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ある日の記憶(後)

『はあ……はあ…………何とか撒くことができたな』

『はあ……はあ…………当たり前だ……俺とお前の二人で出来ないことなんてねぇよ』


 二人は何とか逃げ切ることができて、拳を合わせて喜んでいた。この硬貨があれば、これからの暮らしがより良いものになるため、心の底から喜ぶのも仕方ないことだった。

 そうして、二人はリーネ達のところへ戻っていく。この盗んだ硬貨を見せた時の三人の反応がとても楽しみで、二人は疲れていたが早足で歩いていく。特にロイはかなりはしゃぐことが予想できていて、今すぐにでも硬貨を見せたかった。

 そして、二人はリーネ達が待っている場所にたどり着いた。



 ――――――――赤――――――――



 そこにはロイや今まで盗んできた物は無く、リーネとセラが大量の血を流して倒れていた。予想もしていなかったことに頭が追い付かない。なんで……どうして…………今まではこんなことは無かったのに。


『セラ!リーネ!』


 レンが慌てて二人のところに駆けつける。そのことでやっとアレクも我に返って二人のところに駆け寄った。

 二人の怪我の様子を見るが、もうどうしようもない状態で何もしてあげることができない。


『セラ!リーネ!起きてくれっ!』


 隣でレンが泣き叫んでいる。いつもあれだけ喧嘩をしていたのに、こんな時は心配するなんて…………もっと素直になればよかったのに。

 現実を受け止めることができていないアレクはそのような関係ないことを思い浮かべていた。だけど、これは現実であり受け止めなければいけないことだ。


『ううっ…………』

『リーネ!』


 レンがずっと呼び掛けているとリーネが意識を取り戻した。リーネは目を薄く開けて、二人がいることを確認して何があったのか伝えようとする。アレクはそれを止めようとしたが、リーネの目には二人がいなかった時にあったことを必ず伝えるという決意に満ちており、止めることができなかった。


『ごめん……わたしたちのような大人が来て…………盗んだ物を守れなかった……………………でも、ロイは遠くに逃がしたから……安心して………………』

『今は話さなくていい!ロイは俺たちが探すから安静にしろ!』


 レンがリーネを止めている。でも、しっかり理解しているはずだ。この怪我ではもう生き残ることはできないこと、そしてセラはとっくの前に死んでいることを。

 だからリーネは自分の残り少ない時間を使って、伝えなければならないことを全部伝えようとしているのだ。

 それを理解してしまったら、リーネの話を遮ることはできなくて、じっとリーネの言葉を聞くことしかできない。


『ロイは…………ここから西の方に…………向かわしたから…………そっちのほうに…………いけば…………』

『リーネ………………』


 その言葉はレンの口から出たものなのか、それともアレクの口から出たものなのか分からない。ただ、涙のせいで視界がゆがんで来る。


『あとは…………まかせたよ……………………………………………アレク……ごめんね………………わたしは…………』


 その言葉を残してリーネは事切れていた。リーネが最後に何を伝えようとしたのか、どんな思いで言葉にしようとしたのか分からない。だけど、そんなことを考えている時間なんて無かった。


『レン……行くぞ………………』

『行くぞって……セラ達はどうするんだよ!ここに放っておいていいのかよ!』


 レンがアレクに言葉に逆上して胸倉を掴みかかってくる。ずっと一緒に暮らしていたアレクにはその気持ちが痛いほどわかる。仲間が死んだのにその死体を放っておいて別の場所に行こうとしているのだ、逆の立場だったのなら俺だってそうする。

 だけど、悲しんでいる暇は無い。まだロイは生きているし、後は任せたと言われたのだ。それならば、リーダーとして生き残ったレンとロイを率いていかなくてはならない。


『っ、…………ごめん。お前も辛いよな』


 そんなアレクの目を見て、これからしなくてはならないことを理解したのか冷静になり頭を下げてくる。だけど、そのことに何か言う余裕なんてものは無く、『行くぞ』とだけ伝えて西の方へ走っていく。

 そこにはロイがいるから。


 だけど、そんなことはなかった。


 しばらく進んだ先で二人が見たものは、血の海の中で倒れているロイの姿だった。


 隠れているはずなのに、何でここで倒れているのか。その理由はロイの手の平の中にあった。


 一枚の銅貨。ロイはそれを取り返すために一人で立ち向かい、そして死んでしまったのだ。


 おそらく、アレク達の助けになると思ったからなのだろう。そんなこと大人になってからでいいのに。


 信じたくない、だけど信じないといけない。二人がいない間に残った全員が死んだということを。


 どうすれば良かったんだろうか。今日盗みに行かなければ?昨日に必要最低限の物だけ盗んでいたら?でも、そんなことを考えたところで無くなったものは帰ってこない。リーネ達と話せることはもう二度とこない。


『なんでっ……なんでっ…………』


 横でレンが嗚咽を漏らしているが、どうすることもできない。守ろうとしていた人が今日だけで三人も失ってしまった無力感が心を蝕んでいく。でも、まだレンがいる。そのことを思えばまだ生きていくことができる。

