流れ着く場所
柳裕翔が事故死した当日、彼の戸籍上の両親が住む柳家は沈痛さに蝕まれた空気が漂っていた。彼の実の両親は裕翔が生まれて間もないころに交通事故で亡くなっている。父が運転する車が交差点に差し掛かった時、横から信号無視をした車に激突されたのだ。この事故で裕翔は奇跡的に無傷で助かり、後遺症も出なかったが。結果として幼いころに実の両親を亡くすという悲しい出来事として、当時の世間を騒がせた。
親を亡くし一人となった裕翔だったが、引き取り人として母方の家の夫婦が名乗り出た。彼らは子宝に恵まれず、長年辛い思いをしていたので、裕翔を温かく迎え入れた。
そんな家のもとで、学生となった現在でも暮らしていたのだが当の夫婦は今、ダイニングテーブルの椅子に並んで、悲壮感に溢れた顔をしていた。
「...あなたがまたいらしたということは、裕翔はもう」
母親である女性が、服を握りしめ絞り出すように声を発した。話しかけた相手は隣に座る夫ではない。向かいに座る「ナニカ」だった。
椅子も引かれていてかろうじて人の形を成しているのは分かるが、それはとても普通の人間とは思えない。まず、全身が黒い靄で覆われていて、そもそも実体があるのかもわからない姿だった。目にあたる場所には赤い光が2つ灯されているが、それでもその不気味さは強烈だ。
『ああ、間違いなくこちらに飛ばされた。”接続”も確認している。』
その靄から放たれたのは、女性とも男性とも判別しがたい声質の声だった。見た目の割に理知的な言葉が出てきていることに、夫婦は驚く様子も見せず悲しみに嗚咽を漏らす。
『ユウトのことは残念だった。しかし何とか”奴”に悟られぬよう魂の移植は完了してある。この世界の人間には理解しがたいかもしれないが、彼は生きているとも言っていい。しかしこれで私は力をかなり消耗してしまった。これから先彼が生きているかは彼自身にかかっているだろう。』
黒い靄から放たれるおおよそこの日本においては物語上でしか聞かない言葉に、夫婦は疑うことなくうなずく。
『ユウトが君たちの世界から消えたことにより、私の干渉もこれ以上できなくなる。最後に何か聞いておきたいことはあるか?』
「では、これを向こうに持っていくことはできるか?」
夫が取り出したのは、1つの小さなお守りだった。このお守りは、裕翔がこの家に住み始めてからずっと家にあり彼自身としても思い出の品となっている。
『物質の移転は不可能だ。見た目が同じものを向こうで再構築することはできるが、それでいいか?』
「ああ、頼む。」
『承知した。貴殿の願い、このヒースレイが聞き届ける。』
黒い靄はそう言うと、まるでブラックホールに吸い込まれるかのようにその身体が空間の「穴」に消えていった。
靄は、まるで何事もなかったように消えた。だが、”彼女”の言葉は夫婦の耳に今も残っている。
(裕翔、どうか無事に育ってね...。)
彼らができるのは、こうして祈ることだけであった。
読みやすさ、書きやすさのために話数は細かく分けていきます。