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2 舞台の上と裏側(5)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

   *


 仕事に片が付いたらしい貴博さんが稽古場に戻ってきた。彼と舞台上で対峙して、奈央子の気持ちがよく分かった。何せ理想のイケメンが、付かず離れず隣で笑っていてくれるのだ。

 ……これは惚れるのも無理もない。

 とはいえ、彼女と同じ轍を踏むつもりはない。そもそも私は役にのめり込むタイプではないし、久しぶりの演技とそれを演出家として可能な限り客観的に捉えることに、いっぱいいっぱいだった。

「脚本で一つ、気になっていることがあるんだけど」

 貴博さんにそう切り出された日、先にスタッフを帰して役者三人で語らうことにした。すっかり稽古場に馴染んだ彼が、土足のまま舞台で平然と胡坐をかいたので、私と勇也さんも車座になって腰を下ろす。

「夢と現実が二項対立になっているのは分かるんだけど、どうしてそれで書くことが現実逃避のように描かれるんだ? ユメは小説家志望なのに」

 彼が口にした「気になっていること」は、なかなかクリティカルな疑問だった。

「……ユメのモデルが私だから、かな。趣味に全力で勤しんでいる今の自分を俯瞰して見た時に、演劇って非日常感が強いし、ちょっと現実逃避っぽいなと思って」

 もちろん私は演劇に没頭する自分も嫌いではないけれど、主人公の自己肯定感を下げた方がストーリーは豊かになるので「この年になっても自室に引きこもって小説ばかり書いている自分ってどうなの?」という自問自答を全面に出している。

「でもユメは小説家志望だろ。だったら書くことはもっと現実的な夢というか、目標につながっているものじゃないのか?」

「だからそれは……言ってるだけなの」

「え?」

 貴博さんの問いに答えるのは、ヒロくんに真実を告げるようでちょっぴり胸が痛んだ。

「小説家志望だって主張すること自体ある種の現実逃避みたいなもので、引きこもって小説ばかり書いている自分を正当化しているの」

「じゃあ、実際のところ彼女は小説家志望ではないと?」

「いや、小説家志望ではあるよ。ただ、目標に向かって具体的に行動しているわけではないかな。書いても書いても『結末が決められない』んだから」

 タイトルに引っ掛けて返すと、貴博さんはじっと黙り込んだ。

 脚本解釈を深めるための議論なのは分かっているが、ここまで考え込まれると、自分の腹の内まで探られているようでどうにも居心地が悪い。

 沈黙が少々長くなってきたところで、聞き役に回っていた勇也さんがおもむろに口を開いた。

「劇団カフェオレの由来、知ってる?」

「へ?」

 先輩に誘われて入団した私も、正直あまり意識したことはない。

「確かカフェオレって、私の前に脚本を書いていた方が立ち上げたんですよね?」

「そう。俺の更に先輩で、学生時代にどっぷり演劇中毒になったその人が、大学卒業後の活動場所として作ったのがこの劇団。プロを目指すわけじゃない、いつか辞めるけど今じゃない。白黒つけたくなかったからカフェオレ」

「立ち上げた時から辞めることが前提だったんですか?」

「うん、その先輩はそうらしいね」

 あっさり頷く勇也さんに対し、貴博さんは怪訝そうに眉をひそめた。でも、彼か彼女かも分からないその先輩の気持ちも、私にはよく分かる。

「先輩が本当に辞めることになった時、同じタイミングで演劇を卒業した人もいたけどさ、俺は今じゃないなと思ったんだ。で、脚本書けるしやっぱり未練タラタラだった深雪を誘ったわけ」

 その点、私はとても幸運だった。

 既存の劇団に身一つで転がり込むことができる役者と違い、脚本家が舞台を立てたい思ったら普通は自分でプロデュースするしかない。なのに、私は自分で立ち上げたわけでもない劇団の座付き脚本家に収まることができたのだ。おまけにプロデューサー業務の大半は、勇也さんが担ってくれている。

「つまりね」

 俯きがちに思考を巡らせていた貴博さんの横顔を、勇也さんが覗き込んだ。

「創作活動をやってる人間って、誰しも思う時があるんだよ。本当にこんなことやってていいのかって」

「……誰しも?」

「断言はできないけど、きっとそうじゃないかな。特にアマチュア演劇なんて泥沼だし」

 自嘲的な笑顔が、紛れもない真実を物語っていた。

「舞台に立つ快感は一度知ったらやみつきだ。ホントに中毒性が高い。でも実体というかその準備期間は、精神的にも肉体的にも金銭的にも負担が大きい三重苦。正直、片手間じゃやってられないんだよね」

 全く以てその通りだった。趣味だろうが本業があろうが遊びじゃない、本気だ。

「だから逆に仕事が忙しくなったとか結婚したとか子供ができたとか、真っ当な道に戻るきっかけができた人間から辞めていくんだよ」

 貴博さんが目を見開く。自分が泥沼に引きずり込まれたと宣告されたのだから、驚くのも無理はないだろう。

「何で、俺にそんなこと……?」

「ヒロくんは泥沼そのものだからね。演劇と小説でいくらか事情が違ったとしても、将来の展望がないまま創作活動にふけっている点でユメは俺たちと同類だ。そんな彼女を何の根拠もなく、何とかなるさと全肯定するのが君の役割」

「まるで悪い男みたいな言われようだな」

 みたいというか、ヒロはまさに悪い男であり誘惑の塊であり都合のいい幻想として特に序盤では描かれている。だから貴博さんもこうして疑問をぶつけてきたのだろう。

 そして私が答えづらいことを、先輩はすらすらと言葉にしてくれる。

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