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5 それは果たして恋なのか(2)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

「息子が結婚してくれるなら誰でもいいってわけじゃないでしょう。次期社長の嫁? に、相応しい人がいいんじゃないの?」

「俺の結婚相手なんだから、俺がいいと思った相手を選ぶだけだろう」

「本来は、というか恋愛結婚ならそうだろうけど」

 親からの圧力で結婚を検討し、メリットデメリットで相手を選ぼうとしている貴博さんだから聞いたのだ。現に篠目社長は、私が貴博さんと結婚するとは微塵も思っていないように見えた。

「ほとんど趣味で書いていただけのアマチュア脚本家が、あなたのご両親に受け入れられるとも思えないし、私はそこで臨機応変に猫を被れるほど役者じゃないの」

「アドリブが苦手って、そういうことか」

 こちらが悶々と悩んでいたことを、彼は一笑に付した。

「別にそんなこと求めてない」

「でも」

「心配するな。深雪はササメの社員でもあるんだから、身元は保証されてるようなものだろう。だからこそ親父にバレたというか、聞かれたことには正直に答えたというか」

「じゃあ、尚更会社を辞めるわけにはいかないじゃない」

「辞めるって選択肢、見えてきたようだな」

 揚げ足を取った貴博さんがニヤリと笑う。

「深雪の人生を俺がとやかく言うことはできないけど、それでも俺は一番近いところで深雪の人生に投資したい」

 色気なんか欠片もないくせに、思いのほか熱のこもったプロポーズだった。

「……その投資、失敗していつか後悔するかもしれないって分かってる?」

「俺は絶対に後悔しない。だから聞きたいのは、深雪が俺のことを、俺との結婚をどう思うかってそれだけだ」

 だとすれば正直、こんなに都合のいい話もないと思う。

 貴博さんは一目見ただけで舞台に立たせたくなった私好みのイケメンだ。そんな男が大企業の御曹司で、私の夢を経済的に支援したいと申し出ている。おまけに数々の縁談を蹴ってまで私と結婚したいと。

「貴博さん、実は結婚詐欺師じゃないよね?」

「あんたもう親父にも会ってるんだろう。どこの詐欺師がササメの社長をサクラとして抱き込めるんだよ」

「だよね」

 どんなに都合が良くても、事実と認めるしかないだろう。

「だったらやっぱり、申し訳ないかな」

「は?」

「夢を追うことさえできなかった私のことを、貴博さんは過大評価してる」

 懸命に絞り出した本音を、またしても彼は一蹴した。

「問題ない」

「え?」

「申し訳なくて尻込みするってことは、俺との結婚はやぶさかではないってことだろう」

「それは」

 否定できない。できるわけがない。

 けれども肯定することもできなくて、黙ったまま目の前のグラスに口を付ける。

「なら、あとは脚本家として成功してもらうだけだ」

「でも」

「俺が惚れたのは深雪の演劇に対する姿勢とか熱意とかそういうところだからさ、あんたが創作に打ち込んでいるうちは大丈夫」

 彼の笑顔は、舞台の上で見たヒロのものと重なった。

「あんたが夢を諦めなければ失敗にはならない。でもって、辛いとかしんどいとか、そういう理由で深雪が舞台を投げ出す人間じゃないのは分かってる」

「そんなこと、それこそやってみないと分からないじゃない。脚本に集中した途端にプレッシャーに押し潰されて逃げ出すかもしれないじゃない」

「だな」

 あっさり同意した彼の横顔を、私はまじまじと見つめてしまった。

「でも投資ならそれくらいのリスクは付き物だし、深雪なら大丈夫だと信じてる。あんたの親父さんも一切逃げ出さなかっただろう?」

「え?」

「どんなに店が傾いても結局ケーキ作るのが好きで、二十年近く続いてる。店主のオススメが開店当初からずっとシフォンケーキって、なかなかとがってるよな」

「……何で知ってるの?」

「俺も一応ササメの副社長だからな。不撓不屈のパティスリーの話は普通に興味がある」

 彼が製菓会社の御曹司であることを、改めて思い出した。

「あと俺、人として脚本家として深雪に興味を持ったのは事実だけど、まるきり女として見てないわけじゃないから」

「へ?」

 まっすぐに見つめ返された私は、とっさにグラスへ手を伸ばしたが、二杯目も既に空だった。おかわりを頼むと「あまり飲みすぎるなよ」と忠告されてしまう。

「ごめんなさい。私てっきり、貴博さんはそういうことに興味ないものかと」

「興味のない女にキスなんかしないっての」

「だってあれは――」

「演技じゃないって、言ったろ?」

 貴博さんは再度こちらへ軽く身体を開き、私の目を見て告げた。

「俺、あんたのこと好きなんだと思う」

 先程と同じ言葉がまるで違う意味に響く。それでも断定してこないところが、恋愛下手な貴博さんらしかった。

「ダメです」

「え?」

「だって、私の方が」

 きっととうに好きだった。

 けれども、こんな男に惚れたら泥沼だと自分の気持ちから目を逸らしていた。

「……貴博さん、例えばですよ」

「うん?」

「結婚したら……その、私を抱けますか?」

 一瞬呆気に取られた顔をして、彼はニッコリと微笑んだ。

「そんなの、今からだって抱けるけど」

 そのニッコリは、すぐにニヤリへと様相を変える。

「深雪の方こそ意外だな。俺とそういうことしたかったのか」

「いや、そういう意味じゃ」

 また困ってグラスに手を伸ばすと、貴博さんが制止する。

「抱けるかって問いは、抱いてほしいことが大前提だ。違うか?」

 俯いた私の耳元で彼がささやく。途端にぶわっと身体が熱を帯びた。

 違う、この火照りはアルコールのせいであって――。

「深雪」

「……」

「こっち向いて」

 僅かに顔を持ち上げると、貴博さんと目が合った。私が惚れ込んだイケメンが、まっすぐにこちらを見つめている。

「部屋、行く?」

 私はコクリと頷いていた。


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