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10 告白する時、される時(3)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

 貴博さんは私の手を取り、指輪をはめてくれた。薬指にリングを通すと、ぴたりと収まる。

「さっき既成事実がどうとか言ってけど、形があるのも悪くないだろ?」

 私の左手を握りしめたまま満足そうに頷いている。

「……何で、サイズが分かったの?」

「は?」

「自分でも何号なのかよく分かっていないのに、貴博さんに指輪のサイズが分かるわけがない」

「別に何でだっていいだろ」

 いや、気になる。ついさっき心の中でまさかと切り捨てた展開だったから、余計に答えが欲しくなる。

「もしかして当てずっぽうだった? プロに相談すればそこまで大きく外さないもんね」

「違う」

「じゃあどうして?」

 普段からアクセサリーの類はほとんど身に着けないし、私の家にも来たことがない。つまり私の持ち物からこっそり調べることは不可能なのだ。

「ホントに面倒くさい女だ」

 眉をひそめながらも、彼は種を明かしてくれた。

「奈央子から聞いた。衣装係なら劇団員の服のサイズも靴のサイズも、知り尽くしてるだろうから……って、もうサプライズできないな」

「でも、さすがに指輪は」

「他の役者の小道具でも、演出家なら試着してみることがあったろ? さすがにちょっと自信がなさそうだったけど、中指にぴったりだっていう指輪を借りた。あとは深雪の読み通り、プロと相談」

 なるほど。納得した。

「まったく、格好くらいつけさせろよな」

「え?」

 貴博さんがおもむろにベッドに座り込む。

「もうとっくにバレてるだろうけど、俺には恋愛経験なんかないと言っていい。脚本に書いてあれこれ人に指示できるくらい経験豊富な深雪と違って」

 初めてこちらが見下ろす側の構図に身を置き、観念しましたとばかり白状する様を見せつけられているというに、彼の表情はずっと堂々としたまま。そのせいでちょっと、混乱させられる。

「前に自分を抱けるかって正面切って聞かれた時は本当に怖かった。この結婚はウィンウィンだって偉そうに話しておきながら、上手くいかなかったから終わりじゃないか。だから見栄を張って余裕なふりして……実際のところずっと必死だった」

 そんなの、知らない。

「幻滅されるわけにはいかなかったからさ」

「するわけないでしょ」

 この男の恋愛下手がどういうものなのか、ようやく分かってきた。

 彼も私と同じなのだ。自信がなくて、強がって、それをごまかすために理屈をこね回している。そのくせ一度決めたら突っ走る傾向にあるからか、最後まで強気の姿勢を崩さない。傍目には余裕綽々にも見えてしまう。

 ……もしかして、時折考えなしの強硬手段を取る自分も同じような勘違いをされていたのだろうか。極端な卑屈も虚勢の裏返しのような側面がある。

「私だって別に経験豊富ってわけでもないし、現実もお芝居も手探りだし、だからちゃんと話してよ。そういう悩みとか不安も全部」

「でも――」

 上目遣いで言い淀む貴博さんがあまりに愛おしく、私は彼を抱きしめていた。

 その首元に腕を回し、ベッドの上で馬乗りになる勢いで抱き着いてしまったので、彼が驚いて目を見開いている。

「私があなたに一目惚れしたこと、知ってるでしょう? 貴博さんは何したって格好いいんだから、格好つける必要なんかない」

 理屈をこねて断じると、貴博さんはしばしの間、呆気に取られたように口をパクパクさせていた。

「暴論だろ」

「だとしても、私にとっては真理だから」

 狼狽える彼の気持ちも分かる。私も素直になるべきところで、どれだけ格好をつけて逃げてきたことか。

「実は私も怖かったの。貴博さんは私のこと、女としてより脚本家として見ている節があったから。それに抱けるかって聞いたら、抱けるって答えたでしょう?」

「……俺、できてなかった?」

「じゃなくて。無理やり自分に付き合わせてしまったような感じがしたの。恋愛感情があってもそういうことに興味のない人だっているわけだし、もしかしたら本当はしたくないのに私のために……とか、考えちゃって」

 段々と力を失っていく声を引き止めるように、彼は必死に反論する。

「違う! あの時はただ必死だったから、深雪を悦ばせることが絶対だったから、自分が楽しむ余裕がなかっただけというか」

「うん」

 先程の告白を聞いて、それは理解した。

「確かに俺は、したいと思ったことがなかったかもしれない。でも本当に発想がなかったってだけで、したくないわけではないんだ。俺の言っていること、分かるか?」

 私はコクリと頷いた。国語の勉強をちゃんとしてきて良かった。

 貴博さんの手がゆっくりと背後に回される。

「それに俺、女としてとか脚本家としてとか、全然意識したことがないんだ。だって全部深雪なんだから」

「え?」

「自分が深雪のために何ができるか考えた時に、一番確実な答えがパトロンだったって、たぶんそれだけなんだ。今の話でいうと、その……男としての自分には本当に自信がなかったからさ」

 その腕にギュッと力がこもる。彼の膝の上に座り込んだ状態で、私は力強く抱きしめられていた。

「でもごめん。俺はやっぱり深雪の全部が欲しいみたいだ」

「……どうして謝るの?」

「だってウィンウィンだったはずが、自分に都合のいいことばっかり」

 本気で言っているのか。うん、きっと本気なのだろう。

 貴博さんの胸にしがみついたまま、私は不安げに俯く彼の顔をそっと見上げた。

「私の方こそ、前にプロポーズされた時は都合が良すぎて申し訳なくなっていたじゃない?」

「うん?」

「都合がいいのはパトロンのことじゃない。いや、それもあっただろうけど……貴博さんが、好きな人が自分と結婚したいと言い出したからそう思ったの。メリットとデメリットを示唆してプロポーズするくらい、恋愛には興味なさそうだったのに」

 彼が私を求めてくれるなら、今度こそウィンウィンで需要と供給は一致している。

「全部欲しがってくれていいの。そしたら私も全部あげたい」

 現実的にそれは無理だと、頭でっかちな私たちはつい考えてしまうのだろう。けれどもまずは素直な気持ちを伝えた上で、理想に向かってすり合わせていけばいい。

「だって私たち、結婚するんでしょう?」

 貴博さんはまたしても想定外だと言わんばかりの反応を見せた。パチパチと瞬きを繰り返し――やがて満面の笑みを浮かべた。

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