6 勝手な未来予想図(2)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
ただ、そのための準備と後片付けが果てしなく面倒くさいという理由で、私は今まで率先して料理というものをしてこなかった。そんなことに時間を取られるくらいなら、舞台のことを考えていたかった。
「もしかして家のことすらするつもりがなかったの? ウチにお金があるから、人に任せればいいとでも思っていたのかしら?」
「いえ、そんなことは」
全然考えていなかった。結婚後のリアルな生活というものを、たった今、初めて突き付けられたのだ。
仕事も家事も、最低限のことならできるしやるべきだろう。貴博さんとならば、互いにウィンウィンな共同生活を送るために必要なルールを、一から話し合って決めることができる気がする。私と貴博さんはそういうお付き合いをしている……たぶん。
だけど、この状況をどこから説明すれば他人様に理解し、納得してもらえるのだろう?
「深雪は脚本家だから」
私が頭の中で台詞を組み立てている間に、彼は更なる爆弾を投下した。文乃さんが眉根を寄せる。
とっさに、彼の腕を掴んでいた。
「変なことを言わないでください」
「別に変なことではないだろう。俺は脚本家の深雪に惚れたから、そういう活動も含めて支えたいと思ってる。深雪は進むべき道を突っ走れば、ちゃんとプロに――」
「貴博さん!」
もちろん私は彼の言わんとしていることを理解している。ありがたいとも申し訳ないとも思っている。逆にこちらが不安になるような提案でもあったが、最終的には納得してプロポーズを受けた。
しかし、それをご両親に馬鹿正直に話すのはどうなのだろうか。
「あなたが駆け引きや小細工が嫌いなのはよく分かりました」
勢い突っ掛かりそうになったところを、一呼吸置いてから言い含める。
「でも、売れない脚本家と結婚したい理由を並べていっても、お父様やお母様を説得できるとは思えません」
「なるほど」
唐突に、貴一さんがくすくすと喉を鳴らした。
「随分と面白い女性を連れてきたじゃないか」
「そう、そうなんだよ! 面白いから連れてきたんだ。俺を役者にスカウトした女だぞ。隣にいて一生退屈しない思う」
貴博さんもまた笑みを浮かべる。
ああ、こういうところで父と息子は似た者同士なのか。この関係を認めてもらえるならありがたいはずなのに、何故か天を仰ぎたくなる。
「ちょっと、あなた」
今度は文乃さんが夫をたしなめていた。
「この方が篠目家の嫁に相応しいとでも言うんですか?」
「いや」
貴一さんが笑顔のまま首を振る。
「ただ面白いと思っただけだ。息子の嫁に欲しいかと聞かれたら、別に欲しくはない」
僅かに和んだ空気は、即座に切って捨てられた。代わりに文乃さんが嬉々としてこちらを睨みつけていた。
「そうです、そうですよ。こんなふざけた婚約者がいてたまりますか!」
先程よりも語気が強い。夫の言質が取れたことで、遠慮は無用と思ったようだった。
「貴博、面白い方だというならお友達になさい。それなら私も認めますから」
……いや、ただの友達なら親の許可なんて要らないのでは?
そう思うのに反論できないのは、私の常識が篠目家の常識とは限らないからだ。貴博さんが幼少より叩き込まれた帝王学の中に「付き合う人間は選べ」という項目があったとしても不思議はないし、自分の興味だけで取捨選択しようとする息子の軌道修正を文乃さんが必死に行ってきたことはもはや火を見るよりも明らかだった。
「何で俺の友達までお母さんに認めてもらわないといけないの?」
だから貴博さんがそう言って顔をしかめた時、私は情けなくも安堵した。
ただ、次の言葉を耳にした際は逆に少々肌が粟立った。
「俺は結婚相手だってわざわざ認めてもらう必要はないと思ってる。でも家族になるんだし、深雪も気にしてるからきちんと挨拶だけはしておこうと思ったわけで。けどもう紹介も済んだから、お母さんが反対しようがさっさと籍でも式でも――」
「ダメです!」
図らずも、私と文乃さんの声が重なっていた。反射的に目を合わせると、私は俯き、彼女は前のめりになる。
「いい加減になさい。貴博、あなたの結婚はあなた一人の問題じゃないのよ」
「ああ、これは俺と深雪の問題だ。だから深雪が迷っているのを見ると、俺もちょっとだけ不安になる。今までこんなこと一度もなかったのに」
貴博さんは自嘲的な笑みを浮かべた。
「これが現を抜かしているんだと言われたら、そうなのかもしれない」
いや、そんなことはないだろう。
しかし息子の告白を聞かされた文乃さんは、真っ青になっていた。
「しおらしいふりをして貴博に取り入って。こんな女に……こんな女に!」
ふつふつと湧き上がる罵倒を呟いては呑み込んでいる彼女を見て、怖くなった。もしこの場に貴博さんや貴一さんがおらず私と二人きりだったら、迷わず掴みかかっていたのではないだろうか。
でも、そう思う気持ちも分かるのだ。
仕事も家庭も中途半端で、それこそ演劇に現を抜かしている。こんな女を連れてきた息子のことが、心配にならないわけがない。
「深雪、卑屈になるなよ」
「……え?」
「あんたは俺が惚れた女だ。だから堂々としてろ」
何でもないことのように貴博さんはその台詞を口にした。自分はこの問答無用のまっすぐさに惚れたのだと実感する。
「とにかく、俺は深雪と結婚するから」
貴博さんはもう一度、力強く両親に訴えると席を立った。
「深雪、行こう」
「え?」
「言うべきことは言ったから」
ずっと逃げ出したい気持ちでいっぱいだった私は、促されるまま立ち上がっていた。
自分の主張を押し通すだけの貴博さんとその隣で縮こまるしかできなかった自分は、とてもじゃないが今日の目的は果たせていない。とはいえ、顔面蒼白になっている文乃さんにこれ以上何を言っても無駄だろう。
でも――。
「あの、また来ます。お二人にはちゃんと……認めてもらいたいので」
去り際にペコリと頭を下げると、妙に落ち着いた声が返ってきた。
「また来る気があるのか。君もなかなかいい根性しているね」
混沌とした状況の中で、貴一さんだけが愉快そうに笑っていた。




