少女と竜1
数週間後
アレクはリーネ達と暮らしていた街から出るところだった。この数週間の間でミナの一緒に旅をしていた時の記憶は集めきることができた。累石は近くにミナのことを覚えている人がいるだけで記憶を集めてくれるので、簡単に集めることができたいたのだ。
しかし、ここからは違う。ここから先はミナが誰と出会っていたのかもわからず、どんな旅路を通っていたのかもわからない。ミナのことを忘れてしまっている人だっているだろう。
だけど、ミナのことを救うと誓ったのだ。こんなことで諦めたりはしない。
アレクは累石に従いながら道を歩いていた。錯覚なのかもしれないが、累石を持っていると何処に向かうべきなのか教えてくれているように思えるのだ。だから、迷うことなく前に進むことができている。
「それにしても、どれだけ集めたらいいんだろうか?」
アレクは疑問に思っていた。アラディアは記憶を集めたらいいと言っていたが、どれだけ集めたらいいのか教えてくれなかったからだ。どんなに多くても諦めるつもりは無いが、それくらいは教えてくれたも良かったのではないか。
まぁ、いまさらそんなことを考えたところで何も変わらないが。
そうして歩いていると、ミナはとある家が見えてきた。そこには大きな庭があり、何かを飼っているように見える。そして、累石がアレクをそこに導いていた。
「もしかして、あそこに向かっているのか?」
累石に尋ねてみるが、何も返ってこない。当然だ、累石には返事をする機能など無く、ただ記憶を集めることしかできないのだから。この様子を見るとアラディアは大笑いするだろうなとアレクは思いながら目の前にある家に近づいていた。
本来ならこのくらい近づいていれば累石に記憶が溜まっていくのだが、そうなっていないということはアラディアが言っていた通りミナのことを所々忘れてしまっているのかもしれない。もし、そうなっているのだとしたらどうやって思い出させればいいのだろうか?アレクは不安になりながら近づいていた。
コンコンコン
アレクは家のドアをノックする。すると、中から一人の少女が顔を出してきた。
「何のようですか?」
「俺はミナという人物の知り合いを探しているんだが、君は知っているか?」
「えっ、ミナさんですか!知ってますよ!本当にお世話になりました」
(ミナを知っている?どういうことだ?それならばこの累石が記憶を集めてくれるはずなのに、なぜ起動しない?)
アレクは累石が記憶を集めてくれないことに疑問を持つ。ミナの記憶を持つ人から記憶を採取しないのは初めてのことであり、少し狼狽えていた。
「お兄さん、家の中でミナさんの話をしませんか?」
「あ、ああ、分かったよ」
少女はそんなアレクの様子に気付いておらず、ミナについての話ができる思い、喜んでアレクを家の中に招き入れる。その様子からこの少女がどれだけミナのことを尊敬しているのか分かり、アレクは少し嬉しくなっていた。
目の前にいる少女が茶を沸かしている。マリアさんやアラディアは魔法を使って茶を沸かすので、きちんと器具を使って茶を沸かす光景は新鮮だった。
「粗茶ですがどうぞ」
「ありがとう。なぁ、ミナとはどんな関係だったんだ?」
「数日間程度の関係なんですけどね、ミナさんが旅の途中でこの家に立ち寄っていろんなことを助けてくれたんですよ」
「へぇ、アイツらしいな」
「はい!そうなんですよ!ミナさんはとても優しくて、思いやりがあって、困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる人なんですよ!」
二人はミナのことについて話し続けていった。ミナについて話すことはアラディアと話した時以来であり、アレクはミナのことをしっかり理解している人がいることにとても喜び、その会話を楽しんでいた。
「あれ?一緒に旅をしていたんなら今は何で一人なんですか?」
一瞬、息を呑む。この少女にミナが消えてしまったという辛い現実を話してもいいのか。でも、ミナを救うために協力してもらわないといけないから、話さないといけない。アレクは心が痛んだものの、少女にミナが消えてしまったことを正直に話すことにした。
少女はその話を聞いていくたびに目に涙を受かべ、今にも泣きだしそうになっていたが、必死に耐えて最後まで聞こうとしていた。
その姿を見て、アレクは尊敬のような気持ちを覚えた。まだ子供のはずなのにこんな辛い話に耐えているその姿は尊敬するに値するものだったからだ。
「それで……ミナさんを救う方法ってのは」
「ああ、細かい理屈は省くがこの累石というものが周りから記憶を集めることによってミナが復活するらしい。だけど、何故か君からは記憶を読み取ってくれないんだ」
「なんで……あっ、もしかして!」
「心当たりがあるのか?」
記憶を読み取ることができていないことを話すと、少女は一瞬疑問を抱いた様子だったが、すぐに原因が分かったような言葉を発していた。一体、その原因は何なのだろうか。少しも予想できない。
すると、少女は立ち上がって外に向かって歩き出した。
「どこにいくんだ?」
「ついてきてください。原因がわかりましたから」
アレクはその言葉に驚き、急いで少女の後を追っていく。少女は家を出た後、すぐに庭の方に行って空に向かって何かを呼び掛けていた。しかし、空には何もいないため少女の行動の意図が分からない。
「おーい、リューこっちに来て」
(何をしているんだ?)
