迷子の少女3
三人は街を歩き回っていた。しかし、アリスの母親を見つけるどころか、手がかりを掴む事すらできていない。それでも、三人は少しも諦めたりしなかった。
(それにしても、アレクは何で急にやる気を出したんだろう。屋台のおじさんが言っていた怖がりということと関係があるのかな?)
アレクの方を見て、そんなことを考える。なぜなら、アリスの母親が見つからないとすぐに諦めると予想していたが、実際はまだ諦めずに探しているからだ。
しかも、驚いたことはそれだけではない。今までは話しかけられた時にしか誰かと話すことをしなかったのに、今は自分からアリスに話しかけたりしているのだ。ミナには全く話しかけてこないのに。
(本当に何なの?あいつは。急にアリスちゃんに話しかけ始めて…………わたしには全く話しかけてこないのに)
ただし、ミナと全く話さないというわけではない。話しかけるとしっかり返事をしてくれるのだ。(しかし、態度は冷たい)なのに、話しかけたりはしてこない。それがさらにミナを腹立たせる。
しかも、アリスも最初よりも懐いている様子で、たまに笑い声をあげている時もあった。
(何でわたしは話しかけられないの。わたしが助けたんですけどー、屋台のおじさんに頼み事もされているんですけどー。それにアリスちゃんも笑ってるし、母親を探そうって言ったのも、焼き鳥をおごったのもわたしなんですけどー)
そのようにいじけてると急にアレクがミナの方を向いて話しかけてきた。
「さっきから何やってんだ。真面目にやれ」
キレそうになった。
*
(本当に何やってんだ?あいつは)
先ほどからよく分からない行動ばかりしているミナに対して、かなり困惑する。探そうと言い出したくせに自分とアリスの方ばかり見て、それを指摘したら今度は拗ね始める。本当に分からない。
(まあ、あいつのことは置いといて問題はこっちだ)
アレクはアリスの方を見る。一生懸命に母親を探しているが、その様子は未だに母親を見つけることができる気配が無くて不安になっているのを必死に耐えているように見えた。
(俺の予想があっているのなら、アリスはあの時の少女なんだろうが。…………これからどうするのが正解なんだ?)
アレクは考える。アレクには母親を見つけることができる方法を一つ思いついているが、その結果が良いものになるのか分からない。少なくとも、アリスには最後まで楽しんでいてほしい。
何故そう思うのか分からない。自分ができないことを他人に押し付けているのか、それとも今まで関りがあった人たちの代替えとしてアリスのことを扱っているのか。
(まあ、理由なんてどうでもいいや。俺が思ったことをしよう)
そんなことを考えて、アリスを楽しませることをしようとしたが、 予想もしていなかった問題があった。それは、今までアレクは人との関りがほとんどなかったせいで、どうすればアリスが楽しめるか分からなかったのだ。
(まずい、どうしよう。あいつらが死んだのっていつだっけ…………くそ、昔のことは覚えてねぇんだよ)
昔のことを思い出して人との接し方を思い出そうとしたが、昔のことだったせいで中々思い出せない。それは決してアレクの記憶力が無いのではなく、日々生きることで精一杯だったせいで記憶が掠れていたからだった。
そのことに特に悲しみなど無い。だけど、今思い出せないのはとても不便だった。昔の記憶の中にはアリスを楽しませることができるようなものもあったのかもしれないが、思い出せないならば意味は無い。
そう悩んでいると、視界の端にいじけて地面を蹴っている人がいる。その人ならばアリスを楽しませることができるように思えるが、頼ることがとても嫌だった。
(それでも、頼らないといけないよな)
アリスを楽しませるためならば、自分がミナに頭を下げても………………………………いい。
そのためには、まずミナに話しかけないといけない。しかし、これも難しいことだ。今までミナに対して自分から話しかけたことなんてほとんど無く、どう言えばいいのか全く分からない。
