残り少ししか生きられない老婆1
数週間後
二人はルークと別れてからも旅を続けていた。その中では相変わらず喧嘩や人助けをしていた。
また、たくさんの人との出会いと別れでアレク達は少し成長していた。アレクは常識を少し理解し始めていたし、ミナは今まで知らなかったことについて詳しくなっていった。
そして、二人は今ある町から出ようとしていた。その町では商売の手伝いをしていて、金を稼ぐ大変さを理解していった。まあ、アレクにとっては物を盗んで暮らしていた時の方が大変ではあったが。
とは言え、そんなことを口に出したらミナに怒られることなんてとっくの前から分かっていたため口に出しことは無かったのだが。
「盗んでいた時の方が大変だったとか考えないでよ」
そして、考えていることをいくら隠そうとしても見破られてしまうことも分かっていたが。
何で考えていることを見破ることができるんだ?魔法のおかげかと思い一回聞いてみたが、そんなことは無くただの特技だと返ってきた。どんな特技だよ。
そうして歩いていると町のはずれに一つの家があることを見つけた。それだけなら何回か見たことはあるのだが、その家は町から追い出されたようにぽつんと建っていて、どこか寂しさのようなものを感じさせてくる。
「あれ?何であんなところに家があるんだろう」
ミナもその家に気付いて、アレクに疑問を投げかけてくる。しかし、アレクもその答えが全く予想することができず、何も答えることができない。
また、その家には生活している跡が少なく、本当に人が住んでいるのか怪しかった。もし、人が住んでいるのならどうやって暮らしているのだろうか。どのような気持ちで生きているのだろうか。
そんなことを考えていると、ミナがその家に近づいて行く。
「ちょ、ちょっと待てよ。あの家に行くのか?」
「そうだけど……アレクはあの家に住んでいる人について気にならないの?」
「そりゃ気になるけどさ」
「それなら行こっか」
そうしてミナはアレクの片腕を掴み、強制的にあの家の方に近づいて行く。アレクは別にあの家に行きたくないわけでは無いが、そこに行くとめんどくさいことになるような予感がして気が進まない。
「たのもー」
ミナが家のドアをノックしながらそんなことを言っていた。
そして、しばらくすると中からかなり歳をとった老婆が出てきた。その老婆は二人を見ると目を丸くして驚いていた。
「あら、どうしてこんなところに来たの?」
「わたしたちは旅をしているんですけど、何故こんなところに家があるか気になったんです」
ミナが正直に家に訪ねた理由を言う。そのことを聞いて、老婆は納得したように頷いていた。
「ああ、なるほどね。それならウチの家でお茶でも飲まないかい?説明するよ」
そう言って老婆は二人を家の中に招き入れた。家の中には物が必要最低限しか置いておらず、家の外側と同じように生活感が無かった。
数週間前ならばこの様子を見て、盗める物は何も無いなと落胆していただろうが、今はそんなことは思わない。何故ならそんなことを思う前にミナが無言で足を踏んでくるからだ。まだ盗みのことを考えていないのに。
「はい、どうぞ」
老婆が茶を差し出してくる。しかし、二人はそれを飲むどころではなかった。今、いったいどこから茶を出してきたんだ?茶を沸かしている様子もなかったし、そもそも茶を沸かす器具がこの家には無かった。
(おい、見えたか?茶を出した瞬間を)
(アレクも見えなかったの⁉︎こういうのはアレクの得意分野だと思っていたんだけど)
それもそうだ。物を盗んで暮らしてきたアレクは人の動きを見る事が癖になっていて、老婆くらいならどんな行動をしたとしても、前もって気づけるはずだ。
しかし、実際に気付くことはできなかった。何故なのか、それは一つしか考えられない。アレクが今まで知らなかったこと、つまり魔法だ。それしか考えられない。
「あら、そういえばそうだったね。初めて会う人はこれに驚くんだった。ここ最近人と会っていないせいで忘れてたよ」
二人の驚いている様子を見て、老婆は自分がしていることはおかしいことだったことを思い出した様子だった。ここ最近人と会っていないと言っているが、ここ最近どころでは無いと思う。
「お茶を沸かす魔法が使えるんだよ。だから、何も無いところからお茶出てきたように見えるんだ」
「他にもそんな魔法を使えるんですか?この家の生活感がほとんどありませんし」
「そうだね。掃除を魔法とか料理をする魔法とか………後は物を動かす魔法とか」
「………………そんなことに魔法を使うのか」
老婆の話を聞いて、アレクの魔法のイメージが崩れていきそうになっていた。アレクにとって魔法とは、すごい事をするために使う物であり、こんなことに使う物では無いイメージだったからだ。
「そんなこと言わない、それにすごい事なんだよ。日常生活に魔法を使うのはかなりの技術が必要で、並大抵の人にはできないことなんだから」
「へー」
