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7 恋に敵はつきもので(2)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

 貴博さんが少しイライラしてきている。母と息子の戦いについていけずに視線を逸らすと、ふと麗さんと目が合った。

 彼女は値踏みするようにこちらを睨みつけていた。

「!」

 こんな応酬を見せつけられたら「ちょっと待った」と割り込みたくもなるだろう。まさかお見合い相手が他の女を連れてくるとは思わないし、そろそろ怒り出してもおかしくはない。実際、彼女の視線にはかなりの怒気が含まれていたように思う。

 しかし麗さんは静観を決め込んでいる。それは怒りを露わにするのははしたないという育ちの良さによるものか、あるいは――。

「麗さんは」

 気付くと私は言葉を発していた。貴博さんがハッとしたようにこちらへ振り返る。

「どう思いますか? お見合いに婚約者を連れてくる男」

「……婚約者って」

「あ、今のは別にマウントを取ったわけじゃなくて」

 言い訳を口にする前に、麗さんは小さく頷いた。

「あなたが最初に私を気にかけてくださるのね」

 そして隠し持っていた言葉のナイフを振りかざす。

「あなたさえいなければ、私は普通にお見合いをして、普通に結婚できたかもしれないのに」

 おっしゃる通り。

「でも彼、こういう男なので」

 普通の結婚なんかできない偏屈な男だと言外に伝えると、麗さんは曖昧に微笑んで答えを回避した。

 どうやら彼女、まだこのお見合いをナシとはジャッジしていないらしい。

「麗さん、この女性のことは気になさらないで。貴博は今ちょっと気の迷いを起こしているだけだから」

「ええ、よく分かりました」

 それとおそらく、文乃さんは勘違いをしている。

 彼女は麗さんが女人禁制の梨園で、奥ゆかしくつつましやかな女性に育てられたと思い込んでいるが、むしろ外の世界でも生きていけるよう強かに育てられたんじゃないだろうか。

 きっとお芝居の経験もあるのだろう。私の目には劇団カフェオレに欲しいくらい忍耐強くて猫被りの上手い女優に見えた。


 笑顔を崩さない麗さんのおかげで、レストランでの会食という体裁は辛うじて保たれていた。

 ただ、飛び込み参加の私の分まで料理を出してくれた店の方には本当に申し訳ないのだが、とても食事を味わえる空気ではない。最低限の礼儀として胃袋に詰め込んで、頃合いを見て私はトイレに逃げ込んだ。

 個室の壁にもたれて、一人項垂れる。

 舞台の上なら何だってできたのに、この体たらく。どうすれば勇也さんみたいに日常的に演技のスイッチを入れられるのだろう。せめて笑って受け流すくらい、できないものだろうか。

「深雪さん?」

 扉越しに、麗さんの声がした。

「あなた、どうしてこんなところまで来たの?」

「どうしてって」

「私にケンカを売りにきたようには見えないのだけど」

 むしろ彼女の方がケンカを吹っ掛けにきたように聞こえるが、疑問そのものは真っ当だった。何か返さなければと、言い訳をぼそぼそ口にする。

「だから、その……麗さんがいるなんて知らなかったんです。私は文乃さん、貴博さんのお母様に会いにきたので」

「へえ」

 先程の会話の流れから、私の置かれた状況はだいたい掴めたのだろう。扉一枚隔てていても伝わるくらいはっきりと、鼻で笑われてしまった。

「でも、あなたにササメの次期社長の妻が務まるとは思えないわ。早いところ諦めた方が賢明じゃないかしら?」

「……違う」

 おそらくはそうだけど、きっとそうではない。婚約にあたり、私と貴博さんは全く別次元の話をしていたのだ。

 無意識に抗議しようとして、ドアを開けていた。

「ササメの御曹司と結婚するんじゃありません。私は、篠目貴博さんと結婚するんです」

「あら、そう」

 丸腰のまま姿を晒した婚約者を、お見合い相手は一笑に付す。

 彼女の方はオーラというか、気迫によって武装されていた。私より背も低いし華奢なのに、ピシッと背筋を伸ばした立ち姿はとにかく圧が強かった。

「いいことを聞いたわ。確かに彼、御曹司扱いとか嫌いそうよね」

 麗さんはたくましい。そんな彼女に、私は余計なことを言ってしまったかもしれない。

「ついでにもう一つ教えてもらいたいんだけど、あなたと貴博さんってどういう関係なの?」

「へ?」

「だって彼、お見合い相手の顔に泥を塗ってまで婚約者だと主張したくせに、この状況で一番大事なことは口にしなかったじゃない」

 無視しておけばいいものを、反射的に聞き返してしまう。

「一番大事なこと?」

「例えば――俺たち愛し合っているんだ、とか」

 ドキリとした。

 動揺した私を見て、すかさず追い討ちをかける。

「あなたへの評価は『面白い女』だったし」

「……それが、貴博さんなりの愛情表現なんです」

「へえ」

 嫌な予感がする。このまま彼女と対峙していても、ろくなことにならないだろう。

 けれどもトイレという狭い空間で、姿勢よく仁王立ちになっている麗さんの脇を突破できる気もしなかった。

「深雪さん、脚本家なんですって?」

「何で知って……?」

 とっさに尋ねてから気が付いた。

 ついさっき貴博さんが話していたではないか。私自身、劇団の文脈がなければ使用しない肩書なので、あんまりしっくりはこないのだけど。

「将来有望って、いったい誰に見込まれているのかしらね?」

 ものすごく見下した物言いである。

 貴博さんとアマチュア劇団のメンバーが応援してくれている。そう返したところで、また鼻で笑われるだけだろう。

 何も言えずに立ち尽くしていると、再び麗さんが口を開く。

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