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8 お近づきミッション(4)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

   *


 再び篠目邸にやってきた。それも何故か奈央子と二人で。

 お邪魔してみたいとさらりと口にした彼女なら、文乃さんの連絡先や家の場所を聞くことだってできただろう。けれども自ら尋ねることはせず、先輩が知っているから大丈夫だと自然な形で私を巻き込んでいく。

 とはいえ「先輩のため」が「自分自身の興味のため」でもあることは明白で、由緒正しき日本家屋とその手前に立ちはだかる木製の門扉を前にした奈央子は、目をキラキラさせていた。

 インターフォンの応答を待つ間、こらえきれないという感じで話し掛けられた。

「ホントに豪邸ですね」

「怖くないの?」

「何がですか?」

 年季の入った門扉から放たれる圧をまるで感じていない後輩に、どう説明しようか考えていると、正面の門ではなく脇に設えられた通用口の扉が開いた。文乃さんがひょっこり顔を出す。

「いらっしゃい」

 こうして私たちは、正々堂々篠目邸に足を踏み入れることとなった。

 前回は勝手知ったる貴博さんに導かれ、招かれる前から押し入ってしまう形になっていた。けれどもきちんと迎え入れてもらうことができたなら、上り框から見下ろされることもないし、手土産も笑顔で受け取ってもらえる。

「あら、ケーキ? 一緒に食べましょうか。用意するからこちらでお待ちになって」

 などと応接室に案内されれば、前回と全く同じ構図になったにも関わらず気の持ちようががらりと変わる。もちろん隣にいるのが無駄にワクワクしている後輩だということも、この場合は心強い。

「ちなみに深雪さん、今日来ることは貴博さんに話したんですか?」

「……話してないけど」

 最後に会った例のお見合い会場のレストランから、少なくともこちらは結構気まずい思いをしている。貴博さんも自ら婚約解消を示唆した状態だからか、副社長と身バレしている職場で私の前に現れることはなかった。

「奈央子と二人で篠目家に乗り込む状況が不思議すぎて、どう説明したらいいか分からなかったし」

「彼氏の実家に遊びにいくのに、黙っている方がよっぽど不思議ですけど」

「いや、彼氏ってわけじゃ」

「そうでした。彼氏じゃなくて婚約者でしたね」

 飄々とうそぶく奈央子を見ていると、俯きがちに縮こまっている自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 するとそこへ、バタバタと元気のいい足音が響いてきた。我々が振り向くとほぼ同時に襖が開かれる。

「兄ちゃんの彼女って、どっち?」

 目の前にイケメンが立っていた。

 貴博さんによく似た彫りの深い整った顔立ちで、しかし貴博さんよりも一回りくらい幼く見える。シャツとジーンズのラフな服装も相まって、一見して学生と思われる。

「もしかして、貴博さんの弟くん?」

 キョトンとして固まってしまった私ではなく、奈央子の方が立ち上がり、彼に歩み寄りながら問い掛けた。

「まあ、うん。お姉さんが兄ちゃんの彼女?」

「私じゃなくて深雪さんがね。あ、彼女じゃなくて婚約者だそうだけど」

「へえ」

 兄に負けず劣らず不躾で直球勝負な彼は、こちらに視線を寄越すと小さく首を傾げた。ちらちらと女二人を見比べる眼差しからは「こっちの方が美人じゃないか」という真っ当な疑問を感じる。

 分かるよ、分かるけど……貴博さんは物好きなのだ。

「初めまして、越智深雪です」

 ひとまずこちらも立って自己紹介をしてみると、彼はコクリと頷くような会釈をして口を開いた。

「どうも、瀬尾(せお)貴晴(たかはる)です」

 ……セオタカハル?

