出会い
「はぁ……はぁ……あいつらを撒くことはできたか?」
薄暗い路地裏で所々破れている服を着ている黒髪の青年が、壁に片手を付けて息を荒げていた。もう片方の手には青年の見た目とはとても似合わない綺麗な宝石が握られていた。
「こっちだ!こっちに逃げたぞ!」
「チッ」
その青年はガタイがいい三人の大人に追われていて、そのことから手で握りしめている宝石は、何処かの商人か貴族から盗んだものだと理解できる。
青年は大人たちに見つかったことに気付くと、すぐに逃げ出して入り組んだ道に入っていった。普段からその道を使っているのか青年は迷わずに走っていく。
「しつこいなっ、いい加減にしろ。こんな宝石なんてさっさと諦めろ」
入り組んだ道に入っても、まだ追いかけてくる大人たちに嫌気がさして青年はそんなことを呟いている。その言葉には自分が捕まる心配をしている様子は無く、いつまでも追いかけてくることに対して嫌がっているだけだった。
それは絶対に捕まらない自信がある証拠だった。実際に青年は今までに捕まった経験が無く、全て逃げ切ることができていたからだ。
しかし、この世の中はそんなにうまくできていない。
「ッ!なんだ⁉」
道を曲がった瞬間、何かにぶつかり弾き飛ばされた。何にぶつかったのか確認しようと顔を上げると、そこに巨漢の人が道をその体で塞いでいた。
青年はその巨漢の威圧感に飲み込まれて後ろに下がる。
「盗人め、やっと見つけたぞ。その宝石を返してもらおうか」
しかも、その巨漢は宝石を取り返すために青年を追っていたのだ。こんな巨漢相手には戦っても勝てる可能性なんて微塵も無く、青年は慌てて逃げようとする。
しかし、後ろからは三人の大人が追ってきていて逃げ場が無い。青年は前後から挟まれて絶体絶命だっ
た。
(まずいっ、どうにかして逃げないと)
だけど、そんなことを考える暇などなかった。
「ぐっっっ!…………がはっ!……」
巨漢の腕が青年の腹に突き刺さり、息ができなくなる。その衝撃で宝石を手から離してしまい、巨漢の足元まで転がってしまう。
「全く、こんなガキを追いかける羽目になるなんて。とんだ災難だ」
「まあ、何とか取り返すことができましたし、まだマシじゃないですか?」
巨漢と三人の男たちが話している。青年はもう動けないと思っているようで、少しも警戒をしていない。
(まだ盗める可能性がある……隙を見つけて盗もう)
青年は宝石を諦めていなかった。腹の痛みに耐えながら隙を見つけて盗み出そうとする。
もし、それが成功すれば逃げ切れる可能性は高かった。何故なら、巨漢は体が大きすぎてこの入り組んだ道では動き辛く、三人の男たちはいつも通りに走れば逃げ切ることができる。
そして、立ち上がろうとした時、巨漢が青年の方を見た。
「チッ、まだ立てるのかよ。まあ、ちょうどいいや、オレは今お前のせいでムカついててよ、責任を取ってくれるよな?」
そう言って巨漢は青年を殴り、地面に叩きつけた。しかも、一発だけでは収まらない。地面に叩きつけた後、何度も何度も踏みつけてくる。
そのせいで骨が折れるだけではなく、衝撃が内臓に響き、血を吐き出す。
「がはっつ!」
「ちょっと、やりすぎですよ。憲兵に見つかったらどうするんですか?」
「あ?問題ねえだろ。コイツが物を盗んだのが悪いんだし、そもそもこんな奴を憲兵が守るわけねえだろ」
「確かに、それはそうですね。それなら俺らも参加していいですか。コイツのせいで走ることになってムカついているんですよ」
「ああ、それならいいぞ。勝手にやっとけ」
巨漢だけではなく三人の男たちも参加して青年を蹴り始める。何とか防ごうとしても、痛みのせいで身体を動かすことができず、何もすることができない。
(意識が……)
絶え間なく振るわれる暴力のせいで視界が歪み、意識が薄らいでいく。久しぶりに受ける暴力が青年の命を削っていく。
「もうそろそろやめるか、つまらなくなってきた」
「そうですね、もう動かなくなってきて楽しくなくなりましたし」
そう言って、男たちは倒れている青年から離れていく。青年はその場に置いて行かれて誰も助けようとしない。しかも。青年が倒れているところは人通りの少ないところで、通り掛かった人が助けてくれることにも期待できない。
(ここで終わりかな)
どんどん意識が薄くなっていることを感じて、青年はここで死ぬことを理解する。しかし、そのことに対しての恐れなど無かった。どうせ長くは生きていられないと考えていたし、餓死や病死に比べたらマシなほうだと思っていたからだ。
(それにしても何で生きていたんだろう?)
