする。


「ルーイ。こっちに来い。お前に同行を命じる。正式な書面は即刻用意させる。出発は本日。日が暮れる前にことを終わらせるので、場所が用意でき次第だ」


 展開が唐突すぎる。こんなの小説にしたら読者もついていけないだろ。


「あの、リーガル殿下。本日は観劇の予定がありまして」


「そんなもの却下に決まっている。国の今後が左右されるのだぞ」


「それにしても、唐突すぎます。準備なんてそんなすぐに……」


「リーガル殿下! 支度ができました!」


 わあ、仕事がハヤイ。


 あれは国のお役人かな? 何人か同じような制服に身を包んだ人たちが教室に小走りで入ってきた。手に結界に関する同行任命書みたいな何かを持っている人もいる。


「チョット展開が飲み込めないのですが」


「本来なら入学と同時に結界へ向かう手はずだったのだ。魔法の検査で優秀な人員を確保し次第、即動けるように準備は整っていた」


「な、なるほど」


 おしゃべりしている間にもあれよあれよと言う間に準備は整えられ、いつの間にか学園に来ていた馬車に乗せられて出発していた。


 確かに展開が遅すぎるとぼやいた僕だけど。国難なのに悠長だなとも思ってはいたけれど。


 でも、なんで僕?


 ☆☆☆

 リーガル殿下、殿下の付き人、カイル、そして僕。無言の気まずい空気漂う馬車の中。目的地到着は昼過ぎだそうだ。案外近い。


「ところで、なんでカイルは僕を指名したの?」


「……教室でも言ったが、お前がずっと中立だったからだ」


 そう言われて気づく。僕とピートは喧嘩を自分たちの席から観て(楽しんでいた)いたが、他のクラスメイトたちは徐々に殿下の側やカイル側に回っていた。実際動くことで立場を証明していたのだろう。


「でも、僕がいたところで殿下に対する立場は変わらないわけだろ?」


「俺自身も、あのまま対立していていいとは思っていなかった。リーガルに声をかけられてから、いろんな方法を探したさ。自分で何かできないか、ってな。でも、見つからなかった。民間人が被害に遭うのは嫌だ。でも、こいつに手を貸すのは俺の矜持が許さない。そんな中で妥協案を考えた。俺はリーガルに手を貸すんじゃない。お前に手を貸すんだ」


 なんという暴論。こじつけもいいところだろう。僕、いらないんじゃないかな?


「私もルーイには期待している。ことは、結界の魔力充填問題から大きく外れて、今や王侯貴族と平民との対立になっている。ルーイは貴族ではあるが平民にも分け隔てなく接しており、領民にも人気があるときく。そして今から行く場所にも連れていけるレベルの実力がある。だから、お前に来てもらった。私たちの見守る証人となるのだ」


 なんとなくわかってきた。これは、単に英雄的行為ではない。国を救うようなことをこれからするのだ。例えばリーガルが嘘をついて自分一人の功績を主張すれば、王族の力が強まる。その逆もまたしかり。