 幸いなことに、レンと一緒に行動して入ればどんな困難も打ち破ることができていたのだ。だから、これからどんなことが合っても生きていけるはずだ。


『レン、埋葬しよう。そうしないとリーネ達が可哀そうだよ……』

『お前っ……………………いや、そうだな。お前に従うよ』


 そうして二人は地面を掘る道具も無いため、リーネ達の死体に土を被せていった。今日の朝は会話できていたはずなのに、もう動いてくれない三人を見ることはとても辛かった。

 今までこのような別れを経験したことないわけではない。もっと若かった時には死んでしまう仲間がたくさんいた。あの時は食料を得るのにも苦労していて、餓死する仲間もいたからだ。

 だけど、あの時とは違って近年は盗みに慣れてきたおかげで食料が足りなくなることは無く、誰も死ぬことは無かったため今回リーネ達が死んでしまったことは心に深い傷を与えた。

 リーネ達の死体に土を被せ終わった時にはもう日が暮れていて辺りが真っ暗になっていた。この時間に盗みに行くこともあるが、今日は何もできないような気分だったため、少し早いが寝ることにした。

 その時までレンと会話することは無かった。お互いにそんなことを知れいる余裕は無かったから。

 その夜は案外すぐに寝ることができた。盗むために走り回り、そして三人を埋葬したので身体に疲れがたまっていたのかもしれない。いや、それは違う。すぐにこの辛い現実から逃げたかったからだ。眠ってしまえばこの現実から目を逸らし続けることができる。

 そうして朝が来た。昨日にあんなことがあったのにも関わらず、今日も空で輝いていて怒りが湧いてくるが、そんなことを考えても何も変わらないため、レンと一緒に今後どうするか話し合おうとした。


『あれ…………レンは………………?』


 しかし、昨日の夜は横に寝ていたはずのレンが姿を消していた。辺りを見渡しても見つけることができず、不安に押しつぶされそうになっていく。


 (どこにいるんだ?、そうだ一人で盗みに行ったに違いない。それなら起こしてくれたらよかったのに。)


 アレクはそんなことを考えていた。だけど、心のどこかではレンがどうして消えたのか理解していた。今、こんなあり得ないことを思い浮かべているのはその現実から目を逸らしたいだけだ。

 アレクはレンを探すために歩き始める。自分にはレンしか残っておらず、レンがいないともうどうすればいいのか分からなくなってしまうから。


 ――行くな――――その先に何があるのか分かっているだろ――――


 誰かがそう呼び掛けてきている気がしていたが、それでも足を止めることは無くレンを探し続けた。そして、人が騒いでいる声が聞こえてきて、そこに向かい始めた。


『なっ……』


 ――何を驚いているんだ――――こうなることは想像していただろう――――


 そこにいたのは血の池と地面に倒れ伏している死体があった。何でそこに倒れているんだろう。いや、そんなことは分かっている。


       自殺


 レンは近くにあった建物によじ登り、そこから飛び降りたのだ。

 何で…………何でそんなことをしたのだろう。いや、理由は分かっている。この現実に耐えきることができなかったのだ。

 だけど、まだ俺が生きていたのに。何で俺をおいて先に逝ってしまうんだ。これから二人で協力して生きていけばよかったじゃないか。あの時、もっと話しておけばこんなことをしなかったのだろうか。

 たったの一日でアレクが生きている理由、仲間の四人をすべて失ってしまう。こうなってしまったら、もう生きていく理由なんて無く、アレクは動く屍も同然になってしまった。


 *


 目蓋を開く。そこは森の中であり、木漏れ日が身体を照らしている。

(ここは?そういえばミナと一緒に旅をしていたんだった。ということはあれは夢か。ちっ、いやな夢だ)

 アレクにとってあの日の記憶は思い出したくもないものであり、あの四人との出来事で唯一覚えていることだった。あれから一人で必死に生きていたため記憶のほとんどは摩耗していき、五人で暮らしていた時の楽しい思い出なんてものはすべて忘れてしまっていた。

 アレクに残されているのはあの時の悲しみと無力感だけであり、それ以外の物は何も残されていない。


「あっ、起きた。朝ごはん食べる?」


 アレクが目覚めたことに気付いたミナが食べ物を持ってくる。あの時は仲間の食べ物を手に入れる為にとても苦労して盗みを働いていたが、今は何もしなくても朝起きただけでご飯が用意されることが皮肉のように感じられる。まあ、そんなことを考えたところで何も変わらないのだからおとなしく朝ご飯を受け取って食べてはいるが。

 朝ご飯を食べながらアレクは考え事をしていた。あの時、どうしていればよかったのだろうか、みんなを守り切るにはどの行動が正解だったのだろうか。

 自分には力が無い。そんなことはとっくの前から分かっている。ルークやミナを見ていると魔法を使うことができない自分は無力だということをつくづく実感させられるから。

 でも、無力な人間は大切なものを守ることができないのか、ただ奪われていくのをじっと見ていることしかできないのか。その問をミナに投げかけるとどんな返答をしてくれるのか考えるが、そんなことをしてもミナを困らせるだけで何も得るものは無い。

 アレクはその問の答えを見つけることを諦めて、口の中に食べ物を入れていった。

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