迷子の少女4
「着いたぞ」
「ここは…………墓地?」
アレクが向かっていたのは、街の外れにある墓地だった。そこはたくさんの墓が並んでおり、気分を暗くさせてくる。
何故こんなところに連れてきたのか。その理由を考えると、一つの答えに辿り着く。
「まさか……」
「違う、そんなことじゃない」
しかし、その考えも口に出す前に否定された。意味が分からない、それ以外にどんな理由があってこんなところに連れてくるのか。
意味が分からなくてアリスの方をチラッと見たが、アリスもどういうことか分からなくて混乱している様子だった。
「本当にどう言う理由でここに連れてきたの?さっさと教えてよ」
そう言っても、アレクは何も言わず歩いていくだけだった。二人は混乱しながらもアレクについて行く。
そうして、しばらく歩いていると、前の方に墓の前で拝んでいる一人の女性がいた。
「お母さん…………?」
その女性を見てアリスが呟いていた。しかし、アリスも困惑している様子だった。娘とはぐれているはずなのに、墓参りの方を優先していたのだ。
二人は混乱して、その女性のことを見ることしかできなかった。
「やっぱりそういうことか」
「どういうこと?」
「あそこを見ろ」
――アリス――
そこの墓には何故かアリスの名前が書かれていた。
何故?ここにアリスは生きているのに。頭の中でどんどん疑問が湧き出してくる。しかし、どんなに考えても答えは出ない。
「一年くらい前の話なんだが」
混乱している様子を見て、アレクが説明し始めていたが、頭の中に全く入って来ない。
「貴族の馬車と子供がぶつかるって事故があって、偶然それを見たんだ」
「今まで忘れていたけど、アリスが母親とはぐれたことに気付いた場所はその事故が起きた場所なんだ」
「それで気付いたんだ、アリスがあの時の子供だってことを」
アレクの説明のおかげで母親を見つけることができなかった理由が分かった。一年前に死んでいるのならば母親は探しているはずがない。
「そんなことが…………ということは今ここにいるアリスちゃんは?」
「………………さあな」
怖かったが、それでも目を背けるわけにはいかず、アリスの方を見る。アリスはこの真実を知ったことで、血の気が引いた表情になっており、まるで死人のように見える。
実際にここにいるのは死人であり、霊のような状態で現世にしがみついている少女だから
「アリスちゃん…………」
何も言うことはできない。実はもう死んでいて、今は霊のような状態になっているなんて、もしわたしがアリスちゃんのような状態で慰めの言葉をもらったら、それは心の底から怒りが湧いてくるから。
わたしはどうすればいいんだろうか、アリスちゃんに何をすればいいんだろうか。
無言の時が進んでいく。気付いた時には日が暮れ、女性が墓の前から去っていた。しかし、誰も言葉を発しようとはしない。ただ、時間だけが過ぎていく。
「そうだったんだ。わたしはもう……」
その言葉に何も返すことはできない。どんな言葉を言っても、何を伝えたとしても、過去は変えることはできないから。
ミナはアリスを救うどころか何も言うことができない自分への無力感で打ちのめされ、拳を握りしめてうつむいている。
その時、ミナの両腕がアリスの手で包まれた。
「わたしは大丈夫だよ、気にしないで」
まだ子供のアリスが泣き叫んでいても可笑しくはない境遇で他人のことを気遣うことをするのがどれだけ大変なことか、それを理解してミナはアリスの方を見る。
「ごめんなさい、ずっと黙り込んでいて」
「謝らないで、誰だってアリスちゃんのような状態になったら混乱するよ!それにっ」
どうにかしてアリスをこのまま暮らしていけるようにしたい。そんなことは不可能だとわかっていたが、助けたくて、諦めきれなくて。
しかし、そんなことをアリスは望まなかった。
「いいよ、わたしは真実を受け入れることができたから。もうここまででいいんです」
その言葉は受け入れたくなかった。アリスのような子供がそんなことを言うべきではない。
だけど、時間はもうほとんど残っていなかった。
アリスの身体が薄れていく。今までは死んでいることを自覚していなかったからまだ現世にいることができていたが、もう自覚してしまったから本来いるべき場所に行こうとしているのだ。
「ごめんなさい、あれだけわたしに対してよくれたのにこんな結末で」
「そんなこと気にしないでっ!謝る必要なんてないよ!」
もう少しでアリスが行ってしまうことが分かり、目から涙が溢れ出てくる。いつまでたってもこういうことに慣れたりしない。
「アレクさんはわたしがこうなってしまうって分かってたんですよね。だから、残された時間で精一杯楽しませようとしてくれた。本当にありがとうございます」
「……………………」
アレクは涙を浮かべたり、表情を変えたりしないでずっと黙っていた。何を考えているのかわからないが、それでも何故か悲しんでいるような気がした。
「初めて会った時は怖い人だと思っていましたけど、アレクさんは案外思いやりがあって優しい人です。だから、他人を怖がらないでください。わたしが言うと説得力が無いかもしれませんけど」
「………………ああ」
そんなことを話しているうちに終わりの時間が近づいていた。アリスの身体から光の粒に変わり始めて星が輝いている夜空に昇っていく。
もうどうすることもできない。これがアリスとの別れだということがいやでも思い知らされた。
「ミナさん、アレクさん、そんな顔をしないでください。二人と一緒に居られて本当に楽しかったんですからもう心残りなんてありません。だから、感謝を伝えます」
――――ありがとうございました――――
そう伝えて、アリスは光の粒になって消えていった。