死にそうになっている青年の頭の中にあったのは、何故自分が生きていたのかという疑問だった。生きていて楽しくもなかったし、目標や夢すらも無かった、そんな自分が生きている理由がどうしても見つからなかったのだ。
でも、そんなことを考えるのもすぐにやめた。もう少しで死ぬのにそんなことを考えたところで無駄なだけだったからだ。
青年はもう何も考えることをしないで死を待っているだけだった。そのうち、意識はどんどん薄らいできて何も考えることができないようになり、死がすぐそこまでやってきていた。
そんな時、青年に向けて声が掛かってきた。
「血の匂いがしたからここまで来たら、こんな状態の人を見つけるなんて。でも大丈夫、わたしが助けるから安心していいよ」
意識が薄ら良る青年はどんな言葉を掛けられたのか分からない。だけど、何故か自分が生き残ることができるような気がした。
*
「ん…ここは?」
青年が目蓋を開けると木でできた天井が見えた。倒れていた場所は入り組んだ道であり、そこからは空が見えるはずで、決して木の天井なんて見えない。
青年は今いる場所に疑問を持って周りを見渡す。そこは部屋の中であり、知らないものがたくさんあった。
「なんだこれ?」
青年は今、自分が寝転がっている場所に疑問をもつ。そこはベットの上であったが、今までの暮らしでそんなものを見たことがない青年には理解できないものであり、初めて見るものに混乱し始めていた。
「いったいここはどこなんだ?これが死後の世界ってやつか?」
そこはどこからどう見ても部屋の中だったが、そんなことを知らない青年は死後の世界だと勘違いしていた。
そのように混乱していた時、ドアが開けられて一人の女性が部屋の中に入ってきた。その女性は青年と同じくらいの年で白銀の髪をもっており、初めて見る色に青年は言葉が出ない。
「あっ、起きたんだ。調子はどう?元気になった?」
その女性は青年が起きていることに気が付くと、笑って声を掛けてきた。青年はその女性の様子で自分を助けたのが誰なのかを理解したが、助けた理由が少しも予想できず警戒していた。
「ねー無視はひどくない?わざわざ助けたんだよー」
いつまでも返事をしない青年に女性が抗議を上げて、青年の頬をつついてくる。そのことに腹が立ったのか青年はつついてきた指を叩き、ぶっきらぼうな様子で言った。
「ああ、元気になった。それよりここはどこだ?これはなんだ?」
「元気になったんだ、良かったー。で、君は何であんな状態で倒れていたの?」
「質問に答えろ、ここはどこだ……痛っ!」
青年は話している途中で女性が頭に拳骨を落とした。
「っ、痛いだろうが!」
「あっそ、わたしの質問に答えてから質問しなさい」
「は?俺のほうが先に質問したんだろうが!そっちのほうが先にこたえるべきだろ!」
「君の怪我を治して、ここまで運んだのはわたしなんだよ!それなのに最初は無視、その次は手を叩く、挙句の果てにその態度。さすがに我慢できないよ!礼儀ってもんを知らないの?」
「そんなもの知ってるわけねぇだろ!礼儀で飯が食えるのか⁉」
「礼儀は常識でしょ、そんなことも知らないの?そこら辺の子供の方がしっかりしてるよ、大丈夫?それとも精神年齢三歳?」
「喧嘩売ってんのか?馬鹿女」
「そっちこそ喧嘩売ってんの?野蛮人」
二人は出会って一分もたたないうちに喧嘩を始めていた。