(頼みごとをするんだから丁寧に言うべきか?いや、そんなことをしても引かれるだけか………………めんどくさくなってきた、もういいや)
どのように話しかけるか考えていたが、めんどくさくなってしまい諦めていつも通り接することにした。
「おい、頼みがある」
*
「は?」
ミナは急に話しかけられて目を点のようにしている。実際、アレクから頼みごとをされるなんて予想もしておらず、今起きたことが信じられなかったのだ。
しかし、言い方のせいで素直に聞く気にならず、内容も聞かずに断ろうとした。
「いやだ」
「アリスのことだけど」
「………………」
それはずるだと思う。アレクの頼み事なら何であっても断ろうとしていたが、アリスちゃんに関わることなら断ることができるはずがない。そのせいで心の底から嫌ではあったが、アレクの頼みを聞かなく羽目になった。
「何?」
「夕方まででいい、母親を探すことよりアリスを楽しませることを優先してくれ」
それは、意味が分からない頼みだった。最初はアリスの母親を探すことをすぐに終わらせようとしていたはずなのに、今は夕方まで探さなくていいと言っているのだ。最初とは意見が反対になっていて、ミナが困惑するには当然のことだ。
「ダメに決まっているでしょ。不安になっているのはアリスちゃんだけではないんだよ、きっとお母さんも必死になって探しているんだから」
「その心配はしなくていい、母親を見つける手段には心当たりがある。そんなことよりアリスを楽しませることの方が大切だ」
さっきから何を言っているのか分からない。「母親を見つける手段に心当たりがある」なんて今まで聞いておらず、それがどういうものなのか知らないことに加えて、「母親を見つけるより楽しませる方が大切だ」という言葉の真意は全く予想できない。
しかし、何故アレクが急にそんなことを言い出したのか興味が湧いてきて、言われた通りアリスを楽しませることを優先しようとした。
「本当に母親を見つけることができるんだよね」
「ああ、何なら金を賭けてもいい」
「金持って無いでしょ………………いいよ、分かった。だけど、君にも手伝ってもらうからね」
*
アレクはアリスのことを喜ばす参考になると思い、ミナのことを観察する。そのことがこれからの人生に使えるのか分からないが、もう二度とミナに頼みごとをしないためにも、できるようにならなくてはいけなかった。
「ねぇねぇ、アリスちゃん。少し休憩しない?」
「え?」
「よし、休憩しよっか。決定」
「は、はい」
しかし、ミナも大概へたくそだった。だけど、人付き合いが一切無いアレクにはそれが正しいのか正しくないのか分からない。
まあ、アレクがした場合はこれとは比べ物にならないくらい酷いことになるので、参考にはなるのかもしれない。
「あそこに休憩できる場所があるし、そこで座って少し話そうよ」
そう言ってミナは二人を連れて、広場にあったベンチに座る。三人はアリスを中心にして座っていて、はたから見ると仲がいい三人の兄妹のように見えた。
「は、話すって言っても何を話せばいいんですか?お母さんを見つける手がかりになりそうなことは全部言いましたよ」
「違う違う、そうじゃない。これは休憩だからそんな話はしない、今からするのは雑談だよ。例えば、そこにいる怖いお兄さんの恥ずかしい話とか」
「ねぇよ、馬鹿女」
ミナがさっそく自分のことをいじり始めてきて、頼んだことを本当に後悔し始めた。それでも、アリスを楽しませるためなら仕方ないと思い、話に乗ることにした。ただし、言うのは自分ではない。
「そう言うのはまず自分から言うべきだろ」
「うっ、そうだけどさ………………恥ずかしいことって言いたくないじゃん」
「アリス、こんな人になるなよ」
「分かったから!言うから許して!」
アレクはアリスを使えばミナにある程度言うことをきかせることができることを学んだ。まあ、これから使うことは無いと思うが。
「えーと、あっ魔法を教えてくれた師匠とのことだけどいい?」
