迷子の少女1
「何なんだ、あいつは?」
アレクは建物の前でじっと待っていた。何故そうしていたかと言うと、目的地に着いた瞬間、ミナが「ちょっと待ってて」と言って、一人で建物の中に入って行ったからだ。
アレクは嫌な目で見られることには慣れている。だから、この建物の前にいるせいで、たくさんの冷たい目線を浴びることは気にしていない。
だけど、付いてこいと言われたのにもかかわらず、ここで待っとけと言われることには腹を立てていた。
「そもそも、この建物は何だ?旅に付いてこいとは言われたが、買い物に付いてこいとはいわれてねぇぞ。もしかしてアイツにとって買い物が旅なのか?」
いつまで立っても出てこないミナに対して腹を立てていると、やっとミナが建物から出てきて、その右腕には物に入った時には持っていなかったはずの布みたいなものを手に持っていた。
「ごめんごめん、待った?」
「ああ、何してたんだ、お前は」
さんざん待たされたことに対する抗議の視線をミナに送る。それに気づいたミナは申し訳なさそうな顔をしながら、手に持っていたものをアレクに見せた。
「ごめんって、実はさっきまで君の新しい服を買ってたんだよ」
その服は今まで着ていた服とは違い、破れているところなど存在せず、まだほどけているところすらも存在しなかった。
アレクは今まで新品の服を着たことは無く、それにどんな価値があるのか理解していない。
「そんなもん買う必要なんてないだろ、そんな金があるんなら飯でも買っとけ」
だから、そんなことを言っていた。服を買ってくれたミナに感謝を伝えることをせず、それどころか「必要ない」という酷い言葉を言っていた。
それは服の価値を理解していないだけでなく、アレクが生まれてから一度も他人からの無償の善意を受けたことが無くて、そのことに対してどんな反応をすればいいのか分からなかったからなのかもしれない。
でも、そんな言葉を受けてもミナは怒ることなどしなかった。そもそも、アレクが服を買ったことに対して感謝するとは少しも思っていなかったからだ。
「ご飯ぐらいならいつでも手に入れることができるから。そんなことより着替えてきて、店の中は使えないって言われたから、あそこにある路地裏とかで」
この時のアレクは気づかない。ミナが店から出てくるのが遅くなった理由が、アレクが店の着替え室を使うことをできるようにするために抗議していたからだったことに。
その時にどれだけ苦労したのか、そして結局は店から追い出されることになったことも、まだ理解できない。
「はあ、分かったよ。着替えたらいいんだろ」
今は自分がミナにどれだけの苦労をさせているのか、全く分からない。
今はまだ。
*
「着替え終わったぞ、これでいいのか?」
路地裏で着替え終えて、アレクはミナが待っている場所に戻る。
「お、似合ってるじゃん。着替え終えた事だし、さっさと出発しよっか」
そんな事を言って二人が出発しようとした時だった。
一人の少女がアレクの身体にぶつかってきた。
「あ?」
アレクはぶつかってきた少女のことを睨みつける。アレクがいた場所は道の真ん中とかではなく、しっかりと端に寄っていて、明らかにぶつかってきた少女の方が悪かったからだ。
まあ、実際はそんなことは関係なく、ただ自分にぶつかってきたことに対して腹が立ったからなのかもしれないが。
「ストップ。何もしないで」
ミナはアレクを止める。このままほおっておくと、少女に対して何をするか分からなかったからだ。
今までのことから予想すると、少女を蹴ったりする可能性があり、それは止めなくてはならないと思ったからだ。
「まだ何もしてねぇだろ、いちいち魔法を使うな」
「信用されたいなら普段の行動を反省しなさい。……ねぇ、君。大丈夫?怪我は無い?」
ミナは優しくぶつかってきた少女に声を掛ける。アレクが睨んだせいで怖がっているように見え、できるだけ優しく接することで安心させようとする。
すると、怯えていた少女はミナのおかげで安心していき、おびえた様子はすっかり消えて頭を下げてきた。
「ぶつかってごめんなさい」
「謝罪の言葉で俺になんの得があるんだよ」
「君は黙っといて」
「痛っ!」
ミナはアレクの足を踏んで黙らせる。そして、相変わらず相手のことを考えない発言に呆れながら少女の方を向いて、声を掛ける。
「この野蛮人がごめんね。この人のことなんて気にしないでいいから頭を下げないでいいよ。それより怪我は無い?」
「喧嘩売ってんの?」
「うるさい。――ああ、怪我をしてたらしっかり言ってね。わたしは傷を治すことができるから」
「で、でも…………」
「遠慮しなくてもいいから」
ミナは優しく少女の頭を撫でながら身体に傷が無いか確認していく。見た感じは傷ができている様子は無く、服の下など見えないところが傷ついていない限り、無傷で済んでいる様子だった。
「だ、大丈夫です。痛いところなんてありません」
「そっか、傷が無くてよかったよ。でも、次からは気を付けるんだよ、今度は怪我をするかもしれないし、こんな人のようにぶつかった人が怖い人かもしれないんだから」
ミナはアレクの方に指をさし、そんなことを言っていた。その言葉に自分への非難も含まれていることに気付いたアレクは顔をしかめて言い返した。
「ぶつかってきた方が悪いんだからいいだろ」
「そういうことでは無いんだけどね。はぁ、こんな奴のいうことなんて気にしないでいいから。それより何で走っていたの?」
少女に走っていた理由を聞く。この道は一通りが多く、走っているとまた人にぶつかる可能性が高いから、走ることをやめさせないといけないと思ったからだ。
「そ、それはお母さんと逸れてしまったからなんです。いくら探しても見つからなくて…………」
「つまり、迷子ってことか。それならわたしたちも一緒にお母さんを探すよ」
ミナは少女が走っていた理由を聞き、それを手伝うことに決めた。しかし、そのことに対して否定的な意見をいう人だっている。
「おい、旅に付いて来いって言っていたくせに、いつになったら出発するんだよ」
やはり、このことに対して文句を言ってくる。
「あのね、困っている人いたら助けるの。わたしは」
「そんなことをして何になるんだよ」
「それをいうなら君だって…………いや、何でも無い」
ミナは「わたしが助けていなければ死んでいたでしょ」と続けているところだったが、アレクはそうなっても良いという考えをしていることを思い出して、口に出すことをやめた。
「何だ?」
「何でもない。でも、わたしに借りがあるんだから言うこと聞いて」
「はいはい、わかったよ」
借りのことを言うとアレクはすぐに引き下がった。案外話が通じるのか、それとも魔法のせいで抵抗しても無駄だと思っているのか、それはわからない。
(まあ、この魔法は動きを止めるだけで無理矢理付いて来させることはできないんだけどね……)
そんなことは置いておき、少女の方に向く。
「君の名前は?」
「アリス」
「アリスちゃん、一緒にお母さんを探そっか」