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2 舞台の上と裏側(2)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

「深雪が演出で渋るなんて珍しい。よっぽど貴博くんには嫌われたくないの?」

「じゃなくて。やってられないって降りられても困るし」

「大丈夫だと思うけどな。役者の馬が合わない時に周りがフォローを入れるのは当然のことだし、深雪は脚本家だけあって指示も真意もきっちり言語化してくれるから」

 そう告げる勇也さんは、何も言う前から私の思考を理解している。こうした彼とのやり取りが、ヒロというキャラクターを作る際にヒントとなったことは、恥ずかしくてとても口にはできないが。

「それと」

 勇也さんが急に食えない笑顔を見せる。

「どうせ奈央子は、公演が終わったら『あんな顔だけ男のどこがいいのか分からない』とか言い出すに決まってるんだから」

「……ああ」

 彼の言葉に、思わず笑ってしまった。

 確かに奈央子はことあるごとに男に惚れ込む癖があるが、終わってみればケロッとしていることも多い。だからこそウチの看板女優も続けられている。

「あれだけ惚れっぽいのに後腐れしないのって偉いよな」

「ですね」

 人間関係を引っかき回す役者は扱いづらいはずなのに、結構な愛されキャラなのだ。

「おい、さっきから二人で何こそこそしてるんだ?」

 貴博さんがむすっとした顔でこちらに近づいてくる。ずっと話し込んでいた私と勇也さんにしびれを切らしたらしい。

「言いたいことがあるならはっきり言えよな」

「え?」

「俺のせいで妥協されたくないんだよ。自分が素人なのも、深雪が舞台に本気なのも、分かってるんだから」

 驚いて貴博さんを見上げていると、勇也さんに小突かれた。その目が「ほら」と訴えている。

「じゃあ、その……きちんと説明したいから、後でちょっと時間もらえるかな?」

「うん?」

 だって奈央子の視線がもう痛い。彼女が見ている前で話すような内容では――なんて考えていると、

「貴博さんって、深雪さんのこと好きなんですか?」

 一番面倒くさいことを大声で聞かれてしまった。舞台の上でむくれている奈央子を見て、ほとんど反射で答えてしまう。

「そんなわけないでしょ!」

 すると今度は、貴博さんが眉をひそめていた。

「……それ、何で深雪が勝手に決めつけるわけ?」

「だって」

 どうせ何もないのに嫉妬されたら堪らない。と、彼女の前で明かせないので黙り込む。

 彼は深いため息をつくと奈央子の方へ振り返った。初めて私と遭遇した時のようにつかつかと歩み寄り、冷たい瞳で見下ろす。

「この際言っておくけど」

 ハッとした。

 待って。待って、待って! お願いだから今だけはやめて!

「俺、あんたのこと好きになる余地はないからな」

「……え?」

 容赦なく切られた彼女の顔が、みるみる青ざめていく。

「舞台の上で何されても割り切ろうって思えるけど、調子に乗って稽古が終わった後までベタベタされても困る」

「貴博さん!」

 私は奈央子をかばうように彼の前に仁王立ちになっていた。

「謝って」

「は?」

「あなたは今、ヒロとして言ってはいけないこと言った」

 貴博さんは怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。何が悪かったのか、本当に理解できないのだろう。

 それでも私は、演出家としてはっきり告げる。

「確かにあなたの言葉は、間違ってはいないのかもしれない。こうなった奈央子はだいぶ面倒くさいしね。でも、公演が終わるまでは、この子があなたにとって一番大事な女の子なの」

「……芝居の話だろ?」

「うん。だけど、みんながみんな貴博さんみたいに割り切れない。舞台を立てる上で良好な人間関係は欠かせない」

 もっと早くに気付くべきだった。舞台に立っているだけでいいなんて、そんなの無理があったのだ。

「深雪さん」

 背後からおずおずと奈央子の声がした。

「……あの、私が降ります」

「へ?」

「だって、貴博さんもヒロくんも悪くないんですもん。もともとユメもあんまり私っぽくない役だったし」

「ちょっと」

 奈央子はすっと舞台を降りた。その退場劇があまりにも絵になってしまったから、私はその場から動くことができずに呆然と彼女の後ろ姿を眺めていた。

 ややあって、勇也さんが後を追う。

「俺が奈央子の話は聞いておくから、あれだったら深雪が稽古場締めといて」

 そう指示して去っていく。やはりミノルくんの対応力には敵わないと、つい脚本になぞらえて考える。

「深雪」

「……え?」

 そして私の目の前には、全ての元凶である貴博さんが立っていた。罪悪感など欠片も感じさせない真顔で彼は尋ねた。

「大丈夫か?」

 残念ながら、大丈夫とは言い難い。


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