「いいですけど……」
急な話の展開に追いつけず、アリスはまだ戸惑っていたが、何とか話に付いていこうとしているようだった。何とか手助けしたいと思ってはいるが、人と話したことが余りなくて何を言えばいいか分からず、ただ話を聞くことしかできない。
(それに……魔法の師匠ってのも気になるし。他人の行動を縛ることができる魔法を教えるなんて絶対にまともな人間じゃないだろ)
自分が盗みで生きていることを棚に上げてそんなことを考えていた。
「あれは確か…………数年前のことなんだけど、あっわたしと魔法の師匠の出会いは……」
「そんなのいいから続きを話せ、話を逸らそうとするな」
ミナが自分の恥ずかしい過去を知られたくなくて何とか話を逸らそうとしていることを察し、アレクはため息を吐きながら話を元に戻す。
ミナはそのことに少し怒っていそうだったが、アリスも少し呆れたような目でミナを見ていることに気付き、気を引き締めて恥ずかしい過去の話について話し出す。
「ごほん…………あの時はわたしも若くてね、いわゆる反抗期ってやつなのかな。師匠に対していたずらを仕掛けたんだよ」
「それってどんないたずら何ですか?」
「それは……その……、寝ている時にバケツの水を掛けたり、後は飲み水の中に大量の塩を入れたり…………背後から火が付いている薪を投げたり……」
ミナが恥ずかしそうに目を逸らして言っていたが、その内容に二人とも心の底から引いて、ミナから離れようとした。水を掛けたり、塩を入れることはまだわかるが(塩という貴重なものをいたずらに使っていることには目を逸らす)火が付いた薪を後ろから投げるのは、一線を大幅に超えていた。
「アリス……本当にこんな人のようになるなよ」
「は、はい。わたしもそう思います」
「待って!引かないで!あの時は本当に若かっただけだから!」
そんなことを言っているが、全く信用ができず、二人は人間の怖さを理解できた。
「まず師匠に怒られなかったのか?」
「もちろん怒られたよ。木に縛り付けられて下から炙られた」
「「えぇぇ……」」
弟子も弟子だが師匠も師匠だ。こんな化け物が誕生した原因が師匠にもあるように感じ、さっきまで同情していたが、もう同情しようとは思えなかった。
「そもそも、なんでそんないたずらをしようと思ったんだよ。限度ってもんがあるだろ」
「あの時は師匠のことが本当に嫌いだったからねぇ。毎日毎日大変な魔法の練習をさせられるし、逃げ出そうとしても逃げることができるところなんてどこにもなかったからずっと師匠といなければならなかったし」
その時のミナの目には懐かしさと嬉しさ、そして若干の後悔の色が浮かんでいたが、そのことについて尋ねることができるような雰囲気ではなく、尋ねることができない。
そんなことを考えているとミナが自分の方を見て、口を開いた。
「次は君の番だよ、わたしはしっかり言ったから逃げないでよ」
次に恥ずかしい過去を言うのは自分らしい。しかし、そんな記憶なくて、何も言うことができず、無言の時間が過ぎていく。
「ねーねー、早く言いなよー。アリスちゃんも待ってるよー」
ミナが煽ってくるが、恥ずかしい過去が無いため何も言えない。過去にあったことといえば、物を盗んだ時の逃走劇くらいしかなく、面白いものなど無い。
一応、一緒に頑張って生きていた人たちが死んだときの記憶はあるが、さすがにこの話題にはあっていないことは分かっており、言おうとはしない。
「無いんだよ、本当に。それとも子供の時に死にかけた話でもしたらいいのか?」
「それは言わなくていいよ、アリスちゃんに悪影響を与えそう。それなら、特技とか無い?なんか場を盛り上げるようなことをしてよ」
ミナがそんなことを言ってくる。しかし、思い当たる節が無くて「そんなものは無い」と言おうとしたが、アリスが少し期待したような目で見てくることに気付き、何も言うことができなかった。
(特技か、そんなもんあるか?あっ、あれは特技かもいれないな)
「少し硬貨を貸してくれないか?」
