6 勝手な未来予想図(4)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
「勇也さんも奈央子も、お騒がせしてごめんなさい。私が劇団を辞めるから、次回公演は誰か他の演出を立てて――」
「何で!?」
急に二人の声が重なった。そしてお互いに顔を見合わせ、勇也さんから口を開いた。
「別に今すぐ辞める必要はないだろう。白黒つけないのがウチのモットーなんだから、例えば深雪がプロとして稼げるようになって、アマチュア劇団に無償で脚本提供なんかやってられないと思うまでは、好きなだけカフェオレにいればいいじゃないか」
「そうですよ。それに戦略的なことなんか何にも考えずに自由に書きたいものを書ける場所があった方が、これから創作漬けになるかもしれない深雪さんの精神衛生的にはいいと思います」
何故かそこだけ息ぴったりで、二人で頷き合っていた。
「というか、私は今日は深雪さんの恋バナの続きを聞くためにお呼ばれしたのであって、結婚後の展望なんて皮算用がすぎるんですよ」
「それは、そうかも」
私はまだ貴博さんのご両親、特に母親から結婚を反対されている立場である。
「でも二人の気持ちは固まっているわけですよね。だったらもう既成事実を作っちゃってもいいんじゃないですか?」
奈央子は実に恋愛至上主義者らしい提案を口にした。
「既成事実?」
「例えば、先に籍だけ入れちゃうとか」
「さすがにそれは」
ただ、貴博さんも母親の前で似たようなことを口走っていた。行動派は思い付きをそのまま実行に移そうとするから困る。
「じゃあ逆に、式だけ挙げちゃいましょうか?」
「いや、だから……どうしてそういう発想になるかな」
私も追い込まれると突飛な言動に走ってしまう自覚があるが、それはあくまで切羽詰まった苦し紛れから生まれたものだ。力業でゴリ押しすることを本来は好まないし、できることなら綿密な計画を立て、シミュレーション通りにことを運びたい人間なのだ。
「あのね、結婚式っていうのはみんなに祝福されてこそ――」
「いいこと思い付きました」
奈央子がパッと笑顔を咲かせる。
「絶対に怖いこと思い付いたね」
「劇団カフェオレの次回公演はお二人の結婚式にしましょうよ。お客様の前で愛を誓う人前式です」
「!?」
「ほら、結婚式って決まったプログラムがあって、それを参列者に見せびらかしていくものじゃないですか。なんか演劇に通じるところがある気がしません?」
「……しません」
酔っ払っているのだろうか。私も奈央子も手元のグラスが空になっていたので、二杯目はチェイサー代わりのウーロン茶を頼んだ。
「ウェディングドレスなんて衣装の最たるものだし、音響とか照明とかいろんな小道具で会場を盛り上げるし、美しいハッピーエンドが待ってるし」
「分かった、分かったから一回冷静になろうか。舞台で結婚式を挙げられるわけないでしょう」
「できると思いますけどね。私、司会進行のお姉さんの役をやりますよ」
奈央子の妄想が止まらない。
「ちゃんと祝福されたいなら新郎のご両親も呼べばいいじゃないですか。息子さんも出演する舞台のチケットですよって渡したら、とりあえず来てはくれるだろうし、あとは深雪さんの脚本演出の腕の見せ所です」
「いやいや、そんなの出たとこ勝負がすぎるでしょう」
「アドリブなら私と勇也さんに任せてください。ね?」
看板女優が名バイプレーヤーに変な同意を求めている。お願いだから上手くいさめてくれと勇也さんを見つめると、思いもよらぬ答えが返ってきた。
「面白そう」
「はい?」
「すごく斬新な舞台ができそう」
面白い舞台を作るためなら何でもする先輩に、改めてこの人も演劇フリークだと気付かされた。
「人の結婚式を何だと思ってるんですか?」
「何って、だから舞台だよ。上手くいったらそのまま式を挙げたことにしてもいいし、あくまで舞台の態にして後から御曹司との結婚式に相応しい絢爛豪華なやつを挙げたっていい。もし貴博くんのご両親の件とか他にも何か失敗しそうになったら、俺が舞台に上がってオチを付けてやる」
「オチ?」
「花嫁をかっさらいに来た幼馴染の役で、深雪と一緒に消えるんだ」
衝撃で声を失った私の隣で、奈央子が歓声を上げた。
「何それめっちゃ面白いじゃないですか!」
「だろ? あくまで失敗しそうになった時の回避策にはなるけれど」
今日イチの笑顔を見せる先輩に危機感を覚えた。
何が怖いって、私もイメージできてしまったのだ。貴博さんとの結婚式を舞台として盛り上げる演出を。なんなら勇也さんとドラマチックに会場を抜け出す方法まで思い付いてしまった。
……ああ、脚本家の想像力が恐ろしい。
「ダメですよ、そんなの。そもそも失敗なんかしませんから」
「やるの?」
勇也さんがニヤリと笑う。
「いやいや、舞台じゃなくて……そのうちちゃんとした結婚式をカフェオレのみんなも招待してやりますから」
今まで舞台を通して私は波乱万丈な人生をいくつも追体験してきた。だから自分の結婚式くらい、幸せな予定調和でごくありふれたものにしたい。
第一、既成事実のゴリ押しなんて上手くいくわけがないのだ。
ただでさえ愛があるのかも怪しい結婚なのに――。
「私は貴博さんが好きなんです。この気持ちはネタにできません」
それを忘れて彼を都合のいいパトロンにしてしまったら、私はきっと後悔する。そんな気がした。