 監視役が必要だったのだろう。カイルもだからゴネていたのだ。なんなら、立場の弱いカイルは命の危機も危惧していただろう。


 僕は監視役じゃなくて観客がよかったんだけどな。


 ☆☆☆


 結界の魔力充填装置は、王都北西に広がる白樺の森の奥にあると言われた。途中までは道が整備されていたのだが、道がなくなってからは徒歩で行くようにと言われた。


 リーガル王子、付き人、カイル、僕の他に、国軍から数人精鋭が派遣され、僕らの前方と左右、そして一番うしろに配置されていた。


「王子様もいるんだし、もう少し軍人さんがいてもいいんじゃないの?」


 そうぼやく僕に、リーガルは横目で軽く睨みつけながらも答えてくれる。


「今は結界が安定していない。あまり大人数で森に入ると要らない刺激を与えることになる。これでも最大の、ギリギリの人数がこれだ」


 そう言われて、あとはもう黙って進むことにした。


 歩き始めて程なくした頃。壊れた祭壇のようなものと、その前に白い石畳のようなものが見えた。


「ここが、例の場所か」


 ややもったいぶった口調でリーガルがつぶやいたとき、


「殿下! お下がりください」


 焦った口調で軍人たちが前に出て、武器を構える。さすが剣と魔法の世界。彼らが構えるの武器は剣だった。


 構えた剣を向けた先には、魔獣が。獅子のような姿をしているが、身にまとう雰囲気には禍々しさが。おそらく魔力が一部可視化されているのだろう。


「なぜこんなところに……」


 誰かが口を開いた途端、魔獣のほうも口を開いた。その咆哮は、闇魔法を混ぜたものだった。





 一瞬の衝撃波の後。


 僕自身は瞬間的に防護の魔法を身にまとったので無事だったが、辺りは惨憺たる有様だった。


 軍人をはじめ、リーガルも、カイルも、みんな血だらけで倒れていたのだ。 


「……うわ、やば」


 僕の声は虚空に吸い込まれる。


 しんとした空気を割るように、かすかな足音が聞こえる。魔獣が一歩踏み出したのだ。


 ここでちょっと嬉しくなる。何故って、この世界で地味に生きていたのは目立ちたくなかったから。でも、ここはお誂え向きの場。思いっきり力を使える。


 せっかく異世界チートを貰ったんだから、思いっきり使う機会も欲しいと思ってたんだ。


 ちらっと見ると、みんな辛うじて呼吸はしている。でも、意識はない。ここは、通常人が足を踏み入れない地。つまり、やりたい放題。


 僕の笑顔におびえたのだろう、魔獣が一歩後ずさる。僕は思い切り、思いつく魔法を披露した。


 魔法の痕跡があるかもしれないけど、全部こいつのせいにしちゃえ。





 ☆☆☆

 全員に回復魔法と睡眠の魔法をかけたあと、屠った魔獣をどかして、結界のための魔力充填装置とやらを観察する。


「えっと、火の魔法をここへ。水の魔法をここへ。親切に説明が書いてあるな。うへ、スライムが中に入り込んでる。これが異常に充填魔法の減りが早かった理由か」


 観察してなんとなくわかったのは、一部が壊れた装置の中に、スライムが入り込み、魔力を吸収してしまっていたようだ。さらに、付近に住む魔物がそのスライムを何匹か食らい、凶暴化していたようだ。


 水の魔法の装置と火の魔法の装置を同時に充填する必要があるようなので、さくっと二つともに魔力を注入する。


 後でリーガルとカイルにやらせてもいいけれど、また僕も連れてこられたら面倒だから。


 とりあえずやれることはやったあとに、軍人さんの隊長を起こす。僕はいい具合にみんなの血がついていて、満身創痍に見えることだろう。


「隊長さん、起きてください。大変です」


 頭を押さえながら、隊長が起き上がってくれた。その後の彼の行動は素早く、すぐさま他の隊員をおこして事態の収拾にあたってくれた。


 いろいろ説明するのも面倒なので、僕はもう、気絶したふりをした。




 ☆☆☆


「僕は一番うしろだったから、一番被害が少なかったんです。うしろから見えていたのは、襲ってくる魔獣と、それに反撃するリーガルとカイル。魔獣の衝撃波を受けましたけど、彼らの魔法も魔獣に届いたようで、魔獣も同時に倒れました。僕も倒れそうでしたが、助けを呼ぶために必死で堪えました。そうしたら、祭壇から光が……」


 僕が説明するのを、なるほどと頷きながら聞く神官と、鷹揚に頷く国王。場所は謁見の間。


 僕の横には、胡散臭そうな目つきで僕を眺めるリーガルとカイル。


 二人には魔法を放った記憶はないと言われたが、必死での反撃だったからだろうと言ったら、事情聴取に来た別の軍人さんや神官たちなどは、すぐに納得してくれた。そのほうが何かと都合がいいということもあったのだろう。


 ちなみに充填した魔力は、スライムを吹き飛ばしたら意外と残ってましたってことで押し通した。


 こうして、手柄は二人に押し付け、やらかしは魔獣に押し付けた。


 僕は証人として、やるべきことはきちんと果たしたはず。リーガルもカイルも、僕にその立場を求めて連れてきているので、強く反論できないでいた。


 こうしてリーガルとカイルによる結界復活劇は、無事幕引きできた。


 異世界チートを貰ったけれど傍観者でいたい僕は、この先も自らの能力を全ふりして無能を演じていこうと思う。

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― 新着の感想 ―
謁見が終わった後でこの二人にそろって詰め寄られそうだなぁ。
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