「別にいいけど、何に使うの?」
「ちょっとな」
そう言って受けとった硬貨を観察して右手で握り、両手を二人の前にさしだした。
「どっちの手で硬貨を持っていると思う?」
「え、右手なんじゃ……」
「右手に決まってんでしょ」
二人ともその質問には右手で持っていると即答していた。しかし、アレクが右手を開くとそこには硬貨が無く、左手を開くとそこにはさっきまで右手で持っていたはずの硬貨があった。
「え?何が起こったんですか?」
アリスがとても驚いた様子で、何が起こったのか聞いてくる。その様子を見て、ミナより楽しませることができたと確信していた。
「ただ単に、硬貨を握るときに目で見えないほどの速さで弾いただけ。練習すれば誰だってできる」
「練習って……それができるのに数年かかりそうなんだけど」
アリスとは違い、ミナは心の底から引いた様子でアレクを見ていた。その理由はまだ理解できる。この技を習得するのにとても苦労したからだ。
「しかも、それって役に立たないでしょ。なんで習得したの?」
「いや、結構役に立つぞ」
「本当?例えばどんな時に?」
「捕まった時に顔にぶつけたら逃げることができる」
「…………」
その時のことを思い出す。あの時はまだ子供で何度も捕まっていたが、この方法で逃げることができ、殴られずにすんだことがたくさんある。
そんなことを思い出していると、ミナは呆れて頭を抱えていた。何が悪かったんだろう。
「アリスちゃん、こんな人にならないでよ」
「ははは……」
アリスは手伝ってくれている二人が尊敬できないところがあることに気付き、引き攣った笑みを浮かべていた。まあ、ミナはともかくアレクについては最初から分かっていたことだが。
「そんなことより、次はアリスだぞ」
「えっ⁉」
「そうそう、アリスちゃんの恥ずかしい過去を聞きたいな」
「えっ⁉」
急な展開にアリスは戸惑っていて、何とか言わないで済む方法を探すが、とっくに外堀は埋まっており言わざるを得なかった。
いつもいがみ合ってばかりなのに、こんな時に限って息が合う二人に呆れながら、アリスは自分の恥ずかしい過去を言おうとする。
「もっと前の話なんですけど、月がわたしのことを追ってきてるって勘違いしていたことがあるんですよ」
「え?」
「ほら、月が出ている時に歩いているとついてくるって思いませんか?」
「ふふっ、はははは」
予想していたことよりもかわいい話を言われて、面白くなりミナは腹を抱えて笑い始めていた。そのせいでアリスは顔を真っ赤にしていたが、その姿もさらに笑わせるだけだった。
「もう知りません!」
「ごめんって。でも、面白かった仕方ないよ、君もそう思うでしょ」
そう言ってミナはアレクの方を見る。しかし、そこには目を見開いて固まっているアレクがいた。
「え?どうしたの?」
「いや、月ってついてこないのか?」
「は?今までそう思ってたってこと?」
「ああ」
信じられないことに、アレクは今まで月がついてくると思っていたのだ。アリスでさえ知っていたのに。
ミナは腹を抱えて笑い始める。恥ずかしい過去なんてないって言っていたくせに、こんな勘違いをしていたなんて。
「ははっ、確かに恥ずかしい過去なんて無いね。だって恥ずかしい現在なんだから」
「お前な……喧嘩売ってんのか」
「事実しか言ってませんー。それを挑発を売ってるって勘違いするのは自意識過剰じゃない?あ、仕方ないか。だって今まで月がついてくるなんて思ってたんだから」
「やっぱ喧嘩売ってんだろ!」
やはり喧嘩を始めた二人を見て、アリスは呆れている様子だったが、それでも小さな声で笑っていた。
だけど、喧嘩をしている二人にはそれに気付くことができない。そんな感じで楽しんで話していた。
アレクは久しぶりに心の底から楽しみ、ミナは悩みを忘れ、アリスは不安を紛らわすことができていた。
そして、時間が経ち夕方になってくる。
「もうそろそろ、お母さんを探し始めないと。本当に見つけることができるんだよね」
「ああ」
「それじゃ、行こっか」