8 お近づきミッション(1)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
「やっぱりAラインっていいですね。ひらひらしていて可愛いです」
適当なことを言いながらウェディングドレスを手に取る奈央子に、清潔感あふれる女性スタッフがニコニコと相槌を打つ。
「はい、こちら新作ですごく人気なんですよ」
唐突に連れてこられたウェディング衣装の専門店で、ずらりと並ぶ純白のドレスたちに私は圧倒されていた。しかし後輩はまるで自分が結婚するかのように、手にしたドレスを自分の身体にあてがっている。
「普段ここまで肩とか背中とか出すことってないけど、花嫁衣装は特別ですもんね。深雪さん、どう思います?」
「へ?」
「スカートのシルエットが可愛らしい分、上半身はすっきりしたデザインだそうです。先輩ならこんな感じが似合うんじゃないですか?」
一歩こちらに近づいて、その先は店員に聞こえないよう耳打ちする。
「ウチで作ることを考えても、ぴったりサイズは怖いし布面積は減らしたいから、この辺りが落としどころだと思います」
「はあ?」
思わず拒絶するような態度を取ってしまった。
その反応に店員も怪訝な表情を浮かべたが、奈央子は気にしない。得意のアドリブでさらりとフォローを入れる。
「実は結婚の予定があるのは先輩の方なんです。だけどこの人、急に怖くなっちゃったのか彼氏からのプロポーズにまだちゃんと答えられてなくて。だから今日はちょっとでも背中を押せたらと、半ば無理やり連れてきたんですよ」
虚実入り交じった説明で冷やかしであることまで明かしてしまったのに、店員は頷きながら更に友好的な笑みを浮かべた。
「そうなんですね、ぜひ彼氏さんとの未来をイメージなさってみてください。ご試着はなさいますか?」
「いや、私は――」
断ろうとした私を遮って、奈央子が素っ頓狂な声を上げる。
「いいんですか! 深雪さんが断るなら私が着ちゃおうかな」
何食わぬ顔で、本当にフィッティングを始めてしまった。
しばらくはカーテン越しに着替える彼女とそれを手伝うスタッフとのやり取りを聞いていたが、先に試着室から出てきたスタッフが席を外したところで、そっと後輩に声を掛ける。
「奈央子、どういうつもり?」
「店員さんに説明した通りですよ。先輩がうじうじしてるから、背中を押せたらと思いまして」
お見合いの件は奈央子に話していないが、貴博さんと上手くいっていないことなどお見通しのようだ。
「でも、さっきはウチで作るとか……舞台で結婚式を挙げるなんて、絶対にやらないからね」
「あ、そこは別件というか、純粋なネタ探しです。この前の企画会議から私もちょっと着てみたかったので」
シャッとカーテンが開くと、劇団カフェオレの看板女優がウェディングドレス姿で立っていた。
こうして実際に袖を通してもらうと、ウエストから裾に向かって広がっていくAラインの美しさがよく分かる。更に近くで見てみれば、控えめに添えられたレースやリボンがまた絶妙で可愛らしい。肩からデコルテにかけては露出が多くてドキリとするが、確かに花嫁衣装ならばこの程度は珍しくない。
「どうですか?」
「……可愛い」
何だかんだ言いつつも、私はその姿に見惚れていた。
「ですよね!」
奈央子が満面の笑みを浮かべる。
私でも高揚するのだから、衣装班かつ恋愛至上主義者の彼女がキャッキャするのは当然だろう。
「舞台での結婚式はただの思い付きですけど、実際ウェディングドレスほど映える衣装はないですからね。深雪さん、いい脚本書いてくださいよ」
「そうだねえ」
後輩に乗せられ、もうすぐ六月かとふと考える。
今から脚本を書いても本番はジューンブライドには間に合わないが、例えばそれを逆手に取って何かできないだろうか。日本ではあまり結婚式に向いている季節でもないわけだし――。
自分が創作モードに入っていたことに気付き、ハッとした。
「違う違う。もう、何やってるの?」
「何って試着ですよ。店員さんも冷やかしでも構わないと言ってくれましたし」
「店員さんは断れないだけだからね」
結婚式を挙げる予定のない人間がウェディングドレスを試着するのは、常識的に考えておかしい。それを忘れてはいけない。
けれども奈央子は平然と、ドレスを見せびらかすようにくるりと回ってみせるのだ。
「どうですか? 貴博さんとの結婚式、想像できました?」
「……もういいでしょ。帰ろう」
「その反応は考えましたね。まあ、深雪さんならこんなことしなくても想像できそうですけど」
奈央子はニヤリと笑みを浮かべて物申す。
「別に帰ったって構いませんけど、一度着ちゃったら慌てて脱いでも同じことですよ?」
「別にいいなら早くしてくれない?」
「はいはい」
試着室のカーテンが閉まったことを確認し、店員を呼び戻しに向かうと、入り口の方から他の客の声が聞こえてきた。
「そうなの。式を挙げるのは息子なんだけどね」
「それはおめでとうございます」
「こちらの衣装が目に留まって、つい足が向いてしまって」
どうやらあちらも新郎新婦不在で実質的には冷やかしだ。この店のスタッフにとって今日は厄日かもしれない。
「息子のお見合いがまとまるまで大変だったのよ。だから本当に嬉しくて」
……ん?
ふと、足が止まる。
声にも会話の内容にも聞き覚えがあった。通路の陰からこそこそ様子を伺うと、店頭のソファに座っていたのは篠目文乃さんだった。
……嘘でしょ?
しかもその縁談は、まとまってなどいないのだ。営業スマイルを浮かべたスタッフが気付いているかは分からないが、九分九厘成立しない希望的観測を聞かされている彼女が、なんだか気の毒に思えてしまった。
「どうしたんですか?」
いつの間にか私服に戻った奈央子が隣に立っていた。縮こまりながらもしっかり聞き耳を立てている私に、困惑の表情を浮かべている。
「実は――」
またしてもこの子に、洗いざらい話すことになってしまった。
私と貴博さんの齟齬は一言で伝えられるものではないのだが、文乃さんもまた嬉々として息子の話を続けている。おかげで奈央子は現状を正しく理解した上で、目の前に彼の母親がいることに目を輝かせていた。
「深雪さん、何ボーッとしているんですか! お母様と仲良くなれる絶好のチャンスじゃないですか」
「……どういうこと?」
答えるまでもないと、彼女は早速行動に移った。
「すみません」
まずは店員に声を掛ける態で、文乃さんとの距離を物理的に詰めていく。先程脱いだドレスの片付けを店員にお願いすることで彼女と二人きりになると、持ち前の人当たりの良さであっという間に会話に引き込んでいた。
「可愛らしい花嫁さんね」
「ああ、違うんです。花嫁さんは私じゃないんですよ」




