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5 それは果たして恋なのか(1)

演劇×恋愛系ライトノベルです。

 貴博さんから指定された場所はホテルのバーだった。

 暖色系の明かりに包まれたレトロな店内は、完全にお酒を楽しむ大人のための空間だった。バーカウンターの最奥に座るジャケットスタイルのイケメンが、あまりに格好よくて文句の一つもぶつけたくなる。

「いきなりこういうところに誘わないでくれる?」

「嫌なら嫌と言ってくれれば――」

「別に嫌じゃないけど、ちょっと緊張するって話」

 カウンターの向こうに酒瓶が並びバーテンダーが立つオーセンティックバーは、ドラマの舞台としてとても絵になる。だから脚本を書くために一度調べたことがあるけれど、実際に足を踏み入れるのは初めてだった。

 少しだけ背伸びしたヒールと大人っぽい黒のワンピースで乗り込んだ私は、彼の隣に座ると手持ちの知識から一番ベタと思われるジントニックを注文する。

「普通に様になってるじゃん」

「え?」

「緊張してるようには見えない」

 慣れた手つきでグラスを呷る貴博さんは、どこまでも偉そうな男である。

「偉そうというか、偉いんだっけ?」

「うん?」

「副社長さん」

 今更敬語に戻るまいと気を張っているせいか、少々言葉が強くなってしまった。こちらへ身体を開いて座っていた彼が、正面に向き直る。

「ごめん」

 その口からぽつりとこぼれた台詞に、私は耳を疑った。

「え?」

「俺が中途半端なことしてる間に、親父に呼び出されたらしいな。そりゃビビるわ」

「……貴博さんって、そんな素直に謝れるんだ」

「おい」

 苦笑しながら彼が突っ込んで、お互いに緊張がほぐれたようだ。二人でお酒を飲みながら、少しずつ言葉を交わしていく。

「もう知ってると思うけど、俺の名前は篠目貴博で、俺の親父はササメの社長で、あと何年かしたら親父の跡を継いで社長になる……かな。たぶん」

「たぶん?」

「正直実感ないんだわ。三十歳ってもっと大人だと思ってたけど、全然だな」

 こんなにもかけ離れた立場にあっても、年頃による悩みの本質は変わらないらしい。

「早く結婚しろとか子供を作れとか平気で言ってくるし、そんな相手はいないと返せば勝手にお見合いをセッティングしてくるし」

「それは、お母様が?」

「ああ。母親の方があからさまだけど、父親も結婚はしてほしいんだろうな」

 篠目社長の態度はそんなふうには見えなかったが、初対面の私に本当のところが推し量れるわけもない。

「実のところ結構困ってた。突っぱね続ける選択肢もないことはないけど、この年になって更に圧が強くなった気がするし。そんな時に舞台に立つことになって、いろいろ考えたんだ」

「いろいろって……?」

「自分にとって特別な人間がいる感覚、とでもいうのかな? ヒロってイマジナリーフレンドだから、恋とか愛とかそういった感情があんまり生々しくなくて、俺としてはやりやすかった」

 これまでの立ち居振る舞いからも薄々感じていたけれど、貴博さんは恋愛には不向きな人間なのだろう。吊り橋効果で簡単に恋に落ちてしまう奈央子とは、役者としてだけでなく男女としても相性が悪かったと言わざるを得ない。

「結婚も相手と一緒になるメリットデメリットを検討すればいいと考えたら、ちょっとはとっつきやすいかなと」

 これまた恋愛至上主義の奈央子からしたらとんでもない発言だろうが、もともとお見合いにはそういう側面があって「政略結婚」なんて言葉も残っている。

「で、俺は結婚するなら深雪がいいと思った」

「……え?」

「そんなに驚くか。既に結論は伝えていたつもりなんだけど」

 訝しげに彼が小首を傾げるが、そこに至る思考回路に全く以てついていけない。

「どうして私なの?」

「今まで出会った中で、深雪は断トツで面白い女だと思う。俺のこと顔だけで舞台にスカウトするし」

「ヤバい女の間違いじゃなくて?」

「それも本気で舞台に向き合っているからこそだろう。がむしゃらに演劇やってる姿は格好いいというか、惚れ惚れするというか」

 真剣に言葉を選んでいた貴博さんが、照れたような笑みを浮かべた。

「だから俺、あんたのこと好きなんだと思う」

 きっと本心なのだろう。すごく嬉しいし、ありがたいことだと思うけれど――。

「それは人として、脚本家としてって感じだよね。女としてというよりは」

「ダメなのか?」

「ダメ、というか……結婚相手を選ぶ基準ではなくない?」

 メリットデメリットの話はどこに行ったのか。

「一緒にいて面白いと思えるかは大事な選考基準だろう。母親が連れてくるお見合い相手なんか俺のこと『ササメの御曹司』としか見てなくて、基本的に愛想振りまいてくる女ばっかりだからな」

 その主張もきっと正しいのだろう。結果冷たくあしらって、相手から水をぶっかけられていた。

 とはいえ、今の話では私が選ばれたのも消去法に思えてくる。

「貴博さんは極端なのよ。お見合い相手だって初めは猫被るしかなかっただろうし、もう少し友好的に振る舞って人間関係を築いてさ、ちゃんと相手の人となりを観察してから判断したっていいんじゃないの?」

「何で俺がそこまでしないといけないの?」

 真顔で聞いてくる辺り、やっぱりこの男は我の強い御曹司なのだろう。

「俺は深雪がいいって言ってるんだよ。で、深雪が俺と結婚する上でのメリットも提示できると思ってる。仕事を辞めて演劇に打ち込んでくれても全然構わないというか、そんなふうに夢を追いかける深雪を見てみたいと思う」

「私の旦那兼パトロンになるってこと?」

 貴博さんは躊躇なく頷いた。

「何か問題あるか?」

 そのキッパリした態度が、逆に不安をかき立てた。

 二杯目のお酒を注文し、一つ気になっていたことを確認する。

「親御さんはそれで納得してくれるの?」

「え?」

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