6 勝手な未来予想図(3)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
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勇也さんから次回公演のスケジュールを提案され、私は思わず待ったを掛けた。
『何で? 何かあった?』
たった一行のメッセージに、勇也さんの勇也さんたる所以が溢れていた。
優秀な舞台監督は脚本家が企画を提出する前から、仮でもスケジュールを押さえて適度に周囲を急き立ててくれる。というか、そうしないとメンバーそれぞれに本業があるアマチュア劇団の活動は続かない。
『またみんなのやりたいことリストでも作ろうか?』
次の一言も、既成脚本を探す発想がまるでないところが彼らしい。
話に聞く創設者の先輩が抜けてから、劇団カフェオレで脚本を書く人間は私だけだ。けれど誰しもやりたいことがあって入団しているわけで、過去には皆の希望をギュッと詰め込んだ舞台を立てたこともある。リクエスト企画は脚本家の腕が試される非常に面白い取り組みだが、今回はそういうことではない。
演劇を趣味で済ませることができなくなった現状を説明するため、私は当たり前のように勇也さんとのサシ飲みのアポを取っていた。が、直前になってはたと気付く。仮にも婚約者という存在ができた今、いくら舞台監督でも男相手に一対一はまずいのではないか。
「深雪さんも成長しましたね」
既に半分くらい事情を知っている奈央子を急遽呼び出したら、顔を合わせた途端に生温かい目をされた。
というわけで私は今、劇団カフェオレ御用達の居酒屋で向かいに勇也さん、隣に奈央子という布陣でボックス席に腰を据え、ハイボール片手に無様な恋バナを披露しようとしている。
「ご心配をお掛けしてすみません。でも、今回はネタが思いつかないということではなくて、今後の演劇活動そのものについて考えていたところで」
「どういうこと?」
「実は私、結婚するかもしれなくて――」
千秋楽の夜に貴博さんからプロポーズされた。実は彼は勤め先の御曹司で、結婚の圧から逃げ回っていたらしい。女としてより脚本家として興味を持たれている自分が彼と結婚するならば、家庭に入るどころかプロを目指すのが既定路線である。そして具体的な話は何一つ進んでいないけれども、貴博さんからは既に婚約者として扱われている。
そういったことを、順を追って説明していく。今日は相手が黙って聞いてくれるから、私もしっかり頭の中で台詞を組み立てることができた気がする。
「深雪の話は分かったけど、どうして次回公演に待ったが掛かるの? 創作活動はむしろ本腰入れてやりたいってことだよね?」
最初に結婚という言葉を発した時には目を見開いていた勇也さんだが、余計なことには突っ込まない。私がそうしてほしいのが伝わったようで、本当にかけがえのない舞台監督だと思った。
「だって私、プロを目指すんですよ?」
現段階で私が突き進めるプロ脚本家への道は、大きく二つあると思っている。
一つはシナリオの公募に片っ端から挑戦していく王道のコース。たとえ箸にも棒にも引っ掛からずにお蔵入りの山が築かれたとしても、書くこと自体がスキルアップにつながるし、手持ちの脚本が増えていくことは今後の糧になるはずだ。
しかし、書いた脚本をすぐさま舞台にしてもらい、演出も役者も経験してきた私が「書くだけ」の活動を続けていくのは正直しんどい。だからもう一つの道として、自主制作でも自分の作品を公開していくことは必須だし、これからはもっと戦略的に行わなければならないと思っている。
「劇団カフェオレは趣味と割り切っているメンバーがほとんどだし、演劇はどうしても発信力が弱いんです。だからまずは、映像作品を作れるようになりたくて」
「つまり、次の企画は舞台じゃなくて映画を撮ろうって話?」
「え?」
「深雪がプロを目指して映画を撮ると知ったら、目の色変えて手伝わせてくれって言い出す奴がいくらでもいるよ。少なくともここに一人」
勇也さんは真顔で自分を指し示した。
「映像は専門外だけど、今は素人が一から編集覚えてネットで公開できる時代だもんな。あ、今までの舞台の映像も記録として残してあるから、アーカイブ配信とかもやってみればいいんじゃない? 定点撮影だからちょっと見づらいだろうけど、物は試しということで」
思案顔の彼は明日からでも映像編集の勉強を始めてしまいそうに見えた。
きっとものすごくありがたいことを言われているけれど、私が話したかったのはホントにそういうことだっけ……?
「二人ともいったい何の話をしてるんですか?」
先程まで黙って聞いていた奈央子が、唐突に口を開いた。
「何って深雪が本気で脚本家を目指すって――」
「深雪さんが人妻になっても勇也さんが二人で映画撮りたいっていうなら勝手にやってればいいですけど、私は御免ですよ。カフェオレを巻き込まないでください」
その語気の強さに驚いた。彼女は少々怒っているようだった。
「深雪さん、貴博さんと結婚するんですよね?」
「うん……たぶん」
「どうして決め切れてないんですか? 二人で納得いくまで話し合うんじゃなかったんですか?」
奈央子にせっつかれ、貴博さんの実家で彼の母親から反対された顛末まで全て打ち明けてしまった。
「少なくとも私たちの見解は一致したし、創作活動に直接関わるところじゃないから、さっきの説明では省いたんだけど」
「見解って」
これ見よがしに溜め息をつかれた。
「バリバリ創作に関わるところでしょう。もし結婚がなくなったら貴博さんのパトロン宣言も白紙に戻るでしょうし。それとも、別れても投資し続けてくれるほど彼は脚本家としての深雪さんに惚れ込んでるんですか?」
彼女の問いに、答えることができなかった。仮にそうだと返せば、女としての自分は必要とされていないと、はっきりと認めることになる。
「ごめんなさい。意地悪なこと聞いちゃいましたかね」
こちらが黙っていると、奈央子はあっさり引き下がり「でも」と続けた。
「さすがに見ててイライラしますよ。深雪さんも勇也さんも」
「俺も?」
怪訝な表情を浮かべる勇也さんに対して、彼女は軽く鼻を鳴らす。
「むしろ勇也さんの方が重症でしょう。結婚話はビビッてスルーして、ビジネスパートナーの地位だけ守ろうとするとか馬鹿みたいじゃないですか。まだビジネスでも何でもないですからね」
「……言うなよ」
「すいません。次の舞台が勝手に映画に変更されそうだったので、つい。私は舞台が好きなんです。今ここにしか存在しないお芝居が。記録に残らなくても記憶に残せたらいいって、勇也さんもどちらかといえばそういう人でしょう」
彼が曖昧に頷く。私もそれは分かっていたから、映画撮影に乗り気な態度に戸惑ったのだった。