「貴晴!」

 ふっと湧いた疑問は、彼より更に勢いよく登場した文乃さんの声によって一度かき消える。

「家庭教師の先生が来てないって、あなた今度は何したの?」

 少年はあからさまに不機嫌になった。

「別に。ただ俺のこと馬鹿だと思ってる先生に教わったところで成績が上がるとは思えないから、もう来なくていいっつっただけ」

「お母さんが一生懸命お願いして、ようやく来てもらった先生なのよ」

「知らねえよ」

 思春期真っ盛りの物言いにちょっとした懐かしさを覚える。でも、よく考えたら貴博さんのぶっきらぼうな態度とあまり変わらないかもしれない。

 そんな思考を巡らせている間にも、文乃さんは息子に自室で勉強しているように言い含め、彼はうんざりした顔で部屋を出ていった。

「……あの、お騒がせしました」

 ペコリと頭を下げる彼女が、急にごく普通の母親に見えた。

「いえいえ」

 そこでつい、緊張が緩んでしまったらしい。

 再びソファに腰掛け、文乃さんが用意した紅茶とケーキをサーブする姿を見ているうちに、私は思ったことをそのまま口にしていた。

「貴晴くんも大変ですね。急に伯父様のところに養子へ行くことになるなんて、思ってもみなかったでしょうし」

「深雪さん?」

 隣に座る奈央子の声にハッとすると同時に、文乃さんの驚きの表情が視界に入った。

「何でそんなこと……貴博から聞いたの?」

「いえ、そうではなくて」

 私はただ、聞こえよがしの自己紹介によって文乃さんのお兄さんの「失敗談」を思い出したのだ。

 跡取りにこだわる由緒正しき家柄と、直接迷惑を被った感のある「困った人だった」という文乃さんの発言から導き出されたのが、彼女の第二子、第三子に白羽の矢が立つ「血のつながった養子説」だった。

「あ、分かったかもです」

 奈央子が即座に私の思考を汲み取り、上手く言葉をつないでくれた。文乃さんを納得させつつ、自分の発言にさえ狼狽えている頼りない先輩をフォローする。

「違う名字を名乗った時はちょっとびっくりしましたが」

 そうなのだ。しかし貴博さんのことは「兄ちゃん」で、これが単に親しみを込めた呼称である可能性は即刻奈央子が潰している。続柄が確定したのであとはどう解釈するか、ということになる。

「あれは当てつけだと思うわ」

「でも、お兄さんの彼女が気になって冷やかしにくるって仲良しですね」

 触れた以上は踏み込んでいくのが彼女のやり方らしい。そのさらりとした口調のおかげか母親の愚痴めいた言葉が、出てくる。出てくる。

「養子といっても先のことが決まっただけで、あの子はまだウチにいるのよ。せめて大学くらい決まってからでないと、とてもじゃないけど送り出せないわ」

 紅茶とケーキも燃料投下となったのか、文乃さんは段々と饒舌になっていく。そこへ奈央子も軽快に相槌を打つ。

「ということは、貴晴くんは高校生ですか」

「いいえ、二十歳の浪人生」

 大方の予想通り、貴晴くんは実の伯父の後継者になる道が約束されているらしい。その割に彼は一歩目から盛大に道を踏み外しているという。 

「急なことで貴晴も戸惑っていると思う。あの子に関しては私も貴博より甘やかしてしまったところがあるから……ホントに心配」

「浪人生、でしたか」

 奈央子がおもむろにこちらを向いた。何やらピンときたようにパチパチ瞬きをすると、ニッと笑顔を作る。

「深雪さん、貴晴くんの家庭教師になってあげたらどうですか?」

 ……言うと思った。

 それが良案と確信した後輩は、早速売り込みを始める。

「文乃さん、先輩は劇団で脚本家兼演出家をしています。つまり癖の強い自由人の集団を束ねる、ものすごく面倒見のいい人なんですよ」

「面倒見って。あの子が中学生ならそれが売りの先生もありがたいけど、浪人生よ? 既に二回、大学に落ちてるの」

 一流大学に合格させるだけの学力が最優先だという言外のミッションに、奈央子は目一杯の笑顔で答えた。

「全然問題ないですよね、深雪さん?」

「……まあ、最終的には本人次第ではあるけれど」

 彼女は私の肩をポンと叩くと、私の唯一万人に誇れる武器を突き付けた。

「先輩、こう見えて東大卒なんです。めちゃくちゃ頭いいんですよ」

「ウソ?」

 文乃さんの瞳はこれまで私に様々な感情を訴えてきたけれど、この時ばかりは驚きすぎてほぼ「無」だった。

 そして数十秒後、彼女は私に向かって深々と頭を下げていた。

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