「興味なさそうな返事……」
かなりの技術が必要と言われても、魔法を使うことができないアレクにはそれがどれほど凄いことか実感できない。
それにしても、そんな魔法が使うことができる人が何でここに住んでいるのだろうか。ルークの場合は仕事から逃げているだけだったが、この老婆はここに定住しているように見えるため、ルークと同じ理由には見えなかった。
まあ、ルークのような奴なんて複数人もいて欲しくないが。
「何で貴方のような人がここに住んでいるんですか?それだけ魔法の技術があるのなら王都にも住めると思いますけど」
「確かに王都に住めるかもしれないけれど、夫と暮らしたこの場所を離れたくなくてね。それに人が少ないところの方が好きってこともあるし」
「なるほど、そういうことなんですね。でも、どうしてこんなところなんですか?もっと町の中の方で「いいじゃないですか」
それは当然の疑問だった。老婆の答えは王都で暮らさない理由にはなるが、町の中で暮らさない理由にはならない。
夫と一緒に暮らしたところから離れたくないと言っているが、そもそも夫と一緒に町の中で暮らしていればいい話ではある。
「それはね……」
ガシャン
老婆が答えようと口を開いた時、ミナが持っていたコップを落としてしまう。割れた破片が辺りに散らばってしまい、話を中断しないといけなくなる。
「ご、ごめんなさい。手が滑って……」
「いいよ、それにそこまで大変なことじゃないから」
そう言って老婆は指を動かしていく。すると、辺りに散らばった破片が一つ残らず浮かび上がり、一箇所に集まっていく。
「便利だな…………」
老婆の魔法を見て日常生活で魔法を使うことの便利さを実感し、アレクは先程の考えを反省する。魔法という物はすごいものではなく、便利な道具なのかもしれない。
「すみません、壊してしまって」
「いいよ、そんなに気にしないで。それに残り少ししか生きる事ができないんだから別れが少し早くなっただけだよ」
それは予想外の言葉だった。まだ老婆は元気そうに見えて、まだまだ生きることができるように思われたが、老婆自身がそう言うってことは違うのだろうか。
それとも、歳をとっていることに対する自嘲なのかもしれない。アレクにはその言葉の真意がわからなかった。
「ん?二人ともどうしたの?目を丸くして」
「いや……残り少ししか生きることができないって……」
「言葉通りの意味だよ、あたしゃあと数週間くらいしか生きることができないんだよ」
………………
………………
………………
は?今なんて言った?あと数週間くらいしか生きることができないって聞こえたが、気のせいだよな。
老婆の言葉のせいで二人の思考は停止していた。目の前の元気そうな老婆があと数週間しか生きていられないことに驚いて、そして老婆自身がそのことを気にしている様子は一切無くて。
「で、でも、貴方のような人ならば寿命を伸ばすことができるんじゃ……」
「流石にそこまではできないよ、師匠ならできるけどね。それにもしできたとしても、あたしゃ寿命を伸ばさないよ。向こうで夫が待っているんだ、これ以上待たす訳にはいかないよ」
老婆はもう少しで死ぬことを受け入れていていたが、アレクはその在り方が自分と違うもののように思われた。アレクも自分が死ぬことになっても別にかなわないと思ってはいるが、アレクの考えは諦めのようなもので、老婆の考えはどこか前向きな考えのように感じられる。
だから、アレクはとある質問をする。その質問をするとミナに叱られるどころでは済まないことになるということは分かってはいたが、それでもその質問をしなくてはならなかった。
「それなら何で今すぐに死なないんだ?夫が待っているんだろう?」
「なっ‼」
その質問を言った瞬間にミナが驚き、アレクの頭を掴んで机に全力で叩き付けた。ゴンっと音が鳴り、鼻から血が流れ出てくる。
「こいつが失礼なことを言って、本当に申し訳ございません‼」
ミナの行動は当然のことだ、それはアレクにも理解できている。もう少しで死んでしまう人に「何で今すぐに死なないんだ?」と聞くことは絶対に言ってはならないことだからだ。
そんなことはアレクにも充分理解している。でも、この問いの答えが自分の生き方を変えてくれるようなものだと思ったから、聞かずにはいられない。
「あらあら、そんなに謝らなくてもいいよ。そう思われても仕方ないと思うし、それに君はあたしと同じような状態なんでしょ。大切な人に先立たれて自分が何で生きているのか分からなくなる、その気持ちは理解できるよ」
老婆はアレクの気持ちを理解してくれていた。自分が今生きている理由、老婆に質問をしたらその答えが見つかるような気がしていて、何が何でも聞かないといけないような気がしたから。
でも、老婆の答えはアレクが期待しているものではなかった。
「その質問に答える前にあたしの頼みごとを聞いてくれない?そうしたら君の質問の答えを言ってあげるよ」