7 恋に敵はつきもので(3)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
「例えば、こういうのはどう?」
「はい?」
「私の知り合いの映画監督に、あなたの脚本を見てもらうの」
意味が分からず彼女を見つめると、更に不可解な言葉が飛んできた。
「むしろ売り出し中の若手俳優とかの方がいいかしら? やりたいことがたくさんあって、フットワーク抜群の役者たち」
「……何言ってるんですか?」
「分からない?」
マウントを取るようにもったいつけながら、彼女は真意を告げる。
「あなたは私と仲良くしておいた方がいいと思うわ。私が普段どういう世界にいるのか、聞いてたわよね?」
要するに歌舞伎界のお嬢様は、私にとって垂涎ものに違いないコネクションをちらつかせてきたのだ。
「貴博さんを私に譲ってくれるなら、口利きしてあげてもいいわよ」
「お断りします」
そんな取引ふざけている。私は即座に、丁重に首を振った。
「どうして? こんなにいい話もないと思うけど」
心外だと言わんばかりに彼女は首を傾げている。
「だってあなたたち、愛し合っているわけじゃないんでしょう」
「それは……」
麗さんの観察眼には恐れ入る。
けれど、そこまで見えているなら何故貴博さんと結婚できると思ったのだろう。たとえ私が譲ったとしても、彼がそれを承知するわけがない。
「確かに恋愛感情とは違うかもしれないけれど、貴博さんは私を選んでくれたんです」
彼女はじっとこちらを見つめ、やがてぽつりと呟いた。
「馬鹿な女」
「え?」
そして踵を返すと、私を置いてトイレから出ていった。
彼女を追って廊下へ出たところで、貴博さんとも鉢合わせた。もしかして私のことを心配して――。
「ホントよ!」
……え、何が?
彼に詰め寄り、麗さんは何やら訴えていた。
「深雪さんが取引を提案してきたの。婚約は解消してあげるからって」
「ち、違います!」
慌てて二人の間に割って入った。
たった今自分で持ち掛けた取引を、私が言い出したことにしてしまうとは。どこまで図太い人なのだ。
「私がそんなこと言うわけがないじゃないですか!」
対してこちらは、やっぱりアドリブが弱すぎる。
わざわざトイレの前で言い争うこともないだろうと、貴博さんが言うのでひとまず個室へ引き返すことになった。更に母親には、麗さんときちんと話し合う旨を告げて帰るように促していた。文乃さんもそういうことならと引き下がり、私はお見合い史上最も不可思議な「あとはお若い人たちで」を目の当たりにする。
あまり人目を気にしないタチであるこの男の対応は少々意外にも思えたが、場所が場所だからと納得しかけたところでハッとする。むしろ容赦ない言葉の殴り合いを始めるつもりなのではないか、と。
そして席に着いた途端、案の定彼はこちらへ尋ねてきた。
「さっきの話、嘘だろう?」
「え?」
「深雪が藤宮さんのコネクションに興味を持ったとして、わざわざ取引なんか持ち掛けない。真正面から突っ込んで、きっとドン引きされて終わりだ」
「……確かに」
さすがは貴博さん、直球勝負でスカウトされた男の言葉には説得力がある。
「まあ、どっちから切り出したかなんて、些末な問題だけどな」
それにしても、ついさっきまで「この女」呼ばわりしていた麗さんを、ちゃんとさん付けするんだな。
と、思ったら次は彼女の方へ振り向いた。
「深雪が婚約を解消したら、ホントに口利きできるのか?」
「え?」
予想外の問いに、麗さんでさえ目を白黒させる。
「脚本家としてのチャンスをもらえるのか?」
待って、それって――。
「まさか貴博さん、私のために麗さんと結婚するとか考えてる?」
かなりドギマギしながら質問したのだが、彼はあっさり首を振った。
「いや、さすがにそこまではない」
「……ですよね」
良かった。
しかし安堵したのもつかの間、彼はとんでもないことを言い放った。
「深雪が婚約を解消することと、俺が誰と結婚するのかは全く別の話だからな」
「はい?」
……ちょっと、意味が分からない。
「貴博さん、私と結婚するんでしょう? 結婚しようって言いましたよね!?」
「そのつもりだったけど、俺は深雪のパトロンでもあるからさ。脚本家としての深雪を応援したいし、チャンスがあるなら俺のことなんか気にせず夢を掴んでほしい」
「で、でも……」
「俺は深雪になら利用されても構わない。というか俺たちの関係って、そういうものだったろう?」
そういうもの、だったのだろうか?
「その分面白いものを見せてくれたら、ちゃんとウィンウィンだからさ」
貴博さんはある意味、プロポーズの時以上に都合のいいことを話していた。
彼が私を思ってくれているのは分かる。だけど――。
「さっきから勝手なこと言ってるけど」
唐突に、麗さんが口を挟んだ。
「婚約解消だけじゃ、私に何の利益もないじゃない。それで口利きしろって虫が良すぎない?」
「そうか? 口利きだって百パーセントじゃないんだから、機会が得られるという点では同じだろ。俺が間に入ったから変に聞こえるだけで、深雪と藤宮さんの取引としては対等だと思うけど」
「なら、私はあなたにアプローチする権利くらいはもらえるわけよね?」
「は?」
どこまでも強かな麗さんに、貴博さんが眉根を寄せる。
それなのに、彼ははっきり「ノー」とは言わなかった。
「……違う」
私が望んだのは断じてこういうことではない。
「深雪?」
だけど、最初から薄々分かっていたことでもなかったか。
貴博さんは愛ではなく理屈で私を選んだ。人として、脚本家としての興味が先にあり、女として必要とされているわけではない。
「やっぱりその取引、私は乗れません」
「え?」
分かってはいても、やはりショックだった。
私の愛情は一方通行で、同じものを貴博さんに求めることはできないのだ。
「貴博さん、舞台の稽古していた頃にも言いましたよね」
アドリブが下手なら、せめて素直になりたかった。あなたのことが好きだから捨てないでほしい、愛してほしいと叫びたかったのに――。
「みんながみんな、あなたみたいに上手く割り切れないんです。甘いと思われるかもしれませんけど、お芝居において良好な人間関係は必須ですから、わだかまりが残りそうなやり方は避けたいです」
格好つけてそう言って、私は席を立っていた。




