2 舞台の上と裏側(6)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
「真っ当な大人――例えばミノルから見れば、ヒロは確かにろくでもない奴だろう。だからこそミノルは、存在すらしていないヒロをどうにかしてユメから引き離そうとする。いい加減現実を見ろと迫るんだ」
「だからヒロは……」
「ただし」
突然ニッコリと微笑んで、勇也さんは掌を返す。
「俺たちは創作の面白さを知っている。人生楽しんで何が悪いとユメや観客に思わせることができたなら――その時はきっと君の勝ちだ」
「勝ちって」
思わず私が突っ込んでしまう。
確かにヒロとミノルはそれぞれ夢と現実の体現であり、物語はユメを巡る三角関係の様相を呈しているが、その本質はユメ自身の葛藤だ。
「お、深雪がそういう態度?」
勇也さんは底意地の悪そうな表情をこちらに向けた。
「俺だってそろそろ演劇から足を洗おうかとか考えるよ。特にミノル役をもらってから、真っ当な大人の思考回路が頭にちらつくしね」
「え!?」
それは困る。非常に困る。
「ダメです、無理です! 勇也さんが辞めたら誰が舞台立てるんですか? 稽古場回すんですか? 私が脚本書くしか能がないこと分かってますよね!?」
「何? 深雪って俺がいないとダメなの?」
「はい!」
少々悪意のある質問に、恥も外聞もなく頷いていた。
「演劇が泥沼だっていうなら、沈むまで一緒にあがいてください。沈まなくて済むよう、楽しく続けられるよう手を尽くしますから」
勢い断言すると、彼はくすくすと笑い出した。
「いいね。でもそこまで言える深雪なら、一人でも企画を引っ張るだけの力はあると思うな」
ひとしきり笑った後、勇也さんはまた貴博さんに視線を戻した。
「疑問は解決した?」
「え?」
「泥沼でも現実逃避でもウチの脚本家は上等だと思っているから、大人の常識なんか一旦忘れて、貴博くんはヒロとして全力でユメを応援してあげればいい」
創作論から演技指導へ、いつの間にか軌道修正が入る。
自分で自分を信じられなくなっているユメにとって、唯一自分を信じてくれるヒロはやはり救いであってほしい。という私の願いを、先輩はよく汲み取ってくれている。
「……つまり、今みたいな疑問を挟むこと自体、ヒロからすればナンセンスなんだよな。あいつはユメのことしか見てないんだから」
そしてそれが貴博さんにも伝わっていることに、私は大いに安堵した。
結局のところヒロは純粋でまっすぐでいい男なのだ。と、お客様にも魅せることができたなら――なるほど、彼の勝ちかもしれない。
「あと、もう一つ気になったんだけど」
「何?」
貴博さんは私と勇也さんを交互に見つめながら尋ねた。
「二人って付き合ってるの?」
「!?」
控えめに言って、私は面食らった。
「な、何でそうなるの?」
「そりゃ――」
彼が答える前に、勇也さんがスッと私の背後に回って肩を抱き寄せる。
「え?」
「そりゃ、あれだ。貴博くんは男女の友情は成立しない派なんだろう。だから俺たちを見て付き合っているのではないかと考えた」
自信に満ちた、無駄に張った声がうそぶく。どうやら演技のスイッチが入ったらしい。先輩は何故か私の彼氏面をしてみせる。
「否定したところで君の疑いが消えることはないから、返事はどっちだっていいだろう。むしろ問題は、どうしてわざわざ確認してきたのかってことだ。俺と深雪が付き合ってたら、貴博くんは困るのかい?」
「……別に」
貴博さんは素っ気ない。
私は勇也さんの腕を抜け出し、逃げるように立ち上がった。
「先輩、あまり他人で遊ばないでください。貴博さんも、気にしなくていいから。この人自分の演技力を乱用して時々こういうことするの」
「こういうことって」
続いて貴博さんも立ち上がる。
「いきなり抱き着かれて深雪は平気なのかよ?」
「それは……」
だって勇也さんだし、たぶん貴博さんを煽りたかっただけだろうし。理論派で切り替えがはっきりしている彼を煽ったところで、ほとんど演技には活きないだろうけど。
「ああ、でも私もアドリブは苦手だから」
「は?」
キョトンとする貴博さんを見て、ウチの名バイプレーヤーがまた笑う。
「芝居なら何されても平気だけど、アドリブは対応できないから困るって意味だろ。ホントいい性格してる」
……誰がいい性格をしてるって?
「勇也さんこそ、これで貴博さんくらいイケメンだったら完全に女の敵ですよ」
「それ、俺と同時に貴博くんのことも叩き切ってるけどいいの?」
「へ?」
指摘されてハッとした。演劇論を語ったせいか、随分と身内のノリを晒してしまっている。
「あの、今のは……なんというか」
「別にいいけど」
随分と皮肉の利いた態度が返ってきた。別にいい、なんて全く思っていなさそうな。
「深雪が俺のこと、顔だけ男だと認識してるのは分かってるから」
「いや、でも」
そんなことはない。と、伝えることができないまま、彼の方が会話を切り上げた。
「変なこと聞いて悪かったな。脚本の疑問は、ちゃんと解決できたから」
ぴしゃりと告げられると、もう引き留めることはできなかった。私たちはあくまで舞台について語っていたのだから。