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「ぜぇ……ぜぇ……、ふざけんな馬鹿女」

「それはこっちのセリフよ……野蛮人。そもそも……わたしにはミナって名前があんのよ……馬鹿女じゃない」

「それは俺もだ……アレクって名前があんだよ……野蛮人じゃねぇ」


 二人はしばらく喧嘩をした後に、息も絶え絶えの状態で自己紹介をしていた。喧嘩の内容はアレクが怪我が治ってから少ししか立っていないことから、互いに暴力などを振るわず、暴言を言っていただけだった。


「そもそも何?『ここはどこだ?』は分かるけど、『これはなんだ』ってのは何なの?ここに変なものは無いでしょ」

「は?この柔らかいもんに決まってんだろ。こんなもん見たことねえよ」


 アレクは座っているものに対して指を刺して、ミナに問いかけた。

 その言葉を聞いたミナは心の底から理解できない様子でアレクに質問をする。


「それってベットのこと?今、君が座っている物なんだけど」

「へぇ、これって『ベット』って言うのか。ここなら気持ちよく寝られそうだ。まぁ、慣れないだろうけど」


 そんなアレクの様子を見て、ミナはアレクがどんな暮らしをしていたか、そして何故怪我をしていたのか理解していく。


「君が怪我をした理由って物を盗んだから?怪我に武器を使われた形跡が無いから商人からかな?」

「知るかよ。建物の中にあった高そうな石を盗っただけだ。誰からなんて知るわけねぇだろ。」

「何でそんなことしたの?」


 ミナはアレクが宝石を盗んだことを知って、何故そのようなことをしたのか気になり、理由を尋ねる。


「そんなもん、金にしてまともな食べ物を買うために決まってんだろ。それ以外にどんな理由があるってんだ」

「……その食べ物って普通の店で売っているものだよね。それくらいなら仕事でもして金を稼いで買ったらよくない?」


 アレクの口振りからまともな食べ物が贅沢な物ではなく、簡単に買える物のことを指していることに気付いたミナは「盗みではなく金を稼いで手に入れようとしたら暴力を振るわれて怪我をすることがないのに」と思って仕事をすることを提案していた。

 だけど、すぐにそんな考えが甘かったことに気付かされる。


「はぁ?仕事?そんなんできるわけねぇだろ、何度追い返されたと思ってんだ。俺みたいなやつを雇うもの好きがいたら見てみたいぜ」


 それはミナが少しも予想していなかったことだった。確かにアレクは乱暴な性格をしていて、しかも服は所々破れていてみすぼらしいと思う人もいるかもしれないが、それでもできることはあると思っていたからだ。


「ああいうやつらは理屈じゃなくて感情で動いてくる。俺らのことを見下して何もできないと思っているし、それに一緒の空間にいると吐き気がするんだと」

「そんなことが本当にあるの?」

「嘘をついたら飯が食えるのか?そんなことするわけねぇよ」


 その言葉が嘘ではないことなんて理解できている。しかし、そんなことをする人間が存在することを受け入れることは難しい。

 だけど、それは事実なのだ。そうでなければアレクはこんな生き方をしていない。


「そんなことよりもういいか、怪我を治してくれたことには感謝するけど払えるものなんて何もないし、もういいだろ」

「ちょ、ちょっと待って。これからどうするつもりなの?」


 アレクがベットから起き上がり、部屋の外に出ようとしているのを見て、ミナは慌てて引き止める。アレクがどうやってこれから生きるのかなんて一つしか考えられない。

 だけど、そんなことを認めたくない。ミナが見つけた時には死にかけている状態であり、これからもその方法で生きていくならば、今度こそは誰にも助けられずに死んでしまう可能性があったからだ。


「そんなもんいつも通り盗むしかないだろ。ああ、憲兵に言うのか、それでも別にいいぞ。憲兵みたいな武器を持っているせいで動きがのろい奴なんかに捕まるなんてことはねぇから」

「でも!さっき死にかけてたんだよ!そんな生き方ではいつか本当に死んじゃうよ!」

「別にお前が気にすることでもないし、それに死んだとしてもそれはそれでいい。俺は何となく生きているだけなんだ、特に理由なんてないし、楽しいと思ったことすらねぇ。死んだところで何も変わんねぇよ」


 それはミナにとって少しも許容できない言葉だった。限られた時間しか生きることができないミナには、その言葉は本当に許せない。

 だから、ミナはとあることを決心した。そのことのおかげでアレクが生きていく理由が見つかるとは限らないし、それが楽しいなんて思わないかもしれない。しかし、少しでも考えを変えることができる可能性があるのなら、それをしない理由なんてない。


「待って、わたしに助けられたんだから一つぐらいお願いを聞いて」

「あ?別にいいけど、できることなんて盗みぐらいしかねぇぞ」

「言質は取ったからね。わたしのお願いはこれからの旅に付いてきてほしいの。別に暇なんだからいいでしょ」

「は?旅?そんなもん無理に決まってんだろ!俺は一度もこの街から出たことはねぇし、それにこの街にどうやって帰ってきたらいいんだよ!」

「あれぇ?さっきいいって言ってたのに言うことを聞かないんだ。自分の発言に少しも責任を持たないなんてやっぱし君は野蛮人なんだね」


 ミナはできるだけ見る人の気に障るような笑顔でアレクを嘲笑しながら、そんなことを言っていた。アレクの生き方を変えるためにはどれだけ嫌われてもいいから、考えられる手段全てを使って旅に付いてくることを認めさせようとする。


「この馬鹿女っ、ああ分かったよ!付いていけばいいんだろ!やってやるよ!」


 アレクはミナの挑発に簡単に乗っていた。もしかしたらミナの言葉がわざと怒らせて旅に付いてこさせようとした言葉だったことを理解していたのかもしれないが、それでも馬鹿にされたことが我慢できなかったのかもしれない。

 それでも、結果は変わらない。アレクはミナにこれから付いていくことになった。


(これでいい、絶対に死んでもいいなんて言わせないから覚悟しといて)


 覚悟を決める。何があっても許せない言葉を、もう二度と言わせないために。

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