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7 恋に敵はつきもので(1)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

 今度こそ話を付けるからと、貴博さんが私を連れてきた場所は星でも付いていそうな高級レストランだった。実家に突撃してケンカ別れをしたばかりなのに、これほどきちっとしたアポを取り付けてくれるとは思わなかった。

「よくあのお母様を口説けたね」

 ハイセンスな店構えを前につい心の声を漏らすと、貴博さんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「いや、今回は母親からの呼び出し」

「え?」

「深雪が来るとは言ってない」

 どういうことかと問えば、彼はなんとも苦い表情を浮かべた。

「また次の見合い相手でも見繕ってきたんだろう。ホント分かりやすい人だよな」

「……つまり、ここはお見合い会場ってこと?」

 恐る恐る尋ねると、貴博さんは鷹揚に頷いた。

「何も聞かされてないけど、九分九厘そうだと思ってる。まあ、入ってみれば分かるだろう」

 いやいや。

「それでどうして私を連れてきたの?」

「だから、母親と話すため。深雪ももう一度会いたがってたし」

 確かにお目には掛かりたい、というか、掛からねばと思っていた。だが、物事には大概段取りというものが必要である。

「俺から深雪の話をしようとしても、なかなか取り合ってもらえないからさ。今日は向こうから呼び出してくれたから、確実に会って話ができるだろう」

「だけど、その……お見合い相手もいるわけでしょう?」

「心配するな。無事に縁談を断ったら二度と会うこともない相手だ」

 相変わらずの貴博さんに言葉を失う。

「で、でも」

「リアルに政略結婚を匂わせてきた取引先とはとっくに破談になってるんだよ。今更誰と拗れても怖くない」

 考えてみればそうだろうけど、言葉にされると彼の現状はヘビーだ。いい加減結婚するかと思い直すのも頷ける。

 口を閉ざしたこちらを見て、貴博さんは足を踏み出した。その強引なやり方は感心しないし、正直あまり上手くいく気もしない。しかしここまで来てしまったのだから、私も腹を括って後に続くことにした。

 入り口で彼が名前を告げると、テーブル席の並ぶホールをサッと横目に通り過ぎ、奥の個室へ案内された。店員が私の存在に小さく首を傾げたことには、気付かなかったふりをする。

 暖色系のカーペットが敷かれた床、重厚感のある扉、白いクロスを張った八人は座れそうなテーブル――そこには貴博さんの読み通り、文乃さんといかにも「お嬢様」な女性が待っていた。

 先日と同じように無地のブラウスとタイトなスカートで控えめに装った文乃さんは初めから席を立っていて、そのすぐ横に座っていた彼女も我々を認めて立ち上がる。

 私たちより少しだけ年下だろうか。癖一つない長い黒髪をまっすぐに切り揃え、赤いワンピースを着たその姿はとても艶やかに見えた。

 美人といえば奈央子みたいに大きな瞳をくりくりさせて華やかな笑顔を振りまく女性を想像する私だが、切れ長の目は涼やかで、どちらかというと大和撫子という言葉が似合う彼女のこともまた、きれいだなと感心してしまう。

 ……いや、感心している場合ではない。

「貴博、こちら藤宮(ふじみや)(れい)さん」

 文乃さんが真っ先に紹介したけれど、彼は聞いちゃいなかった。

「やっぱりそういうことだよな」

 その呟きはつまり「やっぱりお見合いを仕込んだんだな」ということだろう。相手が何か言い出す前に、貴博さんははっきりと告げた。

「お母さん、前にも話した通り俺は深雪と結婚するから」

 彼の意志の強さは頼もしいけれど、こんなふうにケンカ腰で宣言して話し合いになるのかと、心の内では不安が勝る。

「……とりあえず、座ったら? 麗さんを立たせてしまったことだし」

 文乃さんの提案はもっともで、不穏な空気を感じながらも各々が席に着く。招かれざる客の私はどうしたものかと立ち尽くしていたが、貴博さんが問答無用で隣に座らせてくれた。

 しかしこうなると、仲人の文乃さんも篠目家の人間だから、麗さんこそアウェーに見える。そこへ貴博さんが容赦なく追い打ちをかけた。

「その女に用はないんだけど」

 つくづく彼は物好きで、私は幸運だったと思い知る。もし出会う前から勤め先の御曹司の顔を知っていたら、スカウトなんかできなかっただろう。

「こら貴博、麗さんは歌舞伎役者の宮川辰之助さんのところのお嬢さんでね――」

 しかし文乃さんもぶれない。目の前に座る大和撫子が由緒正しいお嬢様で、かつ、貴博さんの「面白い」センサーに引っ掛かりそうな業界の人間であるということをものすごい勢いでアピールしている。

 要するに貴博さんの物好きなところは父親似で、自信過剰にも見える気の強さは母親似ということか。そんな面倒なところばかり受け継がなくてもいいだろうに。

「今も舞台のお仕事をしていらっしゃるんでしょう?」

 文乃さんの振りに、藤宮麗さんがニコッと笑顔で答えた。

「ええ、演出のお手伝いを」

 やっぱり美人だ……と見惚れてしまってから今語られた内容を反芻する。

 宮川辰之助といえば歌舞伎界のビッグネームの一人だが、一族まるっと芸名を使う業界なので本名が藤宮だとは知らなかった。

 その血筋なら美しさは折り紙付きだろう。女優と言われても納得だし、ひょっとして彼女も子供の頃は宮川何某を名乗って舞台に立ったりしたのだろうか。一人の脚本家志望として、私の方が興味が湧いてしまいそうだ。

「麗さんなら家のことも安心して任せられるし、今まで貴博が断ってきた『つまらない』女とも違うと思うの」

 当のお見合い相手を前にして文乃さんが堂々と言う。息子さえその気にさせてしまえば、女性の方から断られることはないと確信しているらしい。そして息子の気を引くために選んだのが梨園のお嬢様――。

 やはり彼が私のような売れない脚本家を「面白い」と評価したことが人選に影響しているのだろうか。

「くだらない」

 ぽつりと彼の口からこぼれ落ちた言葉は、たぶん、隣に座っていた私の耳にしか届かなかったと思う。

「お母さん、俺はもう結婚相手を決めてるんだから、誰を連れてきても同じだし無意味なんだって」

 それを聞いた文乃さんは、こちらに一瞥をくれて鼻で笑う。

「だって、越智さんは――」

「将来有望な脚本家で、ササメの社員だから身元もしっかりしていて、隣にいて一生飽きない面白い女だ。何度もそう話しただろう?」

 何度も話してくれているのか。今更ながら貴博さんの本気が伺える。そして文乃さんの本気も。

「お芝居のことなら麗さんの方がお詳しいでしょう。私にはよく分からないけど、貴博が興味があるなら」

「そうじゃなくて」

「結婚したら家庭を守ってもらわないといけないでしょう。そういう意味では、前に紹介したお嬢さんたちよりむしろ麗さんの方がいいとも思ったの。やっぱり育った環境が違うから、すごくしっかりしていらっしゃるわ」

「俺は別に」

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