しばらくすると、何かが近づいてくるような気配がした。身体が縮められるような圧倒的な威圧感、アラディアと出会った時を思いだす。そして、太陽が何かに隠され、周りが暗くなっていった。
ソレは今までに見たことが無いほど大きい生物だった。ルークの杖を盗んだ大鳥とは比べ物にならない。緑色の鱗に二対の大きな翼を持った生物、すなわち竜だ。この家に近づいた時に大きな庭があることに気付いたが、その庭は竜を飼うための物だったのだ。
(竜の名前がリューって、安直すぎるだろ)
目の前の光景を信じることができず、アレクはどうでもいいことを考えて現実逃避しようとしていた。だけど、その竜がこちらの方を見ていて、強制的に現実に戻される。
ある意味、あの魔女より厄介な相手だ。力量はどちらが上なのか分からないが、魔女はまだ言葉が通じる為、生き残ることができる可能性は少なからず存在する。しかし、この竜は言葉が通じるかどうかも分からず、もし殺されそうになったら生き残る手段が存在しない。
「お兄さん、こちらがあたしの友達のリューです」
「友達……?」
「はい!二ヶ月くらい前に仲良くなったんですよ!」
「二ヶ月……」
アレクは二ヶ月という言葉に思い当たるところがあり、思考を回し始めた。ミナと一緒に旅をした時間、そして、アラディアのところからここまで来るのに掛かった時間、それらを合わせると二ヶ月くらいになる。
つまり、この少女と竜が仲良くなった時にミナがいた可能性はかなり高い。そして、お世話になったという言葉から、それにミナが関わっているということが予測できる。
「つまり、集めなければならないミナの記憶にはこの竜の記憶も含まれているっていう事か?」
「はい……そう思ったですけど……石に変化ありませんね」
「ああ、そうだな……」
「リュー、もしかしてミナさんのことを忘れちゃった?」
「グォ?グォォォー」
何を言っているのか分からない。だけど、少女に はリューが何を言っているのか分かっている様子であり、アレクは心の底から二人の関係が理解できなかった。
絆が有れば言葉が通じなくても意思疎通をする事ができるのか?さっぱり分からない。
「リューはなんて言っているんだ?」
「んー、ミナさんの姿は覚えているんですけど、何をしてくれたかは覚えていないって言っています。ミナさんは餌とかを集めてくれたんですけどね」
なるほど、そういう状態なのか。アラディアは思い出させろと言っていたが、どうすれば良いんだろうか?いや、待てよ。餌を集めたって言っていたよな。
「なぁ、その餌はまだ残っているのか?」
「それは……ある日突然消えてしまったんです。リューも食べてないって言っていて、盗まれた形跡もないんですけどね」
やはり、そういう事だったのか。夢幻病というものは存在が消えてしまい病気であり、消える対象は服などの物質も含まれている。つまり、ミナの集めた餌までも消えてしまったと言う事であり、そのせいで竜はミナが何をしてくれたのか思い出せなくなってしまったのだ。
この理論の前提には竜の記憶力が人間に比べてると低いということがあるが、それ以外の理由が予想できないので、この仮説を信じて動くしかない。
(記憶を思い出させる……か。切っ掛けを与えることができれば思い出すのかな?)
「分かった。それなら思い出させるために餌を集めるか」
「えっ、良いんですか?大変ですよ」
「ミナを生き返らせるためだ。仕方がない」
そうだ。俺はミナを救うと誓ったのだ。手段を選んでいる場合じゃない。
「分かりました、協力します。あたしはリファと言うのでこれからよろしくお願いします」
「ああ、俺はアレクという。これからよろしく」
これから二人の共同作業が始まる。しかし、それがどれだけ大変なことなのか、この時まだ理解していなかった。