第十一話
ファーストキス……。
初めて、だったのに……。
今も殴った右手がヒリヒリと痛い。
このまま同じ部屋に帰るのなんて無理だった。
ふと、思い出したかの様に仙堂の部屋をノック
した。
「はい」
中から落ち着いたいつもの仙堂の声が聞こえて
来た。
「ちょっといいかな?」
「どうぞ…」
何かあったのか、とは聞かなかった。
ただ勉強する横にじっと座っているだけの壱夜に
何も聞かず居させてくれた。
「そろそろ消灯の時間だろ?いいのか?」
「うん……もうちょっとしたら、戻る…。居させ
てくれてありがと」
「別にいいけど、喧嘩か?」
「……うん」
今頃、さっきの子と一緒にいるのだろうか?
そう思うだけで、胸が締め付けられるように痛い。
仙堂はただ黙って、黙々と自分の勉強に取り組ん
でいた。
さすが学年2位だ。
それでも、陸には敵わない。
「ここ、一応二人用の部屋だけど俺は一人だから…
眠くなったら寝てもいいぞ?」
「うん……」
2段ベッドの上は空いているらしい。
それでも、これ以上甘えるわけにもいかない。
消灯ギリギリで礼を言って戻る事にした。
部屋では、陸の布団が盛り上がっており、寝てい
るのを確認するとホッとして自分のベッドに横に
なった。
このままじゃダメなのに…。
どうしても、許せる気にはなれなかった。
朝起きると、横のベッドはもぬけの空だった。
きっと先に行ったのだろう。
少し…いや、かなり気まずかったので、ありが
たかった。
その日の帰りも陸と彼女が一緒にいるのを見た。
あぁ……そっか…付き合う事にしたんだな…
理解すると、しっくり来た。
それでも、いつも側にいたはずなのに、なんで
こんなに苦しいのだろう。
自分も彼女を作ればそれでいいはずなのに…。
隣の女性が陸の腕に腕を絡めるのを見て、ハッ
として、陸と目があった。
どうしてこんなにイライラするのだろう?
驚いた陸の顔に慌てるように逃げてしまった。
部屋にも帰りたくなくて、また仙堂の部屋に
入れてもらった。
「どうした?」
「あ…えーっと……」
「ほら、入れ」
「うん」
差し出されたタオルにキョトンとしていると
拭けと言われた。
「……?」
「泣いてたんだろ?」
言われてやっと気づく。
陸を見てから心が痛くて、痛くて必死に走り
ながら泣いていたのだと気づいた。
「ありがと……」
「いいよ、今日は大人しく寝たら?」
「でも……」
「そこ使えばいいよ。」
「……」
最初から誰に対しても冷たい印象があったが、
仙堂は意外といい奴だった。
事情も聞いてこないし、ただ、置いてくれた。
「うん…今日はここで寝かせてもらう…」
「あぁ」
その日、初めて部屋に帰らなかった。




